【新キャラ】乙女ゲーの攻略対象に出会いました
フルツ・ライマン。
ガチ恋王子に登場する王子のひとりだ。
初めは名もなきモブ騎士として登場しておきながら、あとから人気が出てルートが追加されたキャラだった。
あのゲームは『攻略対象が全員王子』って縛りがあったみたいで、フルツさんも、モブ騎士という当初の設定を覆すために、ルート実装でいろいろと無理のある超展開があったことで有名だった。
私の覚えている範囲だと、フルツ・ライマンは、気の置けない親切な騎士として主人公と仲良くなる。終盤のパーティで、主人公がレナードに言い寄られているところへ登場するのが、『プリンス・フルツ』だ。彼は何の前触れもなく華麗なプリンスの衣装に着替えて登場し、身分をかさに着て俺の女扱いするレナードから主人公を守ってくれる。
彼は王様の子どもではないけれど、公爵と同等の権限を持つ『王の寵臣』の隠し子で、公子すなわちプリンスなのだとかいうことを説明。
私はよく知らないんだけど、ヨーロッパの『プリンス』っていうのは『いつも王様の子どもとは限らない』んだってさ。
でもそれなら、タイトルも『ガチ恋王子』じゃなくて『ガチ恋プリンス』にすればよかったのにね。ガチプリ。わりと言いやすいと思う。たぶん、ライターとか運営側もここまで人気が出て引き延ばしに入るとは思ってなかったんじゃないかな。
とにかく、フルツの身分など知らなかった主人公はびっくり仰天――というようなストーリーだった。
無理やりつじつまを合わせてきたような感じだったらしいけど、後発キャラだからしょうがないよね。
彼の身上設定はともかく、もうひとつ重要なことがある。
フルツ・ライマンのルートで、原作のレナード王子は処刑されちゃうんだよ。
まず、レナード王子が主人公を自分の愛人にしようと、強制的に囲い込むイベントが発生。
フルツさんはそのイベントによって、今の身分では、王子に逆らって主人公を助け出してやることはできないと痛感し、プリンスとしての立身出世を望む。
その後もういくつかレナードの横暴が描写され、なんやかやあって、レナード王子は処刑。
ルナ・ヴァルナツキーも連名で処刑されるという内容だった。
レナードが悪役のルートは多いけれど、おおむねレナードのファンからは賛否両論だ。
どうして私の推しキャラがぽっと出の脇役の引き立て役に使われて、カッコ悪くて嫌なキャラに仕立てあげられなければならないの? と嘆くファンもいれば、レナード自身がお馬鹿なやられ役なので、処刑されるまでの流れもギャグ仕立てで面白い、やられてしまうところもかわいい……というような、わびさびのある愛で方をしているファンもいた。
ただしルナさんはいつも通りむごたらしく死んで、誰からも同情されなかった。
私はフルツさんを見た瞬間にルートのあれやこれやをいっぺんに思い出し、どうしたらいいのか分からなくなってしまった。
また厄介なのが出てきちゃったなー……
困惑中の私をよそに、レニャード様は能天気な声を張り上げた。
「お前がルナの講師か!」
レニャード様は、ぴょんとフルツさんの身体に飛びついた。すばやく服に爪をひっかけてかけのぼり、肩に乗る。
肩にぶら下がりながら、レニャード様はじーっとフルツさんを見つめた。
「あ、あの……? 殿下……?」
フルツさんが戸惑っている。
私もちょっとびっくりした。いきなりどうしたんだろう?
「……なんだ、ずいぶん地味だな! 田舎者じゃないか!」
フルツさんに対して非常に失礼なことを言いながら、レニャード様は肉球でぺちぺちとフルツさんの頬を叩いた。
あーこれ、ゲームのときとおんなじ……
フルツルートのレナードも、何かというと彼のことを『地味』『イモ』『田舎』と言ってけなしていた。
これじゃフルツさんルートに入ったとき、レニャード様も処刑まっしぐらだよ。どうしよう。
「れ、レニャード様、失礼ですよ!」
私が思わずいさめると、フルツさんは変な顔をした。
「れ……にゃーど様と、おっしゃるのですか?」
「え? ええ……」
「ふははは、そうだ! 俺がこの国の王子、レニャードだ!」
乙女ゲー内で何回流れたか知れない、原作レナードの口上を繰り返すレニャード王子。
戸惑い顔のフルツさん。
フッ――と、かすかにこぼれた笑い声を、私は聞き逃さなかった。
「名前、言えてなくないすか……」
そうなんですよね。
猫の姿になってから、レニャード様、なぜかずっと名前が言えてないんですよね。
やっぱりおかしいと思う人もいたんだね。
私たちが名前に思いを馳せているとは露知らず、レニャード様は小さな猫の胸を張る。
「この姿の俺を見るのは初めてか? いいだろう、存分に感激するといいぞ! かわいい俺に会えて喜ばないやつはいないのだからな!」
自信過剰なことを言いながら、レニャード様がまたもぺちぺちとフルツさんの頬を叩く。肉球でほっぺた叩くといい音するよね。ぺちぺち。
「は……はい。お会いできて光栄です。以後お見知りおきを」
そう言って、肩にとまった猫王子の頭を撫でるフルツさんの声は、笑いで震えていた。
私はピンときた。
あっ、これ、喜んでる……?
「つかぬことをうかがいますが……フルツさん、実は猫とかお好きだったりします?」
私の問いに、彼は恐れ多くも猫王子の喉を慣れた手つきでごろごろと撫でながら、にやけた顔で答えた。
「……まあ、少々」
「顔がにやけてますけど」
「ち、小さい動物は、実家でたくさん飼っていたものですから! ちょっと懐かしくなりまして! あの、決してレニャード様によからぬ思いをいだいたりとか、そういうことは!」
「あ、それは見れば分かりますんで、力説しなくても大丈夫ですねー」
「なんだ、俺のこの姿が気に入ったか? 仕方がない、なにせ俺はかわいいからな!」
知らなかった。フルツさんって猫好きだったんだ。
そんな設定あったかな? 覚えてないけど、もともといい加減にしかゲームしてなかったからなー。
しかし、これはもしかすると、もしかするかも?
うまく誘導すれば、フルツルートでも処刑が回避できるかもしれない。
ちょっと試してみようかな。
私はつい欲を出してしまい、フルツさんを試してみることにした。




