【アクシデント?】式典で何かが起きるようです・ライブレポ2
「なあルナ、あそこで飛んでるちょうちょ……採ってきていいか?」
「ダメです。今日は一日そこに座っててください」
「一日ってどのくらいだ」
「ええっと……予定では聖クレア広場と枝付き噴水の広場で演説なので、このままダラダラ進めば夕方までには終わります」
「そんなにか!? 退屈で死んでしまうぞ!」
まあ、猫ちゃんは飽きっぽいって言うしね。
「なあ、ルナ、猫じゃらしとか持ってきてないのか?」
「ないですねー」
「じゃあお前、ちょっと左右に揺れてみろ」
なんだろ。カツアゲかな?
私が不思議に思いながら身体を左右に揺らすと、レニャード様は目をカッと見開いた。
真夏の太陽を受け、らんらんと光る金褐色の瞳で見つめるのは……私の首元。
チョーカーにぶら下がっている金のムーンストーンだった。
私はあわてて喉元を手で隠した。
「ちょっと、やめてくださいよ!? こんな人が密集してる道の真ん中で引きちぎって落としたら、絶対見つかりませんからね!?」
「ちっ。なールナ、つまらんぞー。なんか面白いことしろよー。なーなー」
レニャード様は完全に今日の目的を忘れてしまったらしく、ごろりと仰向けになって、あざといポーズを決めだした。
「なー。ルナー」
レニャード様は片手をあざとかわいく折りたたみ、片方の手を伸ばして、私の二の腕にちょいちょいと触れた。
群衆から悲鳴があがる。
『かわいいー!』
『レニャード様あー!』
『猫王子さまー!』
私は盛り上がる群衆を馬車の上から見下ろしながら、胸をなでおろした。
よかった。王子がネコとかいう与太話、どこまで受け入れられるものかと思ってたけど、みんな全然気にしてないみたい。
聞くところによるとこの世界ではちょくちょく王様の耳がロバになったり、王子様がカエルになったりしているらしい。私も前世の童話でそんなのを聞いたことがある。
人間がネコになることも、まあ、普通の人間ならまずありえないけど、庶民の感覚だと『王子様だし、ときどきはそういうこともあるんじゃないかな?』となるのだそうだ。
この世界の王様や王子様って一体何なんだろうね。
にゃーんにゃーんと媚びを売るレニャード王子は、それはかわいらしいけれど、私は心を鬼にして『ダメです』と言い続けた。
「帰ったら、いっぱい遊んであげますから」
「本当か!? 約束したからな! 忘れるなよ! 絶対だからな!」
分かってますよ。もう、かわいいですね。
このレニャード様の愛らしさを誰かと共有したいなと思い、周囲をきょろきょろと見渡すと、馬車の後方を歩いていたフルツさんと目が合った。彼の顔はだらしなく緩んでいる。私もきっと、似たような顔をしているに違いない。えへへ、かわいいよね、レニャード様。
レニャード様はそれでようやくやる気が快復したのか、さっと起き上がって、また民衆に向かってぴんと尻尾を立てた立ち姿を披露した。
そうこうするうちに、馬車は最初の広場に到着。
高らかにトランペットが鳴り、ドラムロールが始まる。
赤いカーペットが敷き詰められた道の端に、馬車が停まる。天蓋を捧げ持つ四人の従者が、私たちの下車を待っていた。
レニャード様は、天蓋の作り出す影の中を、特設の高座に向かって、ゆっくりと歩いていった。
私もそのあとに続いて、カーペットを踏む。
道なりにたくさんの騎士が並んでいる。
私が王太后様から話を聞いた限りでは、もしも敵対勢力が襲ってくるのなら、広間などの目につく場所だろう、ということだった。
もちろん、警備はそれを見越して、厳重にしてもらっている。騎士たちは全員精鋭。フルツさんもいる。彼は王子の護衛として、すぐそばにぴったりと立っていた。
レニャード様は、軽々と飛び上がり、壇上に降り立った。
「みなのもの! よく集まってくれた!」
か細い猫の喉からこんな声はまず出ないだろうという、あの張りのある、大声を出させたら天下一品のイケメンボイスが響き渡った。
「俺が! 俺こそが! シンクレア王国の王子、レニャード・バル・アッド・シンクレアだ!」
ちっちゃい猫ちゃんが堂々と言い放ったので、会場は一瞬、しん……と静まり返った。
すぐに大歓声が起こり、レニャード王子の名前をコールする人たちの声でいっぱいになる。
「どうやら、俺は死んだという噂があったようだな! 心配をかけてすまなかった! 俺はこうして戻ってきたから、安心してほしい!」
『かわいー! かーわーいー!』
『王子ー! こっち向いてー!』
『一生ついていきますー!』
わお。声援も気合い入ってるね。
『飼ってあげたーい!』
『モフモフさせてー!』
『下僕にしてー!』
……なんか変なのも混じってるけど。
レニャード様の演説は、大盛り上がりで終わった。
私も壇上に上がってひと言ふた言自己紹介をしたが、そちらは無難に終わった。
それにしても、すごい人出だね。
私たちは無事に一度目の演説を終え、またパレードに戻った。
「……襲撃、ありませんでしたね」
「まだ次がある。気を抜くなよ」
「大丈夫ですよ。ちゃんと剣も持ってきましたし」
腰から吊り下げた剣の鞘を撫でる。
鞘は二連になっていて、レニャード様のナイフもついていた。
レニャード様は、鞘を背負うとギプスはめられたみたいになって、うまくジャンプできなくなっちゃうんだって。だから私が持ってる。
「……なあ、ルナ。お前は、どうしてそこまでしてくれるんだ……?」
「剣を持つくらい、どうってことありませんよ」
「そうじゃない。命の危険もあるっていうのに、お前はこうして、逃げずに来てくれた」
「そりゃ、婚約者ですし……」
ルナさんも、レナード王子のためならそうしたと思うし、とは、言わないでおいた。
レニャード様がふっと笑う。
「婚約者だからって、命をかけられるやつがどれだけいるか……もしも俺がお前の立場だったら、どうしてただろうな……」
あ、それはちょっと分からないなあ。
だって、レナード王子のルートではあっさりルナさんのこと処刑してるしね。
他のルートでも、ちょいちょいルナさん見捨ててたもんねー。
私がうっかり黙り込んでしまったせいで、レニャード様もしばらく無言だった。
やがて口を開いたのは、レニャード様の方だった。
「だが……そうだな。俺は、お前のためなら、きっと……」
そのとき、レニャード様の耳が激しく動いた。
何かの物音を聞きつけたように、あたりに耳を向けて注意を払い、やがて空のある一点にまっすぐ視線を向けた。
私もつられてそちらを見たけれど、五階建ての住宅が通りの両面に立ちならんでいて、よく見えない。
「……何か、来る! 伏せろ!」
レニャード様が叫ぶ。
私が馬車の足下にはいつくばるのと、空で大きな爆発音がしたのとは、同時だった。
虚空が真っ赤に染まり、火薬が破裂したような鋭い音がいくつも弾ける。
不意打ちの第一陣が終わり、空に広がった煙が晴れるころには、すでに魔法隊がシールドを張り終えていた。




