【番外編3】無理やり抱っこされる猫のキモチって? 猫の本音大特集!
「失礼だな! 俺は人間だ!」
「種の保全を考えるのなら、猫と番わせて個体数を増やすのがベターだろう」
「猫じゃない、呪いで猫になってしまった人間だ!」
「しかし、こうしてみると、君が婚約者でよかったのかもしれんな。レニャードをひとりで野放しにしておくのは、いかにも危険だ。よく気のつくお世話係がいたほうがいい」
「俺の話聞けよ! 人間だって言ってるだろ!」
レニャード様がマグヌス様のズボンの脛をバリバリと爪とぎする。
マグヌス様は、たった今気づいたというように、足元のオレンジ色の猫ちゃんを見た。
それからさっと抱き上げる。
レニャード様がうにゃーんと鳴いて拒否の姿勢を見せたけれど、お構いなしに抱きしめて、後ろの頭のあたりにちゅっとした。
「まあ、そう怒るな。君は人間をやるより、猫の方が向いている。だってほら、こんなにもかわいらしい」
「か、勝手に決めるな! 離せ! 気持ち悪い!」
「さて、どうしようかな。聞き分けのない子にはお仕置きが必要かもしれないな?」
マグヌス様はうれしそうに意地悪なことを言い、レニャード様のちっちゃなおててをにぎにぎした。
「やーめーろ! やーめーろー!!」
レニャード様は後ろ足でげしげしとマグヌス様を蹴り飛ばしていたけれど、結局マグヌス様にちゅーされるがままになっていた。
わあすごい。
レニャード様も人の話聞いてないことあるけど、話を聞いた上でどうでもいいところはスルーするタイプのマグヌス様相手だと、レニャード様が負けちゃうんだね。
やっぱりマグヌス様は要注意かも。あんまりレニャード様とふたりきりにしないでおこうっと。変な風に言いくるめられて、おかしな実験されかねない。
「うわああん! ルナ! ルナぁーっ!」
レニャード様の叫び声に泣きが入った。
見てる場合じゃなかった。助けてあげないと。
「マグヌス様、私の婚約者にベタベタ触るのはやめてくれませんか?」
私がレニャード様を取り返そうと、両手を差し出すと、マグヌス様はちょっと驚いたように目を丸くした。
「君が妬くほどのことではないだろう。私は猫を愛でただけで、君の婚約者を取り上げようというのではないよ」
「御託はいいですから!」
私が有無を言わさずに詰め寄ると、レニャード様もマグヌス様のところから私のほうにぴょんと飛びついた。
「ルナぁー……」
お耳を寝かせたレニャード様が泣き声でしがみついてくる。
激エモ。
「よしよし。怖かったですね、レニャード様」
「くそ。なんで人間のおっさんほど勝手に俺を撫でまわすんだ! 触っていいなんて一言も言ってないのに!」
「おっさん……!?」
マグヌス様が衝撃を受けている。いえ、あなた実年齢からいったらおじいさんを通り越して、仙人とかですよね。
「おっさんとはなんだおっさんとは!?」
「マグヌス様、子猫ちゃんの言うことですから……生後十年ちょっとの子猫ちゃんからしたら、大人の男の人はみんなおじさんです」
「お……おじさん……」
まだ納得が行っていない顔つきのマグヌス様には構わず、レニャード様は汚い鳴き声を上げる。ニ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛!
「いつもそうだ! おっさんはいつも俺を見かけるとためらないなく抱っことちゅーをせがんでくるのに、かわいい女の子ほど全然触ってくれない! なぜだ!?」
レニャード様が錯乱している。
ていうかそれ、私も聞き捨てなりませんよ。
「……レニャード様がかわいいと思う女の子って?」
「そりゃもちろん――」
レニャード様は途中まで言いかけて、やめてしまった。
「い、いや、誰でもいいだろ、そんなことは!」
「よくありませんけど? ねえ、誰なんです、その女って?」
レニャード様が気まずそうにしている。言いたくなさそうな様子に、私がもやもやした。
うわー、面白くないなー。毎日こんなにかわいがってあげてる私を差し置いて、いったいどこの女にうつつを抜かしていたのですかね? 全然面白くないです。
「だ、だから、それは……! ひとりしかいないだろ、そんなの!」
「へー、具体的なんですねえ。誰なんだろー? 私の方からも挨拶しておきましょうかあ? レニャード様に失礼なことしないようにって」
もちろん、レニャード様をよろしくお願いすると見せかけて、圧力をかけますけどね。だってレニャード様は私の婚約者だし、当然ですよね?
レニャード様は切羽詰まった声で、大きく鳴いた。
うなーん!
「あ、ああもう! あのなあ! お前以外に誰がいるっていうんだよ!」
あれ?
そ、そうなの?
「俺がかわいいと思うのも、抱っこしてほしいと思うのも、いつもお前だ!」
あら……恥ずかしいですね……
私がうっかり照れていると、レニャード様は水気を飛ばすときのように、ぷるるっと頭を振った。お耳が高速ではためいてぱたぱたとかわいい音を立てる。
「ああもう、この話はもうやめだ! やめやめ!」
「おっさん……私が、おっさん……」
――その日の研究は何の成果も出せずに終わりました。
変わったことといえば、マグヌス様がこれ以降、レニャード様への無理やりな抱っことちゅーをぴたっとやめたことくらい。
おじさんって言われたのが本当にショックだったんだね。
仕方がないので、私はちゃんとレニャード様に注意しておきましたよ。
『マグヌス様は実年齢を考えたら、おじさんを通り越して妖精さんなんですから、これからは先生じゃなくて、妖精さんって呼んであげてください』って。
素直なレニャード様は、律儀にその言いつけを守ってくれました。
「せんせ……じゃなかった、妖精さん! こんにちは! こんなところで何してるんですか?」
「ごきげんよう、妖精さんのマグヌス様」
「妖精さん、俺、書庫からヒントになりそうな本を見つけました!」
マグヌス様は――
言われるたびに赤面して「それだけは本当にやめてくれ……」となり、「おじさんの方がましだ」という結論になりましたとさ。
いつも何かを企んでいるか、えらそうにふんぞり返っている大魔術師だから、こういう方向からの辱めには弱かったみたい。
めでたし、めでたし。




