【朗報?】王子様、生きてた
乙女ゲー『ガチ恋王子』の悪役令嬢ルナ・ヴァルナツキーに転生してはや数週間。
私はすでに死にたい気持ちでいっぱいだった。
「……ちょっと厳しすぎやしませんかね、ルナさんの教育……」
ルナさん――私の身体の持ち主のことなんだけど――この子は、すでに三か国語で読み書きができる。小っちゃいのに、すごいよね。
もともと三か国語とも言語構造が似通っているので、日本人が英語を覚えるよりは習得難易度が低いようなんだけど、それにしたって小っちゃい子にやらせる内容じゃないと思うな。正直、大人の私も結構しんどいよ。
さらに、ルナさんは、厳しい音楽教育も受けていた。ピアノとヴァイオリン、フルートの、中級程度の曲ならすでに弾きこなしているんだよ。これもちびっ子にしては厳しすぎる英才教育だと思う。大人の私も本当に辛い。
ダンスのレッスン。刺繍。詩の製作。
息つく暇もない。四六時中教師に追い立てられて、何かを習わされている。
ルナさんは就職氷河期の就活生でもないのに、なんでこんなに厳しくするんだろ。お金持ちの家のお嬢様でしょ? 毎日楽しくお絵かきとかお人形さんごっこして暮らせばよくないかな?
疑問に思っていたら、そのうちに答えがやってきた。
ルナさんが生死の境をさまよっても放ったらかしだった、あの両親が、とうとうルナさんを訪ねてきたんだよ。
私はクリスマスツリーのようにリボンやら何やらで飾り付けられ、髪も攻撃力が高そうな縦ロールドリルにセットされて、両親の前でひざまずくことになった。
この人たちがルナさんの両親かあ。ぱっと見では、すごく上品そう。
初めて見る両親は、ふたりともほどよくルナさんに似ていた。メカメカしい金色の髪は父親譲りで、緑色の目は母親譲りかな。
「ルナ、聞きなさい。お前とレナード王子との婚約が正式に決まったよ」
これは父親の方。ヴァルナツキー公爵。
「喜びなさい、あなたはいずれこの国の王妃となるのですよ」
これは母親の方。ヴァルナツキー夫人。
私は目をぱちくりさせた。
だって、レナード王子は死んだって聞いてたんだもん。
目覚めてからの数週間、私もほうぼう手を尽くしてこの世界のことを調べてみたんだよ。そうしたら確かに新聞に大きく出ていた。
『レナード王子、没する』
「……あの、お父様、レナード殿下はお亡くなりになったのではなかったのでしょうか」
死人と結婚するわけにはいかないよね?
それともこの世界にはそういう風習でもあるのかな。
ヴァルナツキー公爵は、私の質問にすごく困ったような顔をした。
「ああ、そう、そうなのだ、わが娘よ。殿下はお亡くなりになった。なったのだが……どうも、ある確かな情報筋によると、魔法医が、レナード王子の死体に魔法をかけて、蘇生させたということでな」
「そんなことができるのですか……」
それって、ゾンビってこと……?
ゾンビはちょっと困るなあ。ルナさんが戻ってきたとき、また絶望して死んじゃうかもしれないじゃん。
「王太后陛下はその者の施術にいたく満足しておられてな。死んだ息子が帰ってきたのだといって、それは大層なおよろこびようで……」
「王太后様、レナード様のこと大好きですもんね……」
これは公式設定からしてそうなっていた。
この国の王様はすでに亡くなっている。
今はレナードの母親が摂政として、一切を取り仕切っている状態だね。
多忙な彼女はかわいい息子を溺愛し、甘やかせるだけ甘やかしていた、というのが、レナードの簡単な生育歴だった。要するに、おバカでワガママな俺様王子なのね。恋愛ゲームではよくいるタイプ。私も昔、彼に似た感じのキャラにハマったことがある。だからなのかもしれないけど、私もガチ恋王子の中では、レナードが一番好きだった。いいよね、俺様。
「とにかく、お前はレナード王子と結婚する心づもりをしておきなさい」
「……わかりました。まあ、しょうがないですよね」
「こら、ルナ。王子に対して、しょうがないとはなんだ」
だって、しょうがない、よね。政略結婚なんだもん。ルナさんにはどうしようもないんだから、ため息のひとつもつかせてほしい。
「いいかいルナ、王子にはくれぐれも失礼のないように。とくに言っておかねばならないのは……」
「……ならないのは?」
彼はどういったものか考えている様子だったが、やがて強い口調でこう言った。
「レナード王子がどんなお姿であっても、お前は決して驚いたり、嫌がったりしてはいけないよ」
私は急に不安になってきた。
レナード王子は乙女ゲー『ガチ恋王子』のセンターだ。ガチ恋王子といえば彼、という、メイン中のメインキャラなので、主要メンバーの中でもかなり力を入れて、正統派の美形に描かれていた。
その、最大のウリとも言える姿が変わっているなんて、そんな事態はどのルートにも存在しなかった。季節イベにもなかった、と思う。
やっぱり、この世界は何かがおかしいよ。
ゲームにない出来事が起きている。
「レナード王子はいったいどのように変わり果てたお姿に……?」
私がドキドキしながら聞くと、公爵は顔をそむけた。
「すぐにお会いすることになるだろう。今週末、屋敷までわざわざいらしてくださるということだ」
「こっ……今週末!?」
めっちゃ急なんですけど。何の準備もできてないよ。
両親はああでもないこうでもないと婚約における心構えをルナに説くと、お茶会があるとかいって去っていった。
「せめてお昼くらい一緒に食べていけばいいのに」
めちゃくちゃ冷たいよね、ルナのご両親。なんだか同情しちゃうな。
それにはメイドのエミリーも同意見だったのか、彼女はわざと明るい声を出した。
「今日はとっておきのおいしい仔牛肉があるとうかがってますよ! おふたりがお帰りになってようございました。だって仔牛肉を取り合って喧嘩になっちゃいますもの」
エミリーさん、やっさしー。
私の中でエミリーさんの株はうなぎのぼりです。
「私に親切にしてくれるのはエミリーだけね」
私がぽつりと言うと、エミリーさんは母性がかきたてられたか何かしたのか、今にも泣きそうな顔になった。
本当にいい人だよね、エミリーさん。
もしもエミリーさんルートがあるのなら、ルナはそちらに入るべきだと思うな。なんて。
でも、ルナさんにそんな生易しい道は用意されていない。
行く先は死あるのみ。
結末が死しかない。
何をしても死亡。
レナードルートでは、主人公へしていた嫌がらせがもとで裁判にかけられ、処刑されてしまう。
その他のルートでも、レナードと一緒に国賊として処刑されたり、レナード生存のためにルナひとりが罪をかぶって処刑されたりと、なんだかんだ最期に死ぬ。
死にっぷりがすごいところも、話題になっていた。
ということはあれかな。ルナさんもこのままいくと、いずれ殺されちゃうんだよね。
それは困ったなあ。
私自身は正直に言えば、また死んでも別に構わない。面倒くさいことは嫌いだし、前世もひどかったからね。人生に夢も希望も持ってません。
でも、ルナさんに体を返す前に、私が勝手に死んでいいのかなあ。
なるべく現状を維持した上で、できるだけ綺麗に使用してお返しするべきじゃないかなあ。ルナさんもせっかく公爵令嬢に生まれついたんだし。こんなところで消えたらもったいないよ。
悩んでいるうちに、レナード王子との初対面の日はすぐにやってきた。