【番外編1】レニャード様のおてての秘密! 独占取材しちゃいました!
マグヌス様がお城に来た騒動も落ち着いた頃。
季節はそろそろ肌寒くなっていた。
私とレニャード様は、マグヌス様にもとに戻る方法を研究してもらいに、マグヌス様のお部屋に通っている。
「今日は肉球の耐久テストをしようと思う」
マグヌス様がそういうので、レニャード様は怯えて後ずさった。
「あ、あの、マグヌス様、ペンチで挟んで潰すとかは、さすがにちょっと……」
「は? 何を言っているんだご令嬢は。そんなことはしない」
「えぇ……でも、耐久度テストって……そういう……」
耐久度テストっていうと、北欧の家具に延々衝撃を与えて何万回とか、そういうやつだよね?
レニャード様のおててがピンチだよ。
「まあ、聞け。道具はここに揃えてある」
マグヌス様は、テーブルの上いっぱいに広がった小道具を指し示した。
白っぽい粉が入ったツボが三つと、水差し、まな板、麺棒、窯用の鉄板、その他もろもろ。
この材料で、一体どんな拷問を……?
***
ぺたり、ぺたり。
レニャード様がおててをつく音が淡々と響き渡る。
「せ、先生……」
レニャード様のお顔はやつれ、目の下にくまが浮いている。
「ま……まだ続けるのか?」
マグヌス様は気難しい顔で監督しながら、できあがった鉄板を黙々と窯に戻している。
「九百二十、九百二十一、九百二十二……ほら、何をしている。手が止まっているぞ」
レニャード様はとうとうキレて、テーブルの上にひっくり返った。
「嫌だ! いつまでやらせるつもりなんだ!?」
レニャード様がぺったん、ぺったんと肉球ではんこを押していたのは、こねた小麦粉の生地。
こぼした小麦粉が飛び散るテーブルで暴れたので、レニャード様のお顔が半分真っ白になった。
「ああっ、何をする!? 毛が入るじゃないか!」
「うるさい! 俺はもう飽きた! 帰る! 帰るーっ!!」
レニャード様はおててにはめていた豚の腸のミトン(毛が入っちゃうからね)をぽいぽーいっとテーブルの上に投げ出した。
テーブルの下に飛び降りて、さっさと出ていこうとした矢先に、マグヌス様に捕まってしまう。
マグヌス様は軽々とレニャード様を抱き上げて、よしよしした。
「ワガママを言ってもらっては困るな……これは耐久度のテストだと言っただろう」
赤子をあやすように、甘くささやきかけてレニャード様のおでこにキスをするマグヌス様。
マグヌス様、猫ちゃんの扱いが上手だけど、ときどき距離が近すぎて私もうえって思うよ。その子は猫ちゃんだけど、中身は割と普通の男の子ですよ?
レニャード様は心底嫌そうに、キスをしてくるマグヌス様のほっぺに両手をついて、ぐいーっと力いっぱい押し戻した。
「何がテストだ! 先生の嘘つき! クッキー作ってるだけじゃないか!」
そうなんだよね。
肉球の耐久度テストなんて言うから、何をさせるのかと思えば、延々と小麦粉の生地に肉球を押しつけて、型つきクッキー作ってるだけ。
「これらの生地は硬さなどを変えて作ってある。焼け具合を比較するためには、同じ条件でスタンプし続けてもらわなければならない。予定では、あと九千枚は作ってもらうぞ」
「やってられるかー!!」
レニャード様がじたばた暴れている。
でも、マグヌス様はびくともしない。マグヌス様、何気に猫ちゃんの抱っこが上手だよね。
「あの……このテストで、いったい何が分かるんですか?」
肉球のスタンプが一万回押せたからって、それで何がどうなるの? 私には全然分からない。すごい魔術師には、そこから何か真実が見えてきたりするのかな?
マグヌス様は真顔で、きっぱりと言う。
「レニャードの肉球クッキーは少なくとも一万個の連続作成が可能だと言うことがわかるな」
そのまんまだった。
「俺のかわいい猫の手をそんなくだらないことに使うな!」
もっともだよ。
「まあ待て。この肉球クッキーは他にも役に立つことがある」
「一応聞いてみましょうか」
「一万個あれば、しばらく御茶請けに困らない」
「それ、レニャード様の肉球つきである必要性は……?」
「大魔術師であるこの私のお茶請けだぞ? 見た目と味、ともに一流でなければ困るだろうが」
レニャード様の耳がぴくっと動く。
「一流……?」
「そうだぞ。君の肉球は形がすばらしい。個性的でありながら、決して主張しすぎない上品なデザインだ。昔からあるクラシックなマークでありながら、本物の猫ならではの絶妙なデザインの差が素敵だ」
レニャード様のお耳がぴくぴくっと、また動いた。
レニャード様、お耳は猫ちゃんだからいいはずなのに、なんでか対人だと都合よく褒められたところしか聞こえてないことがあるんだよね。操りやすいとも言う。
「そうか! ま、当然だな! 何しろ俺はシンクレアの王子! 生まれも育ちも一流なのだからな!」
わあ、マグヌス様がほくそえんでる。すごく悪い顔をしているよ。でもレニャード様には見えてないんだよね。褒められて有頂天だからね。
レニャード様はお馬鹿だけど素直でかわいいから、ほっといたらすぐ悪い大人に利用されそうで見てられないよ。
ここは私がしっかりしないと。
「……提案があるんですけど、レニャード様のおてての型を石膏で取って、それで作った型でクッキーを作ったらいいのでは? これならレニャード様が直接押さなくても済みますよね」
「肉球の耐久度テストも兼ねていると言っただろう、ご令嬢」
「でも、猫ちゃんにお料理をさせるのはやっぱりよくないと思います。毛も入りますし……あ、このクッキーにも、毛が落ちてる」
「なに!?」
私がわざとらしく型をつけたばかりの白い生地から毛をつまみあげると、マグヌス様はさっと顔を青くした。
マグヌス様ってちょっと潔癖症なところあるよね。
「猫の毛って結構侮れないですよー。軽くて飛びやすいから、どんなに気をつけていてもびっくりするようなところに入り込んだりしますからね。そのうち密閉されてるミミル蜂の蜂蜜にも……」
「うわああああああああ」
マグヌス様が両手で顔を押さえて震え出した。
抱っこちゃんから解放されたレニャード様が、すちゃっとマグヌス様の足元に着地する。
「あとでレニャード様の足跡の石膏を取ってマグヌス様にプレゼントしますね。それでいいですよね?」
「……ああ」
マグヌス様はまだ微妙に不満そうだった。けど、うなずいたのはしっかり聞きましたからね。あとでやっぱり手伝えって言っても知りません。
レニャード様が小麦粉でこなこなの顔をぶるぶる振るう。
招き猫みたいにおててでお顔をくしくししても取れないので、レニャード様は私に泣きついた。
「ルナぁー! いっぱい粉がついたー!」




