【閑話2】レニャード様の好物って? 詳しく調べてみました!
私は公爵令嬢だから、もうこの、フレンチ風の冷たい肉巻きみたいなのとか、瑪瑙トマト(こっちの世界のトマトは瑪瑙みたいに透き通ってる)と香味野菜のペーストが載ったラスクなんかは毎度おなじみで、食べ飽きちゃってるんだけど、フルツさんはそうでもないみたい。
「フルツさんもご一緒にどうです?」
「いえ、私は……」
「式典のときに助けていただいたお礼と思っていただければ。ねえ、レニャード様?」
「うむ。一度礼をせねばならんと思っていた」
「そんな……俺は、職務を遂行しただけですので」
「まあ、そう言うな! 褒美として、俺のサインもくれてやろう!」
そう言って、レニャード様はお付きの人から色紙を受け取った。
オレンジの単色インクでぺたりと押された肉球ハンコ。その横に、ミミズがのたくったような字で、レニャード様のサインが入れてある。
フルツさんはとっさに両手で口元を覆った。
一瞬だったけれど、彼がニヤケていたのはしっかり見えた。
「あ……あの、これは……?」
「レニャード様のサイン色紙ですよ。よかったですね、文字が入れてあるやつは私もまだ一枚しか持ってないんですよ。とってもレアです」
「レア……なんですか……」
彼は戸惑ったように、私の顔を見た。
「あの……レニャード様は、どうやってサインを……?」
私は訳知り顔でうなずいた。うんうん、それってやっぱり気になっちゃうよね。
レニャード様にサインを入れるところを実演してもらったあと、彼は必死に笑いをこらえていた。
「な……なるほど。尻尾でサインを……」
私は再度、訳知り顔でうなずいた。うんうん、分かるよ、めっちゃかわいいよね。かわいすぎてつらいよね。
「書くの、結構大変らしいので、大事にしてあげてくださいね」
「……ありがとうございます。拝領いたします」
フルツさん、うれしそう。
私も、レニャード様を愛でる仲間が増えて嬉しいよ。仲良くしようね。
フルツさんはとっても遠慮していたけれど、結局食欲には勝てなかったのか、出された軽食に手をつけた。
黙々と、かなりのハイペースでタルトを食べていく。
食べるの早すぎて、呑み込んでるみたい。
「……おいしいですか?」
私が思わず尋ねると、彼は気まずそうにギクリとし、喉を詰まらせ、むせていた。
「あの、全部食べてもらっていいので、ゆっくり食べてくださいね」
フルツさんの目が再びきらりとした。
「い、いや、しかし……いいのですか?」
「私、冷たい食べ物って好きじゃないんですよね。気にせず、どうぞどうぞ」
フルツさんは最終的に出された軽食をほとんど食べていた。
フルツさん、レニャード様やルナさんよりは年上だけど、私が死んだ実年齢からするとがっつり年下なんだよね。
十七、八の男の子が一生懸命おいしいものをおなかに詰め込んでいると思うとほほえましすぎて涙が出るよ。
ちなみにレニャード様はというと、用意された特製の猫の餌にがっついていた。
なんかね、アクが強いハーブや香味野菜でない限りは、人間と同じものが食べられるけど、味つけを薄くした方がおいしいとかで、私たちの食べるものとは完全に分けて作ってもらっているみたい。
好物は素で茹でた苺葉キャベツ(この世界のキャベツは苺のヘタみたいなのが一番外側についているんだよ)と、ささみのスープだって言ってました。
私が前に飼ってた猫ちゃんとあんまり変わらないね。ちゅーるがあればあげてみたいけど、ああいうのってどうやって作ったらいいのか分かんないや。
レニャード様は牡蠣ホタテ貝(この世界には牡蠣みたいな形のホタテ貝がいる)の上におしゃれに盛りつけられた冷製肉のオードブルをぱくぱく食べて、ガラスのお皿でおいしそうに冷やしたスープを飲んだ。
猫の食事風景って心和むよね。いつまで見てても飽きないよ。
レニャード様はおなかいっぱいになると、満足げに手をぺろぺろした。
「……おい! お前、約束は忘れてないだろうな?」
「あー……はい」
式典の最中に、終わったらたくさん猫じゃらしをするって約束したよね。覚えてますよ。
私はごそごそと、腰からさげたきんちゃく袋を漁った。
この世界の人たち、カバンを持ってないらしくて、物を持ち運ぶときはきんちゃく袋に入れるんだってさ。なんか変だね。縁日の浴衣みたい。
「実は今日、レニャード様がお気に入りの猫じゃらしも持ってきたんですが……」
私は毛糸とリボンをほうきのように束ねて作った手づくりの猫じゃらしを取り出した。
「すみません、まだ肩が治りきってなくて、動かしにくいんですよね」
魔法医の先生によると、一気に再生すると体力のない人は危ないので、様子を見ながらちょっとずつ治していくということだった。
「なのでこれは、フルツさんにお願いできないでしょうか」
私が猫じゃらしを差し出すと、フルツさんは戸惑ったようにそれを受け取った。
レニャード様は即座にとっても偉そうな態度でふんぞり返った。
「仕方がない! 今日はフルツを俺の猫じゃらし係に任命してやろう! ありがたく思え!」
そんなこと言って、遊んでもらえるのすっごく嬉しいんだもんね、レニャード様は。
まだ戸惑っている彼からすばやく猫じゃらしを盗み取り、レニャード様は勝ち誇ったようにお鼻をぴすぴすさせた。
「なんだ、ルナの鬼教官も大したことはないな! 俺の手にかかればこの通りだ!」
猫じゃらしを足下に置き、レニャード様が勝利宣言。
フルツさんの表情が少し変わる。
戦いの火蓋は切られた。
――三十分後、土の上にひっくり返ったのはなんと、フルツさんだった。
猫の反射神経と互角に渡り合って、目にもとまらぬ速さで猫じゃらしを繰り出していたけれど、この遊びではまだレニャード様に一日の長があった。
「どうしたどうしたぁ! 俺はまだまだやれるぞ!」
「殿下の……体力は……猫のそれではありませんね……」
フルツさんが息を切らしている。
そうなんだよね。私も、レニャード様はつねづね普通の猫ちゃんとは違うと思ってた。
声はイケボだし、体力底なしだし。
賢いし、かわいいし、かっこいいし。
猫ちゃんなのにちょっとした知恵で不便を解決しちゃうの得意だよね。こないだなんて、歩くときにマントが邪魔だからって、式典用の真っ赤なマントに尻尾を通せる穴を開けさせてたよ。尻尾を通すことによってずり落ちなくなるんだってさ。私初めて見たとき胸がきゅーんってした。だってさ、かわいすぎない?
あ、それと、猫って高く跳べてもせいぜい一メートル半くらいなのに、レニャード様はもっと跳べる。四、五メートルくらい? バッタみたいでびっくりするよ。言うと怒るから、レニャード様には内緒だけどさ。
 




