【運命力?】王子様の呪いを解くのに必要なモノ・まとめ
「次は、相手を変えて挑戦してみることだな。この種の呪いは、解ける相手が運命によってあらかじめ決められている場合がある」
運命という言葉を聞いて、私はとっさに、乙女ゲーのプレイヤーが操作する主人公のことを思い出した。
……ああ、そっか。そうだったんだね。
異世界人の私がレニャード様の呪いを解こうなんて、おこがましいことだったんだ。
「……そっか。きっと私は、運命の相手じゃないんですね」
もしもこの世界に運命というものがあるのなら、レニャード様の相手は、異世界からひょっこりやってきた私なんかじゃなくて、本来のルナさんか、もしくは主人公に違いない。
そう思ったら、私はなんだかちょっとしんどくなってきた。
どんなにレニャード様と仲良くなっても、私はいつかここからいなくなる。
王子様の呪いを解いてあげられるのは、きっと、この世界の住人だけなんだね。
……あれ?
私、どうしてこんなに傷ついてるんだろ。
いやだな。最初から、私はルナさんの身体を借りている居候なんだって、分かっていたはずなのに。
「それは違うだろう。お前は、俺の婚約者なんだから、お前以外に相手なんているわけがない」
レニャード様が励ましてくれたけど、私にはどうしてもうまく笑えなかった。
「……だって、私、ルナさんじゃないですもん」
私のカミングアウトに、レニャード様が耳を動かして、小首をかしげた。よく意味が分からなかったらしい。
「実は私、ニセモノなんです」
「おい、どういうことだ……?」
私はもうやけになって、全部話してしまおうと思った。
「私は、ここではない、全然別の世界で生きていました。そこで一度死んで、気づいたらベッドに寝ていました。侍女が言うには、レニャード様の訃報を聞いて、絶望して、自分で毒を飲んで倒れたってことなんですけど、何にも覚えてないんです。ルナとして生きてきた記憶が、何にもない。覚えているのは、前世のことだけなんです」
話を横で聞いていたマグヌス様が、ハッとした。
私の肩をつかむ。
「君……レテ川の水を飲んだのか!」
ちょっと、人がせっかく私可哀想な気分に浸っているのに何するんですか。ゆすぶらないでください。
「レテ川の水ってなんですか?」
「レテ川というのはこの世とあの世を分ける川だ。三途の川とも言うな」
「聞いたことありますね。どこでだったかな」
「城に絵がある。『神話の間』に置いてあった」
横からレニャード様がそう言った。
そういえば、大きな川に小舟が浮いている絵が飾ってあったような。あれってレテ川って言うんだね。よく見てなかったから知らなかった。
「レテ川の水は、死者の魂が転生前に飲む水だ。が、生きている人間が間違って飲むと、記憶をなくした魂が新しい肉体に引き寄せられて異世界に転生する代わりに、生きている肉体には異世界の死者の魂が交換で宿ると言われている」
私は、どん底の悲しい気持ちを忘れて、転生初日のことを思い出してしまった。
侍女のエミリーさんは、私の部屋で、遺書と、水の入ったコップを見つけたと言っていた。
そして遺書には――
「私、遺書に『全てを忘れて、冥界に旅立ちます』って書いたそうなんです」
「やはりか」
マグヌス様は推理が当たって満足げだった。
でも、私は全然嬉しくなかった。
「これではっきりしましたね。私は、ルナさんじゃないんです」
私は本来、悪役令嬢ですらない。ただ物語を眺めているだけの、傍観者だったはずの人間なんだ。
レニャード様は突然の展開についていけないのか、何を言ったらいいのか分からないみたいだった。
「ずっと騙してて、ごめんなさい」
怒られてもしょうがないってことは覚悟してたけど、レニャード様は戸惑うだけで、私に腹を立ててるようには見えなかった。
「前世の記憶があるって言ったな」
口を開いたのはマグヌス様だった。先ほどまでより声に覇気があり、目がキラキラしている。
「どんなところだったんだ? 本当に異世界から来てるのか? 魂が世界をまたいだときのことはなにか覚えてるのか? 死者の霊魂はどうなってる?」
マグヌス様、質問多すぎ。
魔術師だから、珍しい魔術が大好きなんだよね。新しい実験動物が見つかったと思ってるのかも。
「とりあえず、私が覚えている中で、一番重要だと思う記憶は……」
やっぱり、あの『ガチ恋王子』のことは話さないといけないよね。
「私は前世で、レニャード王子が大活躍するおとぎ話を見聞きしたことがあります。彼はシンクレア国の王子で、婚約者の名前はルナ・ヴァルナツキー」
レニャード王子は小さなお手々で頭を抱えてしまった。
「……どういうことだ……? さっきからお前が何を言ってるのかちっとも分からん」
猫ちゃんだからね!
「えっと……つまり、レニャード様の活躍は、私の生きていた世界にも伝わっていたということでしょうか? たぶん、偶然の一致ではないと思います」
マグヌス様はレニャード様をまったく無視して、こちらに身を乗り出してきた。
「いくつか仮説が立てられるが、つまり君が生まれたのはここより後の時代で、この猫様生物の活躍が、後世まで伝わっていた、ということか?」
「そうなのかもしれません。そして、そのおとぎ話では、レナード王子と結ばれる女の子は、ルナさんじゃないんです」
レニャード様、分かっているかな。
さっきからずっとぽかーんとしてる。
「その女の子の名前は、リア。ルナ・ヴァルナツキーは、リアとレナード王子の恋路を邪魔したせいで、処刑される運命です」
ルナさんはかわいそうだけど、それがレナード王子の運命だって知ったら、きっと納得して自分が犠牲になっちゃう子だと思うし、仕方ないよね。
「レニャード様の運命の相手は、きっとリアさんなんです」
私が話し終えると、レニャード様はようやく口を開いた。
「つまり……どういうことなんだ!? お前の言ってることは、ぜんっぜん分からん!」
あ、やっぱり分かってなかったか。
何から質問したらいいのかも分からないって顔だね。
いいよ、とりあえずまた一個ずつ説明してあげよう。
そんなこんなで、私は何十分もかけて、レニャード様の質疑応答に付き合った。
「……やっぱり、俺にはまったく分からん!」
レニャード様が癇癪を起したように言う。
えぇ。もう夜だよ。そろそろ帰りたいのに。
「とにかく、俺の運命の相手とやらは、ルナ、お前じゃない――と、お前自身が信じていることだけは分かった!」
「それだけ分かっていただけたら十分ですね……」
やや疲れ気味の私が投げやりに言うと、レニャード様はいつもの猫の仁王立ちポーズでふんすと小鼻と口元を膨らませた。
「しかし分からんのは、俺がお前を婚約破棄して、処刑するってところだ!」
えぇ……あんなに説明したのに。
マグヌス様は完全に私の話に飽きて、うつらうつらしている。
レニャード様は、元気いっぱいに言う。
「いいか、俺はこの先何があっても、お前を処刑したりはしない! 絶対にしないぞ!」
「レニャード様……」
力強い宣言に、私は少し嬉しくなった。




