【RTA】せっかくなので攻略を目指します
「……フルツさん、レニャード様に忠誠を誓いませんか?」
「はい?」
「騎士がよくやってるでしょう。主君と定めた人に忠誠を誓うの。それを、レニャード様に捧げてみませんか?」
「と……突然そのようなことを言われても困ります! 騎士の誓いは、騎士にとって非常に大事なものですから……」
知ってる。
この世界の騎士の誓いは、生涯一度、主君と定めたただひとりに対してだけ立てるもの。
原作フルツの場合は、ルートの中盤で、主人公に対して騎士の誓いをすることにより、間接的に愛の告白をするシーンがあった。
「レニャード様に騎士の誓いを立てると、今ならとっても素敵なお礼がついてきますよ?」
「素敵なお礼……ですか?」
私は、肩の上のレニャード様に目を向けた。
「レニャード様。フルツさんはどうやらレニャード様のかわいらしく勇敢なお姿に心底感動して、騎士の誓いをすることを検討中のようです」
「そうか、まあ、当然だな! 猫の俺は、正直に言ってめちゃくちゃかわいい!」
ほんとにかわいいですよね。
私もそう思います。
「このような忠臣には、報いるところがなければなりません。レニャード様、どうかフルツさんには婚約者を迎えるときの作法と同じ挨拶でねぎらってあげてください」
「アレか? 男にアレは、ちょっと……」
しぶるレニャード様、困惑の表情のフルツさん。
「あ……アレとは、いったい……?」
「あれ、騎士なのにご存じありません? 騎士の誓いといえば、アレに決まっているじゃありませんか」
この国の騎士の誓いは、主君が、騎士の両頬にキスをするならわしだよ。
主人公がフルツさんの頬にキスをする場面のスチル、綺麗だったなー。
「アレを……殿下が……!?」
んんん、フルツさん、悩んでますねー。
これはあと一押しの表情ですねー。
「レニャード様からじきじきにご挨拶をいただければ、この者は生涯を通してレニャード様に忠誠を誓うでしょう。どうか一度きりのことと考えて、この者に、お慈悲を」
「そうか? ならしょうがないな。ほら、こっちを向け」
レニャード様は、フルツさんの顎に手を伸ばした。
「聞こえなかったか? もう少し頬をこっちに寄せろ」
ぷにぷにと、頬を肉球でつつかれて、フルツさんはおずおずと……本当におずおずと、彼の方を見た。
――ちゅっ。
濡れた鼻先を押しつけるレニャード様。
硬直するフルツさん。
「おい、反対側に届かないぞ。俺をそっちの肩に載せろ」
レニャード様の命令に、ぎくしゃくした動きで小さな体を抱き上げるフルツさん。
そーっと反対側に降ろすなり、レニャード様が首を伸ばして、頬にちゅっとした。
「あ……あ……ああああああ!」
奇声を発するフルツさん。
彼はもう一度レニャード様を抱き上げると、足元にそっと下ろした。
その前に土下座せんばかりの勢いで両足をつき、上体を折ってレニャード様を拝み倒す。
「不肖フルツ・ライマン、生涯の変わらぬ忠誠をレニャード様に誓い、いただいた御恩を胸に、敬愛を忘れず、身も心もレニャード様のために捧げ尽くすことを誓います――ッ!」
お……落としたァァァァァ―――――ッ!
フルツルート、完!!
私の脳内に、ガチ恋王子のエンディングがきらめき、流れていった。
いやーいいルートだったなー! とくにフルツさんがレニャード様のために溶鉱炉の中に親指を立てて沈んでいくシーンが最高だったなー!
「ほんとですね? 私、ちゃんと見届けましたからね? これから先、何があってもフルツさんはレニャード様を裏切っちゃだめですよ?」
「はい」
返事をするフルツさんは、とても幸せそうだった。
「俺……レニャード様の近衛兵に配属されないか、ちょっと打診してみます」
「あ、いいですね。そうしてください」
もはやフルツさんは、レニャード様の熱烈な信者のひとりと化していた。
うんうん。これならたとえ主人公がフルツさんルートに入っても、レニャード様が死ぬのは回避できそうですね。
主人公が受けるはずの騎士の誓いは横取りしちゃったけど、別にそれがなければフルツさんを攻略できないわけじゃないからね。騎士の誓いをした相手とは別に奥さんがいるって騎士はたくさんいるし、主人公にはがんばってもらうとしましょう。
レニャード様の命がかかってるんだし、許してね。
私はまだ見ぬ主人公に向かって、合掌した。
「……おい」
私は、ふくらはぎのあたりを肉球でつんつんするレニャード様に気が付いて、そばにしゃがみこんだ。
「どうしました?」
「口直しだ。お前にもキスさせろ」
私はちょっと、言葉に詰まった。
レニャード様は見た目こそかわいい猫ちゃんだけど、声は案外渋くてかっこいい。
いきなり食らった王子オーラあふれる発言に、つい心拍数が跳ね上がる。
ようやく絞り出した「はい」という返事は、声が裏返って、みっともないものになった。
「もうすこしかがめ。届かないだろうが」
私は思考停止していたので、そのまま従った。
レニャード様が、私の鼻の頭につん、と冷たい鼻を押しつける。
「……やっぱりお前が一番落ち着くな」
「そ、そうですか……」
何が落ち着くのかは分からない。
分からないけれど、もう何でもいい。思考がすべて停止するくらいの破壊力が、レニャード様のキスにはあった。
うっかり私もレニャード様に騎士の誓いを立ててしまいそうになった。
「はあ……レニャード王子……無理……つら……」
隣の芝生には拝み倒した姿勢で、幸せそうに死んでいるフルツさん。
そして、レニャード様に鼻ちゅーをもらって燃え尽き、芝生に転がっている私。
その日の訓練は、訓練にならなかった。
***
フルツさんがレニャード様の取り巻きと化してからしばらく後。
私は毎日王城に通い、基本的な剣の持ち方や振るい方を習っていた。
フルツさんの授業を受けるときは、レニャード様も一緒です。彼には別口に剣術の訓練をしてくれる師匠がいるんだけど、『婚約者を男とふたりきりにはしておけない』という理由で、率先して付き合ってくれてるんですよ。
やさしいね。かわいいね。もう大好き。




