【第一章最終話】未来への約束・後編
「俺には、フルツと先生っていう強い味方ができた。これでもう、この王宮で暗殺を企てるやつは出てこないだろう。物理的に不可能だからな」
「そうでしょうねー。ふたりとも強いですしね」
「だったら、今度はお前の番だ。ルナ」
え、私?
「私、別に、暗殺されかかったこととかないですけど」
「馬鹿言え、未来の話だ。お前は近い将来、処刑されるんだろう?」
そうだった、こないだ全部話したんだよね。
「俺なりに、どうすればいいのか考えたんだ。それで、お前にも味方がいればいいと分かった。俺にとっての、先生とフルツのような」
「それはどうでしょうか……私、ものすごくいろんなパターンで死んでますよ……」
あれを全部回避するとなると、かなり大変だと思うなあ。
「一個ずつ地道に対応していけばいい。俺ならやれる。何しろ俺は、誰が見てもかわいいからな!」
レニャード様が順調に調子に乗っている。
「愛らしい俺とお前が協力して人脈を築けば、きっと、大丈夫だ」
「そう、なのかもしれないですね……」
「信じていないな? この俺の愛らしさを!」
「それは、すばらしいと思ってますけど……」
確かに、レニャード様はかわいいよ。世界一かわいいよ。
おねがーいって言いながらすりすりされたら、みんなにこにこしちゃうと思う。
でも、本当にそれでうまく行くのかなあ。
「俺ならやれる。俺はそう信じてる。絶対にお前を死なせたりしない。だからお前も、俺と約束してくれ。どんなに絶望的でも、勝手に諦めないと」
レニャード様は、大きな釣り目のおめめで私をじっと見つめる。今日のレニャード様は式典の主役なので、高めに作った椅子の上にいる。すなわち、私と目線の高さが近い。
「俺はお前と婚約して、それなりの期間、一緒に過ごした。その間、少しはお前のことを見てきたつもりだ。お前は俺が何を言っても笑って許してくれて、おおらかで気のいいやつだ。でも、少しいい加減なところが心配なんだ」
うっ。猫に性格を分析されてしまった。
確かに私、いい加減かもしれないです。
ちょっと恥ずかしいな。
「お前は俺とボードゲームをしていても、負けそうな気配が見えたらすぐに諦めて、手を抜き始める」
ううっ。バレてた。
「勉強でもそうだ。少しでも難しそうだなと思ったら、もう真面目にやらなくなる。適当に聞き流しているだろう」
うううっ。だ、だって、この世界の魔法とか科学とかって、難しいんだもん。前の世界の学校でも一通りやったから、もういいかなって。勉強キライだし。
「お前の悪いところは、あきらめが異常に早いところだ。ドレスやお菓子なんかでも、事前に頼んでいたものと違うものが届いても、結局抗議しない。食事でも、王子の婚約者として明らかに格下の席順を回されても、絶対に文句を言わないだろう」
それは、まあ、単なる日本人式の内弁慶といいますか。
「『まあ、いいですよ』。お前と知り合ってからというもの、幾度となく耳にしたお前の口癖だ。お前は、処刑される運命だと知っていても、まったくそんなことは俺に感じさせずに振る舞っていた。たぶん、『まあ、いいですよ』で片づけようとしていたんだろう?」
おっしゃるとおりでございます。
まあ、いいやって、思ってました。
席順やドレスはともかく、自分が死にそうだと知っていてもどうでもいいやで片づけてしまうのは、ちょっと異常かもしれないね。
「俺は、お前を守ってやるためなら、何でもするつもりだ。でも、肝心のお前が『まあ、いいですよ』では話にならん。だから、俺と約束をしてくれ。お前はこれから、もう二度と『まあ、いいですよ』と諦めたりはしないと」
レニャード様は、私にかわいいおててを差し出した。
「俺と一緒に運命を変えて――必ず、俺と結婚すると、誓ってくれ」
そ、そんな。
私はうろたえてしまって、とっさには何も言えなかった。
私だって、死ぬのはそりゃ嫌だよ。でも、レニャード様の相手が私なんかで、いいのかな。
レニャード様は、まだ、主人公と出会ってもいないのに。
将来なんて、とてもじゃないけど誓えないよね。
「どうなんだ、ルナ。俺と結婚するといいことがあるぞ。まず、毎日肉球が触り放題だ」
そ、それは。
とても捨てがたい。
「俺をブラッシングする権利も、猫じゃらしをする権利も、みんなお前にくれてやる」
それは確かに、楽しそうだけど。
「お前が望むなら、ふみふみでもぺろぺろでも何でもしてやる。毎日お前の腹の上に乗って寝てやるし、どこに行ってもついていって、お前の膝の上に乗ってやる」
い……いいなあ! いいなあ!! すごくいいなあ!!
私は目先のモフ欲につられてしまって、ついうなずいた。
「私……毎日、レニャード様のお世話をして、暮らしたいです」
「いいだろう! だがそれには、諦めない気持ちが必要だ!」
「私……わたし」
そう、私がいつも口癖のようにいいやって言っちゃうのは、どうせ無駄だと思っているから。
初めから何も期待しなければ、どんなに嫌なことがあっても傷つかない。
私だって、本当は死にたくない。レニャード様と一生猫じゃらしして、遊んで暮らしたい。
でも、やってみて、結局ダメだったら?
私の人生で、何かをがんばって、うまく行ったことなんて、どのくらいあるんだろう。
ほとんど何も、うまくやれたことなんてなかった。
どうせ、何をしても失敗する。どうせ、期待するほどいい結果になんてならない。どうせ、みんな私のことを、犯罪者予備軍だと思ってる。
処刑されなかったとしても、どうせ、その後に続く人生も、くだらない、面白くないものに決まってる。
……でも。
でも、もしも、レニャード様が、私を処刑される運命から救ってくれるのなら――
もう少しだけ、この世界にいたい。
レニャード様の隣で笑っていたい。
レニャード様はとても面白くて、かわいくて、ときどき男らしくて……それで、とっても優しい人だから。
「……私、死にたくない、です」
私の言葉に、レニャード様は力強くうなずいてくれた。
「お前は死なない。俺がついてるからな」
「諦めたくなんて、ないです」
「そうだ。それでいい」
ああ、そっか。
私が本当にほしかったのは、話を聞いてくれる誰かだったのかも。
一緒に悩んで、必要なときは手を貸してくれる人が、本当は欲しかったんだ。
私はそう思ったら、涙が出てきた。
「お……おい! なんで泣くんだ! 何かマズいことでもあったか!?」
「違うんです……目に、ゴミが、ちょっと」
悲しくないのに流れ出る涙を、私はあわてて拭った。
就任式の最中なのに、みっともないよね。
「大丈夫だ。おとぎ話の結末なんて、変えてやればいいんだ。俺たちならできる。かわいい俺と、かわいいお前が一緒ならな。かわいい生き物は、無敵なんだ」
「なんですか、それ」
笑ってしまった私に、レニャード様もお愛想で少し笑ってくれた。
未来がどうなるかなんて、分からない。
でも、残された時間が許す限りは、あがいてみよう。
私は、そう思った。
一章はここでいったん終わります。
明日からは番外編と、第二章が始まります。




