【怪奇】豪邸に幽霊? と思いきや……
天井には一面の壁画。サイゼリヤとかによくある天使のやつ。カウチも豪華な布張りで、刺繍に触ったらゴン太の刺繍糸でデコボコしていた。普通、こういうのはフェイクのプリント柄だから、触ってもこんな風にデコボコしない。つるんとしてるはずなんだよね。
ほかにも金ぴかの豪華そうな暖炉とか、使い方がよく分からない謎のオブジェなんかがそこら中に置いてある。
つまり、部屋全体がどう見てもお金かかってる。
ものすごい高級ホテルなのかなあ?
いくらするんだろ。
バスルームに化粧品とか置いてないかな? ブランド物の。もらってってもいいかなあ?
私は何の気なしに隣の部屋をのぞいてみて、心臓が止まるかと思った。
だって、そこに誰かがいたんですよ。
暗闇の中にぼーっと立っていたのは、金髪に緑の瞳の女の子だった。三白眼ぎみの凶悪な目つきで私をにらんでて、すごく怖かった。
困ったな。英語なんて、ほとんど喋ったことないのに。
「あ……あー、ハロー?」
私が手を振ると、女の子も手を振ってくれた。
凶悪な目つきはそのままに、にたりと微笑んだ顔も迫力満点。ホラー映画とかに出てきそうで、私はすっかりビビッてしまいました。
「び……ビーフオアチキーン?」
私が話しかけると、女の子も口をパクパク。同じタイミングで喋って、同時に喋りやんだ。
嫌な予感が、したんです。
私の肩からこぼれて揺れる、プラスチックのカツラみたいな、人工的な金色の髪。
すらりと美しい爪が備わった、子どもっぽい手。
そして、私はあんまり着ないかなーっていう、ふわふわの木綿のかわいらしいパジャマ。
これ全部、女の子とそっくり同じだよ。
鏡に映った私が、この女の子だった。
「あ……あ……」
ここ、日本じゃない。ていうか、私も私じゃない。何を言ってるのか分からないと思うけど、私にも分からない。とにかく何かがおかしくなってる。
何だろう、これ。確か、私はついさっきまで、死のうと思っていたような気がする。そして、実際死んだ、はずだった。
つまりこれは、死に際の私が見ている幻覚?
「ルナ様、お医者様を呼んでまいりました……ルナ様? どちらにいらっしゃるのですか?」
打ちのめされた私が、ふらりと鏡のある部屋を出て、もとの場所に戻ると、ちょうどエミリーさんが男性の医者を連れてきたところだった。
「ルナ・ヴァルナツキー様、ああ、目が覚めたのですね、本当によかった! 一時はどうなることかと思いましたよ……さっそくご両親にも嬉しいお知らせをしなければ」
男性のお医者さんが言った名前に、私は電流に撃たれたような衝撃を受けた。
ルナ・ヴァルナツキー。
名前にルナ、姓にルナ。
二回ルナが入っている、特徴的な名前。
それは、ファンから『ルナルナ』と呼ばれていた、乙女ゲーのモブ……端役の登場人物の名前だった。名前は正確に覚えてないけど、ルナルナのニックネームだけは覚えている。
そして、今の私の姿は、ルナ・ヴァルナツキーにそっくりだ。
トレードマークの縦ロールドリルが、病床だからか、今は取れてなくなっているけど、目つきなどがゲームのそのまんまだった。
ルナになってしまっている。
よりによって、死亡フラグ満載の、あのルナ・ヴァルナツキーに。
***
乙女ゲー『ガチ恋王子』は、異世界を舞台にした女性向けのソーシャルゲームだった。
私の友達……というほどでもない、同業の女の子が沼ってしまって、月に百万は課金していた作品だったと思う。
「マジ面白いからやってみなよ! 一緒にハマろ?」
そう言う彼女の目は、瞳孔がガッと開いていた。たぶんカラコンだと思うけど、黒目が大きすぎて、完全にイッてる人の目つきだった。軽くホラーで、夢に出そうだったのをよく覚えている。
その当時の私は暇で暇で……
仕事もやる気がなかったので、待機時間中に営業LINEを打つと見せかけて、ずっと『ガチ恋王子』をやっていた。
そのゲームは確か、最初のシナリオをいくつか見たら、あとは気になるキャラを選んで遊ぶシステムだったと思う。
もちろんやる気がある人は、攻略キャラを変えてすべての内容を制覇するんだけれども、私はやる気がなくて、全然ダメだったんだよね。無料でもらえるログインボーナスなんかを使って、せいぜい一、二キャラのシナリオを追いかけるのが精いっぱい。
次々に新しいイベントが始まるので、全然追いつけなくて、ごひいきキャラの新シナリオや新イベントをクリアしたあとは、気になるキャラをちょっとずつかじって遊んでた。もちろん最後まで完走はしないから、どのイベントも中途半端にしか覚えてないんだよね。もっと遊んでおけばよかったなって、今になって思う。
ごひいきキャラには、直感で、これはないな、と思ったキャラを選択した。
だって薦めてくれた彼女が、『推しが被るのは死んでも無理!』と言っていたから。
だったら、被りそうにもないキャラを選んだほうがいいよね。そんな些細なことで揉めたくないし。
推し……つまり、好きなキャラが同じになるのが無理な子のことを、乙女ゲー界隈では『同担拒否』と言います。
同担拒否勢のその子は、『被ってほしくはないけど、でもでも、推しのシナリオも偏見なしでやってみてほしいから、クリアするまで誰が推しかは内緒にしておくね』と、なかなかに難しいことを言っていました。
彼女としては、私が自発的にすべてのキャラのエンディングをクリアした上で、彼女の最愛キャラのよさも認めつつ、自然に違うキャラを好きになってほしかったみたい。
彼女との付き合いは浅いから、好きそうなキャラがどれなのかなんて、全然予想できない。でも、うっかり好きなキャラがかぶったら絶縁されてしまう。待機場所での空気が最悪になりそうだったので、私にとっては、ちょっとしたピンチ。
そこで私は、『レナード』という王子を選択したんです。
彼はこのゲームの看板とも言える、メイン中のメインの王子様。顔は公式設定で作中一番のイケメンと言われてたからすごくカッコよかったし、キャラも立ってて、魅力的。大国の王位継承権一位の王子だから、身分もほぼ一番に高い。
でも、シナリオにちょっと問題があった。
なんとレナードには、登場したときから婚約者の少女が存在していたのです。
同担拒否とは、『王子様の恋人は私だけ、他の女が王子の女を名乗るのなんて耐えられない、他の女の影がチラつくのなんて絶対に嫌!』というような人のことを言います。
だから、あの過激な同担拒否の女の子なら、推しキャラに婚約者の気配がチラつくのも絶対に受け付けないだろうなって、見た瞬間に思ったんだよね。
私のその推測は運よく当たっていて、彼女の推しはレナードじゃなかった。
私と彼女のゲーム談義はそこそこ弾んで、無事に、待機室で顔を合わせたらゲームの話をする程度の軽い友達になれたんだけど、それはまた別の話として。
――乙女ゲーのシナリオとしては異例の、攻略対象の婚約者となるモブ令嬢。
それが、ルナ・ヴァルナツキーだった。
レナードのちょっと本気度が高いファンからは『ルナルナ』という、可哀想なあだ名をつけられ、蛇蝎のごとくに嫌われていた、悲しき悪役公爵令嬢さんだ。
ルナルナの元ネタは同名の生理日予測アプリだから、なかなかに悪意のあるあだ名だと思う。
説明おしまい。現場に戻ります。
***
ベッドに戻った私は、お医者さんからこんこんと説明を受けた。