【閑話1】お城の庭がわくわく触れ合いランドになってしまった件
式典中に起きた反乱を無事に治めて、一週間ほどたったある日。
私はようやく肩の傷がよくなり、ベッドから起き上がれるようになった。
外で日向ぼっこをするのに向いているような、そんな気持ちのいい季節だった。
レニャード様は連日お見舞いに来てくれた。まあ、別にお見舞いでなくても、ほぼ毎日来てたんだけどね。
せっかく私の具合もよくなったことだし、明日は何か特別なことをしようかと相談している最中に、私のメイドのエミリーが、『せっかくですし、久しぶりに外の空気を吸ってはいかがですか』と提案してくれたんだ。
翌日、私はレニャード様と一緒に、王宮の庭で散歩をすることにした。
王宮の庭は、実は一般庶民でも立ち入れることになっている。それで私もよくお邪魔させてもらっては、レニャード様と一緒に猫じゃらしなどをして遊んでいた。
私たちが庭の砂利道に足を踏み入れると、通行中の庶民のみなさんから悲鳴があがった。
「きゃあ、猫王子様よ!」
「殿下ー!」
「……声援がすごいですね」
「ああ。式典以来、民から追いかけ回されるようになってな」
レニャード様がしっぽをふりふりしてやる気なく声援に応えると、彼らはわっと駆け寄ってきた。
これじゃ、うかつに庭も出歩けないよねえ。
レニャード様は小さい子どもたちに遠慮なく撫でまわされて、もみくちゃにされることになった。
「こら、俺のしっぽを掴んで振り回すんじゃない! 馬鹿! 俺はお前らと違って小さくかわいい生き物なんだぞ!」
絶対にかわいいって自称するのを忘れないレニャード様、ブレないね。
「それが愛玩動物を触るときの手つきか! いいか、かわいい俺に触るときは、そーっと触れ! そーっとだ! タンポポの綿毛を飛ばさないようにするぐらいの慎重さを持て! おいやめろ、そこはだめだ、やめろ、やめ、うわああああ!」
レニャード様が凌辱されている……
いや毛皮をもみくちゃにされてるだけなんだけど、何よりも自分の毛皮を愛しているレニャード様にこれは辛い。大丈夫かな、急に癇癪起こして「全員処罰だ!」とか言い出さないかな? 原作準拠だと言いそうだけど、レニャード様はどうかなあ。
私だけじゃなくて、うしろでお付きの人もはらはらしながら成り行きを見守っている。
レニャード様はなんだかんだいって反射神経のいい猫なので、本気を出したら人間の子どもくらい簡単に追い払える。
付き合ってあげているということは、レニャード様がそうしたいと思ったからというわけなので、いくらお付きの人が追い払いたいと思っていても出しゃばれない。
うーん、それにしてもレニャード様は子どもが好きだよね。面倒見がいいっていうか。
おなかを触られるのが嫌いなのに、子どもたちがもみくちゃにするのには文句も言わずにじっと耐えていた。
あらかたの通行人と挨拶をしてから、レニャード様がぐったりと呟く。
「……毛並みが台無しになった」
「わあ、大変。ブラッシングしましょうね……」
私はお付きの人から専用のブラシと艶だし用のハニーワックスを受け取って、ベンチに腰掛けた。
お膝の上に乗ってもらって、ブラッシングをするんだよ。
せっせと毛並みを整えている最中にも、人通りが多くて、そのたびにレニャード様はブラッシングを中断して触らせてあげる羽目になった。
「……ぜんぜん休まらん! ルナ! 帰るぞ!」
「はい……」
レニャード様、すぐ怒る。まあ、いいけど。
それにしても、式典の影響ってすごいな。
レニャード様猫化が知れ渡っていないときは、私がレニャード様と一緒に散歩していても「かわいいペットねー」って言われるくらいで全然注目なんか集まらなかったのに。
「こうなったら、もう庭には出ない方がいいかもしれませんね……」
「嫌だ! 庭は俺の遊び場だぞ!? なんで王子の俺が庶民に遠慮しなきゃならんのだ!?」
「仕方がありませんよ……レニャード様は愛らしくて親しみやすいですし、レニャード様にご挨拶したいと思わない国民なんていませんもの」
「そうか……それも俺がかわいすぎるせいなのだな……罪深い俺……」
やー、レニャード様、操りやすいから助かるー。
「しかし庭遊びはやめられん。獲った虫のコレクションもまだまだ増やさないとならんからな」
レニャード様はしばらくうなっていたが、やがて名案を思いついたというように、言った。
「次はフルツも連れてくるとしよう。あいつは人払いがうまいからな!」
レニャード様にはお付きの人や護衛の人がいっぱいいる。交代制なので、護衛はいつもフルツさんがついているというわけじゃないんだよね。
ここ数日は違う人がお付きの当番で、フルツさんはお休み中だった。
「いいですよ。お供します」
非番にもかかわらずフルツさんが護衛を承諾してくれたので、私たちはさらに翌日、レニャード様お気に入りの、『ちょうどいい感じの切り株がある』木陰でランチョンマットを広げることになったのだった。
レニャード様は定位置の切り株の上に陣取って、スフィンクスのような姿勢になった。
「うむ! やはりこの形! この大きさ! なにより、目線の高さがしっくりくるな!! この切り株には俺御用達の栄誉を与えてやろう!」
なにそれ意味わかんない。
「おい、フルツ! この切り株には『レニャード様御用達』の札を立てるよう、庭師に言っておけ!」
「は……承知しました」
承知しちゃうの。
レニャード様ったら横暴かわいい。
今日もこの世界は平和です。
「いい天気だ! こんな日は、やはりここが落ち着く!」
レニャード様がごきげんで目を細め、私を見下ろしている。
この切り株、ちょっと背が高めで、人間が腰かけるにはあんまり向いてないんだよね。
レニャード様は、座った時の私の目の高さよりも、切り株に伏せているときのレニャード様の目線の高さが上に来るところが特に気に入っているみたい。
軽食はお付きの人がテーブルごと用意してくれた。色とりどりの冷製肉やパイやタルトに、フルツさんがちょっとだけものほしそうな顔をした。




