【乱入】襲撃がありました・ライブレポ3
「来たぞ! ルナ、剣を貸せ!」
私が慌てて剣を抜こうとしているうちに、頭上に大きな影がさした。
つられて見上げれば、何か大きなものが飛んでいるではないですか。
小型の機械に、トンボの羽のようなものを取りつけた――としか言いようがない、奇妙な飛行ユニットだ。一人乗りのそれに乗った襲撃者が、何人いるのかも分からないほどたくさん、大空いっぱいに展開して、こちらに向かってきていた。
なにあれ!? あんな形状で空飛べるの!? 空気抵抗すごそうなんですけど!
「ルナ! ぼーっとするな!」
レニャード様の叱咤で我に返る。
彼に剣をくわえさせてあげてから、私もダガーを抜いた。
「ご無事ですか!?」
馬車に乗り込んできたのはフルツさん。
「狙撃があるかもしれません! できるかぎり体を小さくして、馬車の下部に隠れていてください!」
トンボのような飛行ユニットはみるみるうちに近づいてきて、一台が高速でフルツさんの横を駆け抜けていった。すり抜けざま、フルツさんの剣がボディにヒットし、大きな音が鳴り響く。
わお。初見でよく当てられたね。
さすが公式設定のバトルの天才。
飛行ユニットはわずかにバランスを崩しつつ、Uターンしてきた。
そうこうするうちに二台目、三台目が迫ってきて、先ほどと同じように、馬車の横を通り過ぎていく。
フルツさんはそちらにもうまく剣を当てていて、結構大きな音がしていたけれど、飛行ユニットは少しモタついただけで持ち直した。故障する気配はなさそうだ。
三台はしばらくの間ぐるぐると馬車の頭上で旋回していたが、やがて銃で撃ってきた。
「……同士討ちが怖くないのか!?」
フルツさんがいまいましそうにつぶやく。こうなっては彼も応戦するどころではない。レニャード様を抱きかかえてうずくまる私の盾になるつもりなのか、さらに上から覆いかぶさってきた。
私もこの世界に来てから魔法の仕組みを少し教わったけど、こういう場面になると焦ってしまって、よく思い出せない。
大砲の威力はこのくらいで、魔法は……と、細々としたことをフルツさんから叩きこまれたはずなのに、いざとなると何も思い浮かばなかった。
「大砲とか、飛んできたらどうしよう」
私がつぶやくと、私の胴体の下のスペースになんとか伏せているレニャード様が「大丈夫だ」と言った。
「飛行ユニットには大砲を積むスペースなんてない。小型の銃弾をすべて撃ちきっても俺を仕留められなかったら地上に降りてくるはずだ」
馬車はこの日のことを考えてあったのか、座席に鉄板が仕込まれていて、銃弾の大半を跳ね返している。
跳弾で負傷しないように、頭を守っておくしかない。
「応援遅いな。魔術師隊は何をやってる」
フルツさんがイライラしながらつぶやいて、危険を顧みずに馬車の上に頭を出した。
とたんに銃弾が雨あられと降ってくる。
耳をつんざくような金属音と火薬の破裂音が立て続けに鳴って、フルツさんが顔を出していたあたりの鉄板がチーズのように穴だらけになった。
轟音が納まるのを待って、フルツさんが言う。
「敵機を多数確認。かなり広範囲に散開して襲撃と離脱を繰り返しているようです」
「まじもんの反乱じゃないですか……ヤバ……」
思わず私は素でつぶやいてしまった。
フルツさんにはきっと変に思われただろうけど、緊急事態なので許されたい。
「敵の狙いは、レニャード様のお命だけじゃなかったんですか?」
王太后様のご説明によると、レニャード様が生きていると都合が悪い、反王子派が存在しているということだった。それも、複数の勢力に渡ってだ。
このゲームは『ガチ恋王子』というタイトルどおり、王子と名のつく人が何人も登場する。彼らには王位継承権があり、レナード様がいなくなれば王になれる。
だからこそ、レナード王子と婚約者のルナさんは別キャラのルートで処刑や追放をされまくっているのだった。
困ったなー。ゲーム知識から言うと犯人の心当たりが多すぎて、全然推理できないなー。
場合によってはフルツさんが真犯人まで全然ありえるもんね。
シンクレアの王子も、最初はレニャード様を含めて三人だけだったのに、『ガチ恋王子』に人気が出てキャラが増えるにつれて、どっと人数が増えた。
そんなに王子様があとからあとから湧いて出たら、そりゃあ反乱も頻発しちゃうよね。
「こうなってくると、心配なのは母上だ。今、母上がいなくなればこの国は崩壊するぞ」
「あ、それはリアルにやばそうですね……」
「どうにかしてお助けしてさしあげなければ……」
「それはやめておきましょう」
「なぜだ?」
「王太后様とレニャード様が一か所に固まっているのは危ないです。二人とも一緒に倒されてしまっては本当にこの国はおしまいですよ」
出来る限りふたりは引き離しておくのがいい。
そう考えての布陣だと思っていた。
「今はとにかく、逃げの一手! です」
「おふたりのことは、私が必ずお守りします」
フルツさんが言ってくれたので、レニャード様も少し笑った。
「フルツがいてくれれば、安心だな」
フルツさんマジ強いからね。頼りにしてますよ、本当に。
話しているうちに、銃撃はいつの間にか止んでいた。
「……静かになりましたね」
ふいに、風を切る音がした。
馬車の横合いから超低空で並走する飛行ユニットが顔を出し、同時に長い槍が突き出される。
フルツさんがとっさに剥がれた鉄の装甲を強く当てて、穂先を逸らした。変な方向を向いた長い槍は、最終的に車体に引っかかり、深々と突き刺さった。
ぶっすりと半ばまで突き刺さった槍に、私の背筋がゾッとした。あれが刺さってたら死んでましたよね。
飛行ユニットは深く刺さってしまった槍の回収を諦めて、上昇していく。
「鉄板を上に掲げろ! なるべく高くだ!」
レニャード様が私の下から這い出して、フルツさんに号令を飛ばす。
第二陣の攻撃が来るのかと思って、思わず身をすくめた私をかばい、フルツさんが立ちあがって鉄板を盾にした。
その上にひらりと飛び乗るレニャード様。
あっと思う間もなく、レニャード様は鉄板を踏み台にして、高く跳んだ。
猫が飛べる距離を軽々と超えて、さらに高みへ。
首が痛くなるくらいそらして見上げた先には、先ほど攻撃してきた飛行ユニット。
レニャード様は口にくわえたナイフを車体の隙間に突き立てて、柄を軸にくるりと一回転した。
「俺の跳躍力を甘く見たな!」
飛行ユニットに搭乗していた覆面の男は猫の全力後ろ足キックを食らってバランスを崩し、落下した。
地面に衝突し、動かなくなる。
あーあ。シートベルトしないからそうなるんだよ。
レニャード様が乗った飛行ユニットはみるみるうちに高度が下がり、私のすぐ横にふわりと着地した。
「ルナ、乗れ!」
レニャード様が鼻先をしゃくって座席を示す。
「俺じゃ操縦桿が動かせない。お前が操縦するんだ!」
「え!? 動かし方分かりませんよ!」
「その黒いバーを握れ!」
座席の前面に、縦に長い、車のシフトレバーのようなものが二本、出ている。
私はわけもわからず、そのバーに飛びついた。
「上昇するときは手前に引く!」
「え、えーい!」
反射的に言われたとおりにすると、機体は急発進した。あんまり角度がきつくてレニャード様が落ちそうになっていたので、慌てて元に戻す。
「あ、なんか、結構分かるかも?」
乙女ゲー内でもこんな感じのミニゲームが発生した気がする。弾幕を避けてボスを倒そう的なシューティング。
手前に引いたら上昇、奥に押し込んだら下降。
でもって左右は片方ずつバーをひねる!
あーそういうことね! 完全に理解したわー!
シートベルトも締め終わるころには、私は完全に調子に乗っていた。
「そしたら、ギリギリまであの機体に近づけろ!」




