【慈悲はない】猫をいじめるやつは許しません・ライブレポ6
私は必死にレニャード様のあとを追いかけた。
本気を出したときの猫の足はとても速い。
「うわ! なんだ!?」
彼は敵の飛行ユニットから出てきた男に、飛びついた。
足のふくらはぎを思いっきりかじられて、男の悲鳴が上がる。
「いってえな! この! この!」
男が尻もちをつき、思いっきりレニャード様を殴りつけた。
うにゃーんと、甲高い悲鳴が上がる。
ああー! か弱い猫ちゃんになんてことを!!
それが人間のすることか!! 許せん!!!!!!
私はとっさに鞘からダガーを抜き放ち、まっすぐ構えて、男に向かっていった。
ほとんど仕留める勢いで男の腹を狙い、全力で刃を突き立てにいったが、立ちあがった男の装甲に弾かれてしまった。
見れば、男は慰め程度の武装をしており、胸に甲冑と、足の脛に鉄の脚絆があった。かかと周辺も、すね当てを止めるための布でぐるぐると厳重に覆われている。
だからどうした! どんな人間も刺せば倒せる!
私は再度ダガーを構え、再びまっすぐに突きを入れる。おなかを狙うのはそこが甲冑の境目で、生身の身体が狙える場所だから。
本当に刺す気でいったのに、男は避けて、逆に私を突き飛ばした。
バランスを崩したところに、岩のような拳が降ってくる。
胴体を殴られて、呼吸が止まったのは初めてだった。
痛みと衝撃でよろけ、視界にある風景がぐにゃりと歪む。
背中を見せてうずくまる私に男が何度か蹴りを食らわせたが、そちらはあまり痛くなかった。
アドレナリンが出ているうちは、何をされてもそんなに痛くない。一回死んだ人間なので分かる。
痛みにむせるふりをして、取り落としたダガーを必死に探す。
王太后様は、このダガーを、一撃だけでも与えれば勝てるようにと、私にくれた。
動かなくなった私とレニャード様を確認して、男は後ずさりし、やがて背中を向けて、全速力で逃げ出した。
頭上では飛行ユニットが爆音を立てて飛び回り、ときどき撃ち落とされて墜落している。
今のところ、逃げ出した男を救助に来ようとする敵はいない。ひとりきりの、今がチャンスだ。
逃がすものか。
必ず、必ず一撃をくれてやる。
私はレニャード様を痛めつけられたことで、頭に血がのぼっていた。わけもなく笑いたくなってくる。
私は心底楽しい気持ちで、ダガーを構え、男をめがけて、走り出した。
私が追いかけてきていることに気づいた男は一瞬あわを食ったものの、覚悟を決めたのか、立ち止まった。
私に向かって、長い剣を抜き放ち、構える。
当たり前の話だけど、武器はもちろん、リーチが長い方が圧倒的に有利だ。
でも、私の場合は、とにかく一撃でも与えられたら勝ち確になる。
私は絶対に一太刀浴びせるつもりで、突っ込んでいった。
敵の攻撃は、避けようともしなかった。
私は敵の剣に思いっきり切りつけられて、地べたに叩きつけられた。
衝撃はあった。でも、痛くない。こんなの、ちっとも効かない。脳内麻薬が煮えたぎる私の頭の中は、今が興奮の最高潮だった。
私を倒したことでほっとしたのか、男が剣を引き、収めようとする。
油断したその一瞬が命取り。
私は再び立ち上がって、ダガーを構えた。
「……馬鹿な、その怪我で、どうやって」
動揺した男が剣を構え直すよりも早く、私はこの一か月、みっちりと練習した突き技の型を取り、愚直に刃を男へと突き立てにいった。
手に力が入っていなかったのは仕方がない。ばっさり肩やられているしね。
それでも、私の刃は届いた。
男の腹部の衣服を貫通し、肉に突き刺した、という手ごたえ。
引いた刃の穂先は、わずかに血で濡れていた。
「……切った!」
「貴様……っ!」
あははは、はは、やった、切った! 切ってやった!
私の勝ち! あははははは!
脳内麻薬と痛みと興奮でわけが分からなくなった私は、考えていることがそのまま口から出てしまった。
私のうわごとに、男が怯んだ様子を見せた。
私の仕事はここまで。
あとは、匂いで犯人の目星をつけているレニャード様が自力でなんとか落とし前をつけるはず。
安心した私は、急激に眠くなってきた。
あるいはそれも、これ以上無理をして体を壊さないようにしようとした、生理的な防衛反応だったのかもしれない。
私は次に目が覚めたとき、叫ぶレニャード様の声を聞いた。
「……ちくしょう! どうして俺は猫なんだ!」
なだめているらしき、フルツさんの声もする。でも、彼の声は遠くて、よく聞き取れなかった。
「どうしていつも俺だけが無力なんだ! 俺には何もしてやれないのか!」
私もレニャード様に声をかけてあげたかったけれど、そのまままた眠ってしまった。
***
次に目が覚めたとき、私はベッドの上だった。
そばに控えていたエミリーと目が合う。
彼女は歓声を上げた。
「お嬢様! お目覚めになったのですね! ああ、よかった!」
その言葉で、ぴょんと私の布団に、何かが乗ってきた。
オレンジ色の毛の猫は、私の顔を覗き込むなり、頬にすりすりしてきた。すりすりというか、勢いがよすぎて、ほとんど頭突きみたいになっていた。
「ルナ! お前、いつまで寝てるんだ!」
ごすごすと頭突きをしながら、レニャード様がゴロゴロと喉を鳴らしている。
喉を鳴らすときの振動が頭蓋骨にまでビリビリ伝わってきて、私はちょっと目まいがした。
「目が覚めたら一番にかわいい俺の顔が見たいだろうと思って待っててやったってのに! ずっと寝てるから待ちくたびれただろうが!」
とりあえず私は、ゴロゴロ言いながら擦り寄ってくるレニャード様の頭を撫でた。
あー、レニャード様のお耳やわらかー。
いやされるー。かわいいわー。
「……ずっとって? 今日何日ですか?」
「セミエルの祝日から、三日後の木曜ですね」
「そんなに」
頭がぼんやりしてよく思い出せないけど、なんだか大変な目に遭った気がする。
「……あの男はどうしたんですか?」
私が刺した男の人のことを思い浮かべて聞くと、レニャード様はぐしぐしと前足で目をこすった。
「俺が追っていた男は、王宮の地下牢にいる」
「ちゃんと捕まえられたんですね。よかった……」
安心したら、急にいろんなことがどうでもよくなってきた。
ぼんやりしている私に、レニャード様がずずっと鼻をすすって、言う。
「口のうまいやつで、のらりくらりと言い逃れをしてたんだが、お前がつけた傷が決め手となった。反乱に加担したやつらの名前も半分がた明らかになっている」
「……ちなみに、誰だったんです? あの男は?」
「ザイストファルド公だ」
「ああー……」
知っている名前だったので、私は何とも言えない気持ちになった。




