【レアアイテム】クエスト報酬ゲットしました
ぺこり。
私が心を込めて頭を下げると、レニャード王子も、机の上でぺこりと頭を下げた。
「母上、俺からもお願いします」
王太后様は、しばらく無言だった。
呆れているのは、天を仰ぐ仕草や、やれやれといった調子で組み直した足などで感じ取れた。
長く押し黙っている間に感情にも少し変化が起きたのか、絞り出した声は、むしろ静かといっていいほどだった。
「……まったく、お前らときたら、人の気も知らないで……」
王太后様は立ち上がると、側に控えていた女性騎士に『アタシの剣を持ってきとくれ』と言った。
「こっちにゃこっちの事情があってね。今回は王子が生きてることを発表しなきゃ敵対勢力が抑えきれないところまで来ている。そんな状態でレニャード、お前を不特定多数の前に出せば、命の危険があるってことは、言わないでも分かるだろうね?」
「……はい」
レニャード様が神妙に頷く。
「それでも、お前は、どうしても出るって、そう言うんだね?」
「それが、俺の務めならば」
「男に二言はないね?」
「はい」
王太后様は満足げに頷くと、今度は私の方を見た。
「ヴァルナツキーのところのお嬢ちゃん。あんた、そこまでアタシにタンカ切ったからには、式典の当日に何があっても泣きゃしないね?」
脅されて、私は一瞬にしてビビッてしまった。
「な……何が……といいますと……?」
「そんなの当日になってみなきゃ分からないよ。鉄砲玉が飛んでくるかもしれないし、ナイフを持った男が襲ってくるかもしれない。花火の打ち上げと見せかけて大砲が飛んでくるかもしれないし、演説の途中で乱闘になるかもしれない」
ええ。それはちょっとやだなあ。
「……敵対勢力というのは、そんなに危険な人たちなのですか?」
「さてね。猫一匹と女の子ひとりで立ち向かうにはちっとばかり荷が重いかもしれないねえ」
私は横のレニャード様をちらりと見た。
彼はとても小さいので、私が身を挺してかばえば、鉄砲避けくらいにはなるかもしれない。
何しろ私は一度死んでいる身なので、死の危険そのものにはそれほど恐怖を感じなかった。
痛いのとかは嫌なんだけどね。
「分かりました。もしも当日、レニャード殿下の身に危険が迫ったら、そのときは私が盾になって、お守りします」
私はそう請け負った。
レニャード様担当過激派のルナさんも、こういう事情なら、私が死に急いでも、きっと許してくれると思う。
王太后様はじっと私を検分するように見下ろしていたが、やがて張りのある声を出した。
「よく言った! ちっと勘定が足らないが、今回は負けといてやるよ」
そう言って女性騎士に差し出させたのは、王太后様の持ち物とおぼしき、小さなダガーだった。儀礼用なのか、柄に粒銀の細やかな装飾がある。
「『ダインスレイヴ』だ。こいつはいわくつきの魔剣でね。相手に決して癒えない傷を与えるって大層な代物だ。お嬢ちゃんのようなど素人じゃ護身用にもなりゃしないだろうが、せめてもの慰めだよ。犯人に小さな手傷でも負わせられたら褒めてやろう」
私は、両手で剣を受け取った。小さなナイフ状の剣なのに、子どもの私にはずっしりと重く感じる。
「……抜いて、振り回せるようになるまでつきっきりで教えて、最低でも一か月ってところか。ま、なんもしないよりはマシだろうさ」
王太后様はひとりで決め打つようにしてつぶやき、それから私に向き直って、言った。
「式典は来月。師をひとりつけてやる。それまでに、せいぜいレニャードと一緒に身を守る方法を考えな」
それは、式典にレニャード様を出してくれると約束してくれたようなものだった。
「……はい!」
「母上、ありがとうございます!」
「よしな。礼を言われるようなことじゃないさ」
王太后様は目を細めてレニャード様の頭を撫でた。
「うちのおチビが、まあ生意気な口をきくようになって……」
それから王太后様は、私の方を見た。
「ヴァルナツキーの娘。くれぐれもアタシの息子を頼んだよ」
「はい」
王太后様との面会はそれで終わりだった。
部屋を辞して、レニャード様とふたりで廊下に出たところで、彼がぴょんと飛びついてきた。
「やったぞ! ルナ!」
興奮した様子のレニャード様が、私の服をよじ登って、肩に乗る。いたたた、爪が刺さってますよ。
みにゃああああ。
ちょっと調子の外れた音色で、遠くまで届くように張り上げた声は、おそらく勝利の雄たけびなのだろう。
あんまりにもかわいい雄たけびに、私は身もだえしそうになった。
レニャード様はやることなすことかわいいからズルいよね。
それにしても人の耳元で大声出すのはやめてほしいけどね。鼓膜がキーンって言ったよ。
「……王太后様が、レニャード様を必要ないなんて、全然思ってなかったことが分かったのも、よかったですね」
「ああ……俺の、勝手な勘違いだった」
「レニャード様はかわいいのですから当然ですよね」
いつもの彼の口癖を先取りして私が言うと、レニャード様は本当にうれしそうに笑った。
***
ほどなくして私には専属の剣の講師がつくことになった。
講師は二十歳そこそこの新任騎士団員、緑がかった短髪の、いかにも真面目そうな青年だ。
「フルツ・ライマンと申します」
「あー!」
初対面で、私は思わず彼を指さして奇声を発してしまった。
だって彼、乙女ゲーの攻略対象なんだもの。