【閑話3】ルナさんに代わってお仕置きです
私はレニャード様のそばにしゃがみ込んだ。
「もしかしたら、レニャード様は普通の猫ちゃんではないのかもしれませんね」
「当然だろう! 俺は猫である前に、王子だ!」
「うんうん、そうですね」
にこにことあいづちを打つ私に、レニャード様は小づくりのかわいいマズルを得意げにひくひくさせた。
かわいいなぁ。
フルツさんは芝生の上にぺたりと座っている。
レニャード様は退屈が嫌いなので、ちょっと機嫌を悪くした。
「おい、いつまでバテてる」
「まだ遊ぶおつもりですか」
「なんだ、文句があるのか? んん?」
レニャード様はチンピラみたいな絡み方をしながら、フルツさんの太ももを前足でぷにっと踏みつけた。
「俺に猫じゃらしができてうれしいだろう? ん?」
「ああっ、そ、そんな……!」
フルツさんの太ももを前足で交互にふみふみし、パン生地みたいにこねるレニャード様。そのお姿はかわいいとかかわいくないなんてもんじゃなかった。地上における天使の降臨だった。
ああっ、ず、ずるーい!
私もあれやってもらいたーい!
「レニャード様、私も! 私もふみふみしてほしいです!」
挙手して前向きな姿勢をアピールすると、レニャード様は変な顔になった。
「い、いや、お前はダメだ!」
「えー! どうしてですかあ!?」
ひどい差別ですよこれは。私、これでも婚約者なんですよね?
私は断固として抗議することにした。
「私も乗ってほしいです! のってのってのってのってー!」
「そ……そういうのはまだ早いだろ! 女の子が簡単に太ももを揉ませるんじゃない!」
私はぴたっと抗議の声が出なくなってしまった。
え、まあ、いや、そうなのかもしれないけど。
全然エロスな意味とは思ってなかった。
そういう見方もあるんだ。盲点だった。
レニャード様も、自分で言っておいてなんかすごく照れてるし。急に首の後ろのあたりの毛づくろいを始めてしまった。これ知ってる、猫が自分の気持ちを落ち着けるときにやるやつ。
どうやってフォローしよう。
微妙な空気で困っていたら、横で見ていたフルツさんが悪気なくつぶやいた。
「……おふたりはとても仲がよろしいのですね」
わー。今は煽らないでー。
ナルシストで、年齢なりに男の子なレニャード様は、過剰なくらい反応した。それはもう、分かりやすいくらいのうろたえ方だった。
「はあ!? ど、どこがだ! 俺は別に、こいつのことなんて何とも思ってないぞ! まあ、多少……かわいいかもしれないが! 俺の方が断然かわいい!!」
ええ……レニャード様、男気ない。
多少って何、多少って。
いくら照れてても、女の子の容姿はけなしちゃダメでしょ。ルナさんかわいいじゃん。
私は人生の先輩として、そして仮の宿主として、ルナさんの名誉を守るべく、レニャード様に苛烈な報復をせねばならないと決意した。
「ひどいです……わたくし、レニャード様に踏んでいただく価値もないほどみすぼらしいかしら?」
私は意識して、太ももが強調されるようにさりげなく、膝丈のスカートの太ももの真ん中に両手をついた。ついでに足を崩して、膝のあたりでスカートがはだけるようにする。
ニーハイソックスからのぞく太ももをチラ見せしてあげたら、お子ちゃまのレニャード様は面白いくらい視線が泳いだ。
「お、お前! はしたないぞ! 足をしまえ、足を!」
この世界の人、なんでか知らないけど太ももが見えたらエッチだと思ってるんだよね。膝丈くらいの短めのスカートや、胸の谷間ががばっと空いたドレスとかはそんなにエッチじゃないと思ってるみたいなのに、太ももはダメなんだって。よく分からないよね。
「あ……すみません」
私がわざとらしくきちんと座り直しても、レニャード様はけっして私の方に目を向けようとはしなかった。
うろたえて固まっているレニャード様を見ているうちに、いたずら心が湧き起こる私。中身はもと夜のお仕事の人だからね、しょうがないね。
「……えーいっ!」
私がすきをついてレニャード様を抱き上げると、彼はなすすべもなく捕まった。
両脇の下で持ち上げて、みょいーんとするレニャード様をひざの上に降ろし、背後からぎゅっと抱きしめる。
「レニャード様の足、くすぐったいです。ドレスの生地が薄いから、素足に触られてるみたい」
私がちっちゃなお耳にささやきかけると、レニャード様は四本足をおもちゃみたいにまっすぐ伸ばして硬直した。しっぽまでピーンと硬くなっている。
やだかわいい。純情ですね。
「さ、レニャード様。存分にふみふみしてくださいませ。このルナめはレニャード様の婚約者。しからば覚悟はできております」
私がたたみかけると、レニャード様はとても困ったように『み……みにゃあ~』と鳴いた。
にゃあ~。にゃーん。
ああっ、肝心なときに猫化するのずるい。
かわいいから許しちゃう。
いやだと訴えるようにレニャード様が首を振るので、私は解放してあげることにした。
レニャード様は数歩ぎくしゃくと両手両足を伸ばした状態で歩いたあと、芝生の上にへろへろと力なく横たわった。
ふう。悪は倒れた。
仇は討ちましたよ、ルナさん。
私は満足だったけど、横で見ていたフルツさんはぽかんとした顔をしていた。
「……ルナ様は、ごくたまに、経験豊富な女性のような顔をなさいますね」
うん。中身大人だからね!
とはもちろん言えないので、私はフルツさんにもくねっと媚び媚びの動きで視線を送っておいた。
「どうしてそんなこと言うんですか? ひどい……ルナ泣いちゃう」
まあ、合ってるんだけど、ルナさんの名誉ってものがあるからね。
フルツさんも、名門貴族のお嬢様を捕まえてビッチ呼ばわりはさすがに失礼だということに遅れて気がついたらしく、慌てていた。
「も、申し訳ありません、ただその、決して悪い意味ではなく……今からこれなら将来が末恐ろしいといいますか……ああいえ、その、要するに、将来はものすごく魅力的な貴婦人になりそうだと! そう思った次第で!」
「本当ですか? ルナ、いいお嫁さんになれそう?」
「え、ええ、きっと……」
「やったあ。ルナ感激。レニャード様、私、いいお嫁さんになりますね!」
にこーっと、満面の笑みをレニャード様に向けたら、彼はなぜか、両方の肉球でおめめを覆ってしまった。
……にゃーん。
か細い悲鳴のような鳴き声がレニャード様の喉から絞り出される。
そんなに照れなくってもいいのに。
「……本当に仲睦まじいようで。何よりですね」
フルツさんがとりなすように愛想笑いを浮かべた。
レニャード様がゴロゴロと芝生の上を転げまわる。
――こうして、お庭のランチタイムはゆっくりと過ぎていった。




