【二人目】魔術師ルート攻略・たぶんこれが最速だと思います
あーあ。猫ちゃんのしっぽを乱暴につかむからそうなるんだよ。
これはレニャード様無罪だと思いますね。
「す……すみません、先生! つい……!」
レニャード様が、しまった、という顔で、耳をへたっと下げた。
一生懸命、歯型がついたマグヌス様の手をぺろぺろし始める。
「……おい、よせ!」
マグヌス様が焦ったように振り払う。
レニャード様は猫ならではの身軽さでさっと避けて、少し離れたところに着地した。
「おい、口の中を見せてみろ! 早く消毒しないと……!」
マグヌス様が大慌てで棚にずらりと並んだ小ビンから、消毒用のハーブのようなものを漬け込んだ液体を選んで、ふたをあけた。
とたんに、アルコールの強い刺激臭と、薬草のつんとくる臭いがまざった臭いがした。
私はハッとした。
「やめてください、レニャード様は猫ですよ!? 純度の高いお酒も、強いハーブも劇薬です!」
「そ、そうか……ああ、そうだな、この場合、消毒じゃなくて、魔力の痕跡を洗い流すもののほうが……すまない、混乱してしまって……」
彼は、何かほんのりと青く光る、不思議な水を取り出した。
レニャード様が、マグヌス様の顔色をうかがうように、上目遣いになった。
「なあ、先生、俺より自分の消毒をした方がいいんじゃないか? 血が出てる」
「馬鹿野郎、だからまずいんだ!」
大声に弱いレニャード様は、ぺたりと耳を伏せた。
「俺は平気です。確かに、ちょっと魔力が濃かったですが……」
「平気なわけがないだろう、自慢じゃないが、三百年以上生きた伝説の大魔術師の血だぞ!」
さっきからふたりの会話がよく分からないな。
私ったら置いてけぼり。
「あのー……おふたりは、何のお話をなさってるのですか?」
私が遠慮がちに声をかけると、マグヌス様は釣り上げた眉を少しだけ下げた。
「……知らないのか? 強い魔術師の血は、それ自体が毒なんだ」
あ、そうなんだ。それで心配してたんだ。
「……俺のこの愛らしい猫ボディは、抗魔力値が高いと、以前に医者が言っていた。測定によると、人間なら即死クラスの魔力毒でもまったく問題ないらしい」
「まさか……本当なのか、それは?」
「測ってくれれば、先生なら分かるはずだ」
彼は、レニャード様にちくっと小さな傷をつけて血を採取した。
その血を何かよく分からない、小さな液体の入った小ビンの上に落とす。そこに、体温計のようなものを突っ込んだ。いやー、私にはどれがどの道具かさっぱりだよ。
ともあれ、小ビンに突っ込んだ謎の長い体温計のようなもののメモリがぐんぐん上昇し――
最終的に、ぱりんと小さな音を立てて割れた。
「……ありえん……」
マグヌス様が呆然とつぶやいたので、たぶんこれは相当すごい検査結果なんだと思う。
レニャード様は、この家に訪ねてきて初めて、ふさふさの胸毛を強調するようにふんぞり返った。
「ふん、俺を誰だと思っている? シンクレアの王子だぞ! あふれるばかりの魔術の才能にくわえて、この無敵の猫ボディ! 毒耐性なら人間よりはるか上だ! 先生の血ぐらいで死んだりするものか!」
私はレニャード様の口上に、懐かしい気分になった。このおうちに来てから、レニャード様、ずっと怯えてたもんね。ここぞとばかりのナルシスト発言、すごく久しぶりに聞いたよ。
「本当に……平気……なのか……?」
「くどい! 俺を倒したいなら俺より強い魔術師になってからにしろ!」
わあー、レニャード様、強気ー。
一応その人、数百年に一度クラスの強い魔術師ですよ。レニャード様なんかひとひねりですからね。
「君は……変なやつだな」
おお。マグヌス様が笑ってる。
「研究のしがいがあるいい実験動物だ」
あ、決め台詞出た。
私、マグヌス様のルートはやったことないんだけど、ネットのバナー広告にこの決め台詞が出てるのは見たことがあるよ。
くすくす笑うマグヌス様を見ているうちに、私はもうひとつマグヌス様ルートの情報を思い出した。
ああ、そうだった。そういえば、マグヌス様って、自分の血にトラウマがあるんだったよね。
詳細は分からないけど、穢れた血の持ち主として周囲の人間からも嫌われていたようなことが、時期限定イベントの共通ルートでちょっと書かれてた。
もしかしたら、マグヌス様の人間嫌いにも関係しているのかな?
私は例によって、共通ルートにプラスして、レニャード様のルートしか遊んでないから、詳細は分からないんだけどね。
マグヌス様は、とても嬉しそうな顔で、目を細めてレニャード様を見た。
わあ、あんな笑顔、初めて見たかも。
「ああ、痛快だ。こんなに愉快な気分なのは久しぶりだよ。まさか、私の血を恐れない人間……いや、猫か? とにかく、そんな生き物がいるとはな。面白い」
今のセリフ、すごく乙女ゲーっぽいね。
人間嫌いの魔術師が、初めて主人公に魅力を感じて、もっと知りたいと思ったときのセリフみたい。
「いいだろう。気に入った。お前の城に住んでやる」
「は、はあ?」
「文句はないだろう? 当代最高の魔術師が、王子の治療に住み込みで協力すると言ってるんだ」
レニャード様の金褐色のおめめの瞳孔が、喜びで丸く、大きく変化する。
「い、いいんですか、先生?」
「こんな面白い実験動物がいるのに、観察しない手はないからな」
「ありがとうございます!」
そしてさりげなく、同棲イベントが起きてるよね。
私、もう帰った方がいいかな? もう完全にふたりの世界だよね。
どうしてこうなっちゃったんだろうと思う私をよそに、マグヌス様は猫の小さいおでこを手のひらにこすりつけてくるレニャード様を、それはそれはかわいいものを見るような目でじっと見つめていた。
レニャード様はかわいいから、興味を持ってしまうのも分かる気はするけれど、もしかしたら血をぺろぺろ舐めたのがトリガーだったのかな。
ずっと自分の血を危ないものだと思ってた人の前に、全然気にせずぺろぺろしてくれる存在が現れたら、救われたような気持ちになっちゃったりもするのかもね。
もしかしてこれ、もしかすると、レニャード様は、マグヌス様ルートもクリアしてしまったのでは?
すごいねレニャード様、フルツさんに続いて二人目だ。魔性の猫ちゃんだね。
マグヌス様ルートのレニャード様がどうなるか私は知らないんだけど、こうして落としたからにはもう処刑沙汰にはならないだろうし、ひと安心かもね。
それに、郊外までわざわざ馬車で時間をかけて出てくる必要もなくなるみたいだし、よかったよかった。
――こうして。
マグヌス様に協力をしてもらおう作戦は、大成功に終わったのでした。




