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【裏技】元に戻る方法を検証してみました!


 青年は黒髪黒目の整った顔立ちをしており、死神みたいなフードつきの萌え袖衣装を身に着けていた。全身真っ黒で特徴らしい特徴はない。


 でも、日に当たると違った。とても目立つ特徴がひとつある。


 ぞろりと長い黒髪に、奇抜な蛍光緑色が浮かび上がった。


 この人体にはありえない鮮やかなツヤベタの発色。

 彼が、魔術師のマグヌスで間違いない。


 この明るいアップルグリーン、何度見てもサイバーSFっぽいなあ。

 魔術師の色合いじゃないよね。


「あの、ちょっと診てほしい患者がいるんですけどー……」


 私はお土産に、小さな壺を手渡した。


「あのこれ、ミミル蜂のはちみつ、お好きだと聞いたものですから」


 彼は杖をそのへんの壁に立てかけ、あっさり壺を受け取った。


「それで、診てほしい患者というのがですね、この……」


 彼はまったく話など聞いていない様子で、壺のふたを勝手に開けた。


 ピンク色がかった珍しい蜂蜜に、彼はおおっと目を輝かせた。


 壺を抱きかかえて、ドアを乱暴に閉めようとする。


 おっと。そうはいかないよーだ。


 私はすかさず足をドアの間に挟んだ。思いっきりドアが当たったけど、かろうじて締め出されないようにすることには成功した。


「娘! 何をする!」

「ちょっとお話聞いてもらえませんかー! ちょっとでいいのでー!」

「帰れ! 私は人間が大嫌いだ!」


 だよね。言うと思ってた。


 私は必死にドアを閉められないよう押し返しながら、扉の隙間から叫ぶ。


「猫です!! マグヌス様!! 彼は猫です!!」


 レニャード様が、私が肘にひっかけているバスケットからちょこんと顔を出した。


 耳と目だけ出している猫の姿に、一瞬マグヌス様の気が逸れる。


 レニャード様は、そのすきにぴょこんとドアの隙間に飛び込んだ。


「あ、おい! やめろ! 大事な研究品に毛がつく!」


 慌てているけれどももう遅い。一回入れてもらえばこっちのものだもんね。


 レニャード様は、彼の足元に座って、大きな声を張り上げた。


「聞け……いや、どうか話を聞いてください! 俺は、この国の王子、レニャード・バル・アッド・シンクレアです!」


 マグヌス様は警戒心が強いから、初めて喋るときは丁寧にね、と私が指導しておいたとおり、レニャード様が慣れない敬語を使っている。かわいいよかわいいよ。


「……は? なんで猫から人間の声が聞こえるんだ?」


 マグヌス様は、足下のレニャード様をひょいっと持ち上げた。


「腹話術か?」

「違う! 俺は、王子だ!」


 マグヌス様は、目をぱちくりさせた。


「……しゃべった」


 それからがばりと抱きしめ、いきなり口の中に手を突っ込んだ。


「……普通の声帯だな。ありえん。どうなっている?」

「ふみゃー!!」


 レニャード様は口の中に手を突っ込まれて苦しいのか、しきりにマグヌス様の胸を前足でたしたしと叩いている。たしたし。たしたしたし。


「ああっ、マグヌス様、乱暴は困ります」

「知るか! こんな面白そうな実験体が王家にいるなんて聞いてないぞ! なんで私に黙っていたんだ!?」


 いやいや。快癒式典しましたよね。

 情報遅くないですか。


「よーし気に入ったぞ! 今日からお前を飼ってやる!」


 彼は隅っこにある鉄のケージに、レニャード様を放り込もうとした。必死に抵抗するべく、にゃあにゃあ鳴いて鉄のパイプにしがみつくレニャード様。本気を出したレニャード様は意外と侮れない怪力を発揮するので、マグヌス様もそこで動きが止められてしまった。


「やめてくださいマグヌス様! その方れっきとした王子様なので!」

「構わん、私も王子だ!」

「昔の話ですよね? 今はただの流浪の魔術師じゃないですか! 国と喧嘩したらさすがに負けちゃいますよ!」

「それもそうだな」


 彼は案外あっさりと手を離した。


 私はレニャード様を取り返して、胸にぎゅっと抱きしめた。レニャード様はブルブル震えながら耳を伏せている。ちょっと怖かったね、レニャード様。


 うーん、分かってはいたけど、マイペースな人だね、マグヌス様。クレイジーなキャラなのは知ってたけど、人選をミスったかなあ。


 けっこう強烈なキャラだったから、うわさは聞いたことがあるけど、私は攻略してないんだよね。彼のルートのレニャード様がどうなるのかも知らない。


「あの、レニャード様がどうして猫になってしまったのか、いきさつを説明したいんですが……」


 マグヌス様はころりと態度を変えた。


「ぜひ聞かせてくれ。その前にお茶にしようか」


***


 紅茶のセットがテーブルに並び、私もおみやげを一緒にいただくことになった。レニャード様はマグヌス様特製の変な餌を食べさせられそうになっていたけれど、なんとかかんとか回避した。


 ひととおり説明し終えると、マグヌス様は興味深そうにレニャード様のおててをにぎにぎした。


 レニャード様はちょっと嫌がりつつも、逃げたりはしなかった。


「……どうも、猫は猫でも、普通の猫ではなさそうだな」


 ためつすがめつ肉球を指先でぷにぷにともてあそびつつ、マグヌス様がひとりごとのように言う。レニャード様はそわそわとしっぽを動かしている。肉球に触られるのが好きじゃなくても、嫌とは言えないもんね。


「ただの猫に変化したなら、今ごろ完全に猫らしくなって、人語を喋ることもなかったろう。どういう仕組みかは知らないが、かなり強力な魔法だな」

「宮廷の医者にはさじを投げられました」

「私にもからくりはまだ見えてこないが、どうなっているのか興味はある」


 マグヌス様は思案顔でレニャード様のおなかの毛をなでなでする。


 ああっ、いいなあ! 私もおなかの毛はあんまり触らせてもらえないのに。


「ふむ。ひとまず有名な解決法から当たってみるか。色々試していれば、そのうち当たる可能性もある。中には、君たちにとって辛い実験もあるかもしれないが……」

「か、解剖とかはやめていただけませんか!?」


 私がつい抗議すると、彼は分かっているというようにうなずいた。


「もちろん、貴重な実験動物を死なせるようなことはしない。処刑されても困るからな。無傷で家に帰すさ」

「本当ですからね、約束しましたからね!」

「しかし、私の指示には従ってもらう。できるか、ふたりとも?」


 レニャード様はおなかを見せたごろにゃんポーズから、ここぞとばかりに起き上がった。


「何でもします」

「私も大丈夫です」


 マグヌス様は軽くうなずくと、大真面目な顔をして、こう言った。


「では、とりあえずキスでもしてみろ」


 レニャード様は動作がフリーズした。おめめの瞳孔がきゅっと針のように細くなる。


「……いまなんと?」

「キスだ。それもできるだけ、愛のこもったやつだな」

「な、な、なななななな」


 レニャード様が慌てているのを横目に、私はなんとなく、レニャード様としょっちゅう交わしている『鼻ちゅー』のことを思い出した。


 ……猫とのキスって、どういう行為を言うんだろう?


 あれはキスのうちに入らないのかな。


「百年の眠りについたお姫様の童話を聞いたことがないか? カエルに変えられた王子の話は? それと同系統の呪いなら、お姫様からの真実の愛がこもったキスで元に戻る。君がキスしてあげたらいいだろう」


 私ですか。別にいいんですけどね。


「でも、鼻ちゅーならいつもしてますよ」

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