【過去回想】かわいい親友の動機とは? 驚愕の回答編
次に目が覚めたとき、レニャード様はもう猫になっていた。
これにはさすがにレニャード様もびっくりしたそうな。ケモノになる覚悟をしろと言われたので、豚とか、クマとかになるんだと思っていたみたい。
かわいらしい猫ちゃんだったから、拍子抜けしたんだって。
やはり俺は美しく生まれつく運命なのだ――とはレニャード様談。私は苦笑い。
それはともかく、偶然レニャード様が横たわる棺のそばにいたのが王太后様。レニャード様の異変を目の当たりにして、お城はテーブルをひっくり返したような大騒ぎになったとさ。
「大変だったんですね……」
私の知らないところで大事件が起きていたんだね。
私は話を聞いていて、一番気になったところをまずは突っ込んでみることにした。
「レニャード様を狙った犯人は捕まったのですか?」
「一応な」
レニャード様がしょぼんとヒゲを落とす。
「死ぬ間際に、俺がそいつの顔を目撃していたんだ――クレア・マリア・ジルドールの顔を」
彼が挙げたのは、私も知っている名前だった。
クレア・マリア・ジルドール。
彼女は乙女ゲー『ガチ恋王子』に登場する、黒髪赤目の公爵令嬢で、ゲームのかなり重要なサブキャラだ。
彼女は主人公の親友として登場する。
しかし幸か不幸か人気が出すぎてしまったため、あとから攻略ルートが追加され、実は女装した少年だったことが判明した。
「なぜ、クレア・マリアがレニャード様の殺害を……?」
ゲームには、そんなイベントはなかった。
クレア・マリアはルナと同様、レナード王子の幼馴染として登場する。
レナード王子は、子どものころにクレア・マリアが男だと気づくイベントがあり、以来、気心の知れた友達として付き合っていくんだけど、そうとは知らない主人公は、レナード王子があまりにもクレア・マリアと仲良くするので、やきもちを焼いたりするんだったよね。もちろんあとで誤解だと分かるんだけど。
とにかく、ふたりは仲良しだったはずなので、殺害なんてとんでもない。絶対に起きそうにないイベントが発生してたってことになるよね。
レニャード様は少し悩んでいたけれど、やがて意を決したように口を開いた。
「……この際だから、言ってしまうが。クレア・マリアは男だったんだ。俺はたまたまそれを目撃してしまった。クレア・マリアは、秘密を知る俺を生かしてはおけないと思ったらしい」
「そ……そうなのですか?」
ゲームと違う。そこで大親友になるのがゲーム本編だったはず。
「俺は……あいつが女装癖の男だろうと、気にしない。まわりに吹聴する気もなかった。だが、あいつはそう思わなかったらしいな」
レニャード様は落ち込んでいる。
そうだよね、すごく仲良かったはずだもんね。
「あいつは、たった一言しか喋らなかった。ただ、『ヒロインになりたかった』と」
私はびっくりしたなんてもんじゃなかった。
ヒロイン。
もちろん、それが乙女ゲーの『ガチ恋王子』におけるヒロインのことなのかは分からない。
でも、きっとそうなんじゃないかな。
ヒロインになるには、彼女が男だと知っているレニャード様が邪魔だったのかもしれない。
「あの……もっと詳しく分かりますか? クレア・マリアさんの残した日記とかがあれば、読んでみたいんですが……」
「何も残っていない。彼女は牢から脱走して、実家の家族もろとも、屋敷の火事で焼けてしまったからな」
犯人死んじゃってたのね。それじゃもう真相なんて分からないか。
ゲームと違うことが起きてたのは、彼女が私と同じように、ゲームの知識を持っていたからなのかもしれないね。
「クレア・マリアのことは残念だったが、ともあれ俺は、夢の中の不思議な存在に助けられたというわけだ」
レニャード様は大きく手を広げた。
「俺が元に戻るための手がかりは、それしかない。あの夢の主は、どういう魔法を使って俺を猫にしたのか、あれはいったい誰だったのか。それを知りたいんだ」
レニャード様はそう意気込んで、きらきらしたおめめで私を見上げた。
やる気十分ですね。とってもかわいいですよ。
「……じゃあ、魔法に詳しい人を誰か探すといいかもしれませんね」
「そうなのだ。しかし、宮廷にいる人間には、あらかた聞き込みをしたあとでな。もしかしたら、人間の使う魔法ではないかもしれないと言われた」
「というと?」
「夢の中の問いかけなら夢魔。人の魂を入れ替えるような高度な魔法なら、死者の国の王か、それに準じる高位存在。いずれにしろ、そう簡単には会えないと……」
レアモンスターなんだね。
乙女ゲーにそんなキャラいたっけ? よく覚えてないなあ。あのゲームのメインって、王子様たちだったもん。
さすがに何十人といる王子様たち全員を把握しているわけじゃないから、断言はできないけどね。
「どうやって探すかが問題なんですよね……」
「高位存在は、人間の生け贄と引き換えに呼び出した例がいくつかあるそうだが……」
「なるほど……必要な犠牲ですね……?」
「ダメだろ!? 何言ってんだ!?」
「いえ、何もそこらへんの庶民を捕まえてきて心臓を捧げさせようとかいうことではなく、ここにちょうどいい生け贄の素材があるなと思いまして。私なんですが」
「もっとダメだろ!? お前の想像怖いな!?」
そうかな? ルナさんならいざというときはレニャード様のために人柱になるくらいのことはしそうだけどね。
一応、ご本人の意思を確認してからやらないといけないけど。
でも、どうしてものときは、最後の手段として覚えておいてもいいかな。
考えているうちに、ふと、とある攻略対象のことを思い出した。
「レニャード様、魔術師のマグヌス様のところへはもう行きましたか?」
彼は目をぱちくりさせた。
「マグヌス? 誰だそれは」
「あ、まだだったんですね。じゃあ、行きましょうか」
私は、レニャード様に遠出用のバスケット、その名も『ロイヤル・テール』号に入ってもらって、出かける支度をした。
なんでバスケットに名前がついてるかって?
この国ではね、えらい人が出かけるときは、馬車に乗らないといけないんだよ。
でもレニャード様は猫だから、馬車の揺れがすごく苦手なんだって。だからいつも、馬車で出かけるときはバスケットに入ってもらうことにしてる。中にクッションいっぱい入ってるから、揺れもちょっとマシなんだって。
王室猫御用達の人力籠、『ロイヤル・テール』号、発進します!
***
魔術師マグヌス。
攻略対象のひとりで、その正体は魔法で姿を変えた三百年前の伝説の大魔術師。
彼は三百年前にいろいろあって、人間嫌いになり、人里離れた森の一軒家で暮らしている。
もちろん身分は王子という縛りがあるこのゲームなので、彼もまた大昔に滅亡した魔法大国の王子様だ。
「ちょっとすみませーん!」
マグヌスの家のドアをノックする。
がちゃりとドアが開いて、とても嫌そうな顔の青年が出てきた。




