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【放送事故】偉い人大激怒でスタジオ騒然!


 王太后様の目は、笑っていなかった。


 こ、こわーっ……


 私はいまさらながらにちょっと後悔したけれど、もう遅い。ここまで来たからには、当初の目的を果たすしかない。


 だいたい王太后様って、まだ三十歳くらいでしょ? 前世の私とそこまで離れてないよね。クソガキって言われるほど子どもってことはないと思う。


 これは気おされたら負け。そういう勝負だよ。


「レニャード殿下の、快癒記念式典のことです」

「ああ、あれかい。聞いたなら話が早い。お嬢ちゃんにも出てもらうつもりでいるからね」

「レニャード様の替え玉と偽装で出席しろということでしたら、私はお断りします」


 私がすっぱり断りを入れると、彼女は変な顔をした。


「そうかい。アタシの決定が気に入らないってか?」

「気に入りませんね。だって……」


 私は怯んでいるのが顔に出ないよう、精一杯怖い顔を作った。


「……王太后陛下は、レニャード様を殺そうとしているじゃないですか」


 王太后様は、火が付いたように怒った。


「はあ!? 殺しゃしないよ、何馬鹿なこと言ってんだい! なあんにも知らないガキが生意気言ってんじゃないよ!」

「私は、レナード殿下が死んだという報道を新聞で見ました!」


 負けじと声を張り、全然関係ない話題を持ち出す。


 虚を衝かれて一瞬黙った王太后様に、私は畳みかけるようにして、大声を出した。


「ところが、その死んだと聞かされていた王子と婚約するように言われて、実際に会ってみたら、レナード殿下は猫のレニャ・・ード殿下になっていました! これは一体どういうことなのです!? あまりにも荒唐無稽ではありませんか!」


 王太后様は、皮肉っぽく笑った。


「そうだよ。誰だって猫が王子だなんて言われても信じやしないさ。だから替え玉なんだよ。お嬢ちゃんも分かってるじゃないか」


 私は負けじと大きく首を振った。


「私は、彼が本物のレナード殿下だと感じるところがたくさんあったので、信じることができました。でも、もしもこのときに引き合わされていた人が替え玉だったら、私は二度も騙した王家の方々を、もう信用しなくなっていたと思います」


 一度目は荒唐無稽でも、まだ信じることができた。


 でも、二度目もとなれば、きっと初めから疑ってかかったはず。


「死んだと思われていた王子が、実は生きていた。ところがこの人間も替え玉で、本当は猫だった……そんな風に発表が二転三転すれば、もう国民だってレニャード殿下のことを信用しなくなるでしょう。王太后陛下は、レニャード殿下の存在を、この国から抹殺しようとしているんです!」


 私は、できるだけ挑発するように言った。


 王太后様は、挑発に乗ってか乗らずか、気を損ねたようにビールジョッキで机を叩いた。


「仕方がないだろ、こっちにゃそれなりの事情ってもんがあるんだ!」

「一体どんな事情があったら、レニャード殿下の一生を台無しにできるんですか!? どんな事情だってダメです!」

「やかましい娘だね! どうせこの子は一回死んでるんだ、命があるだけ儲けもんさ!」


 すごんでみせる王太后様は、どう見ても夫に先立たれたか弱い王妃なんかじゃなかった。


 この貫禄、このオーラ。


 もうこの人が女王でいいんじゃないかな? でも、そういうわけにはいかないんだよね。もともと外国の王女だから。


 御母上がこれじゃ、ついレニャード様も委縮しちゃうよね。


 彼は言い合いが始まったときからずっと、王太后様の膝の上で耳を寝かせて怯えている。


「表舞台に立てない? それがどうした! 日陰者の暮らしだって結構じゃないか、死んじまったらそれでおしまいだよ! アタシはこの子に、毎日うまいものたらふく食って、楽しく遊んで寝て暮らしてほしいのさ! それがネコの幸せってもんだろ!? なあ、レニャード? お前だってそう思うだろ?」


 王太后様はひざの上のレニャードに猫なで声で話しかけた。


 その瞬間に、レニャード様は、ピンと耳を前に跳ね上げた。


 私は、彼が一生懸命に王太后様から認められようとがんばっていたことを知っている。耳の動きは、闘志の表れだと、とっさに理解した。


「そうなんですか? レニャード様」


 私の呼びかけに、レニャード様は初めて、口を開いた。


「……俺は……」


 しかし、それきり黙ってしまう。


 王太后様、怖いもんね。


「王太后陛下は、レニャード様のために、とおっしゃいました。これは、本当にレニャード様のためになっていますか?」

「当たり前だろ、なあ、レニャード?」

「俺は……!」


 レニャード様は、きっと目じりを釣り上げて、ぴょんとテーブルの上に飛び乗った。


 王太后様の真ん前に立って、しっぽをぴんと上げてみせる。


「俺は、この国の王子です! 猫である前に、王子なのです!」


 レニャード様は、王太后様に気持ちを打ち明ける覚悟を決めたようだった。


 そうだそうだ! もっと言ってやって。


「確かに、母上は猫としての幸せを俺に与えてくれました! そのことは感謝してもしきれない! だが、俺は、王子としての生まれを忘れた覚えはありません!」


 堂々と胸を張り、王太后様を見上げるレニャード様は、猫の姿なのに、私にはとても眩しく、かっこよく見えた。


「猫の姿になっても、俺が王子であることは変わらない! 猫の俺には、毛糸玉を夢中で追いかけるような、暗くあさましい、けだものの欲望が棲んでいる! でも、この国のために何かを為さねばという、王子としての使命感までは失っていません!」


 レニャード様、毛糸玉遊び好きだもんね。


 また今度遊んであげよう。


 私のひそかな茶々入れをよそに、王太后様はじっと目の前の我が子に見入っていた。


「この国のために、そして母上のために、何かをしてさしあげたいと思う気持ちだけはあるつもりです。未熟者で、猫の俺に、何ができると言われれば、それまでですが……」


 うなだれて尻尾も下がってしまったレニャード様に、私はつい席を立ちあがってしまう。


「私は、レニャード殿下が毎日とてもがんばって字を習い覚えようとしていたのを知っています。そんなレニャード殿下だから、もしもこの先、書類で苦労なさるようなことがあれば、私がお助けしてさしあげたいと思いました」


 彼の手は、文字を書くようにはできていない。大きなハンデを持っているのに、レニャード様は決して悲観的にはならず、いつも前向きに、『俺はかわいいから、もうすぐできるようになる』と口癖のように言いながら、チャレンジしていた。


 こんなに心が強く、かわいらしい人を、私は知らない。前世でも、彼のように強い人は、見たことがない。


「愛される人であること。これって、王様にとって、一番大事な資質なのではありませんか? この人のために力になってあげたい、と思わせる人が王様だったら、きっとこの国はもっとよくなります。レニャード殿下が王子として立派に務めを果たすつもりだということを国民に知ってもらうのは、とてもいいことなのではありませんか?」


 私が王太后様に言いたかった文句は、それで全部だった。


「だから……どうか、レニャード殿下を、快癒記念の式典に出させてあげてください」


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