【やってみた】王子様の呪いを解く方法にチャレンジ! 結果は……
「鼻ちゅーとはなんだ」
「猫式の挨拶ですよ。鼻と鼻をくっつけて挨拶」
「それではいかん。キスといえば唇から唇にだ」
「え……そうなんですか。それはしたことがないかも?」
「そうか、よかったな。運がよければ今日中に戻れるんじゃないか?」
「わあ、よかったですね、レニャード様!」
私が話を振ると、レニャード様はおろおろした。
私とマグヌス様を交互に見比べて、必死に状況を整理しているみたいに、「いや」とか「でも」とか言ってる。
「ほら。キスだ。はやくしろ」
「え、い、今、ここでか!?」
レニャード様がうろたえている。
「戻りたいんだろう、君たち。手始めにやってみろ」
レニャード様はまだ困っている様子だった。
マグヌス様は悪乗りして、手拍子を始めた。「ほらキース! キース!」と嫌な煽り方をしてくる。
レニャード様が困り果ててチラチラと私を見ているので、ここは助け舟を出してげないといけないかな。
「……もとに戻るためには、仕方がありませんね」
「ルナ……! いいのか、お前!?」
「レニャード様のためなら、何でも協力すると約束しましたので」
私にしてみたら相手は猫ちゃんだし、これがキスのうちに入るかどうかもよく分からないし……
ルナさんもきっと許してくれるよね。
私はレニャード様の近くにかがみ込んだ。
「では、僭越ながら、お相手をつとめさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
私がぺこりと頭を下げると、彼はなんとも言えない、間抜けな顔で口を半開きにした。
「なあ……ルナ。気になってたんだが、なんでお前は時々……その……喋り方が会議中の大臣みたいになるんだ?」
「え……なんででしょうね……」
私はとぼけてみたけど、内心で焦りまくっていた。
か、かわいげがなかったかな?
私にかわいげがないのは本当のことだから別にいいけど、このままだとルナさんへの風評被害だ。のちのちルナさんが戻ってきたとして――
『お前はファーストキスのときも大臣みたいでかわいげがなかったぞ』
――とか言われたら申し訳ない。身に覚えのないファーストキスでそんなこと言われたら、トラウマになっちゃうよね。
ここはなんとしても、かわいいファーストキスを演出しなきゃ。ルナさんの名誉にかけて!
かわいらしい恥じらい、かわいらしい恥じらい……
私は一心に念じつつ、恥じらうように下を向いた。
「すみません、緊張してしまって……キスはやっぱり……特別なものなので……急かされて、少し、慌ててしまって……」
ルナさんは目つきがちょっときついので、なるべく伏し目がちに床を見ることにする。
相手をにらんでいるような三白眼でさえなければ、彼女は鼻筋が通っていて、唇の形もよく、色白で総合的にポイントの高い美少女なんですよね。
鏡の前で少し研究したんだけど、目つきに気を付ければ、かなりかわいらしくなることが分かっている。
流し目でちらりとレニャード様の方を確認すると、彼は目をまんまるにしていた。
「お慕いしている殿方と初めてキスするのですから、できれば、ふたりきりのときがよかったな……なんて……」
しゃなりとしたお嬢様言葉を意識して、私は言った。
レニャード様への効果は抜群だった。
彼はとても分かりやすく焦っていた。
「……そうだな! キスは特別だからな! お前の言うとおりだ! 大事なキスを、こんなところで適当に済ませるのは間違っている!」
レニャード様は何やらかわいいことを叫んで、大きく自分の発言にうなずいた。
「少し待っていろ! 今から出かけられないか、確認してくる!」
レニャード様はあっという間に外へ飛び出していった。
わー。雰囲気のいいデートスポットにでも連れてってくれるのかな。
どこに連れてってくれるんだろう。
夜景の見えるホテルにでも連れてってくれるのかな。
でも、レニャード様に限ってそんな場所を知ってるとも思えないし。見晴らしがいい木の上とかかも。大丈夫かな、私も登れそうな木かな?
なんだか私もドキドキしてきた。
***
レニャード様はお城から少し離れたところにある、見晴らしのいい丘に連れてきてくれた。
そこは街が一望できる位置にあって、夕暮れどきの街がオレンジ色に輝いているのがいちどきに眺められた。
「……なあ、ルナ。お前は、変なやつだよな」
レニャード様がくすくす笑っている。
私は心当たりが多すぎて、ちょっと気まずくなりましたね。
ごめんなさいルナさん、できるだけ家屋を傷めないようにがんばったつもりなんですけど、手落ちが多かったかもしれないです……反省します。
「お前ぐらいだぞ。猫の俺に、『慕っている』などと言うのは」
レニャード様が珍しく謙遜したようなことを言うので、私は意外だった。
「何を言ってるんですか。レニャード様は国民からあんなに慕われているじゃないですか」
「意味が違うだろ。俺が人気なのは、俺の姿がかわいいだからだ。お前のは、あ……愛だろう?」
なんで愛って言うのちょっと照れてるんですか。
「つまりはなんだ、お前は俺を、愛しているんだ。かっこよくて、かわいいこの俺をな。そうだろう?」
なんでちょっと得意げなんですか。
「レニャード様はかっこよくてかわいいですもんね」
レニャード様はお鼻をぴすぴすさせた。
ああもう、かわいいなあ。
レニャード様はまたしばらく、夕焼けの丘を眺めるようにして、遠くに視線をやった。
その時間がちょっとずつ長引くにつれて、私はそわそわしてきた。
……あれ。キス、しないのかな。
私は黙って、街を眺めるレニャード様に付き合って、一緒に街を眺めた。
沈黙が、なんだかくすぐったい。
「……もしも、このキスでもとに戻れたら」
レニャード様が口を開いたけれど、私の方を見ようとはしない。多分彼も、少し緊張してる。
「俺は……この手でお前を抱きしめてみたい」
小さなおててをぐっと握って丸め、レニャード様がイケボでささやく。ちょっと情報量が多い。かわいいのかかっこいいのか面白いのか、どれか一つに絞ってほしい。
「俺はいつもお前に抱き上げられてばかりだ。それが情けなく、恥ずかしい。俺はお前を抱き上げて、この手にも、お前を守る力があるんだということを、実感してみたい」
わ……わあ……
レニャード様、まじめ……
私はちょっと、照れてしまって、とっさに何も言い返せなかった。
「……ルナ。俺は、お前が好きだ」
さすがに、レニャード様は乙女ゲーのメインの王子様をやれるだけはあるよね。猫の姿でもちょっとドキッとしたよ。
レニャード様はうんと伸びあがって、お鼻の先を私の唇に、ちょんとくっつけた。
やだ、ちょっと高かったね。
私が少しだけ首を曲げてかがむと、レニャード様の小さなお口が私の唇に当たった。
私とレニャード様は、しばらく身動きしなかった。
唇を離す。
遠くで太陽が沈んでいく。少しずつ周囲の景色が藍色に染まる。
「……もとに戻らんな! 失敗だ!」
突然ガサリと繁みを揺らして、見つめ合う私たちのすぐそばに登場したのは、マグヌス様だった。
「……ダメだったか」
「ダメでしたね……」
結構真実の愛っぽさが出てて、私は照れたんだけどなあ。
「まあ、そう気落ちするな。条件を変えて何度か試してみればいいさ」
マグヌス様が何でもないことのように言う。




