【突撃!】クレーム入れたら対応がヤバかった
王城へ向かう馬車に揺られながら、レニャード様は困惑し通しだった。つぶらな瞳が気弱に細まり、抱きしめてあげたくなるほど弱々しい表情をしている。
「なあ……本当に、母上に会いにいくのか?」
「ええ。私、絶対に文句を言うって、決めているので」
レナードの婚約者、ルナ・ヴァルナツキーは彼のことが大好きで、主人公がレナードに失礼な態度を取ろうものなら猛然と食って掛かる子だった。
『レナード様にいただいたサインを下敷き代わりに使うなんて、あなたどういう神経してますの!?』
『レナード様がタピオカミルクティーに誘ってくださっているというのに断るだなんて、その不敬、万死に値します!』
私の中に流れるルナさんの血が騒いでいるんだよね。
レニャード王子の母上を許すな、ってさ。
「しかし、母上はとても厳しいお方だぞ……? 意見が合わんやつはすぐに僻地に飛ばす。お前が何か言おうものなら、すぐさま婚約を解消して、公爵ごと宮廷から追い出してしまうかもしれん」
レニャード様はおひげをしょぼんと垂らして、怯え気味の表情だった。
私は、あ、かわいいな……と一瞬思ったけれど、真剣に言ってくれているレニャード様に悪いと思ったので、茶化すのはやめておいた。
レニャード様のお姿がかわいい猫ちゃんだから、真剣な話をしていてもなんだか緊張感がなくなっちゃうんだよね。
レニャード様は愛らしい瞳を思い詰めたように私に向けて、言う。
「俺は……お前が婚約者じゃなくなったら……その、なんだ。困る。すごく困るぞ!」
「私を心配してくれているんですか?」
「あ、当たり前だろう! お前は、俺の……」
目をぱちくりさせる私に、レニャード王子が続けて言う。
「お前は……! 俺の……!」
レニャード王子は何か言いたそうにしていたけれど、結局何も言わずに口ごもってしまった。
何が言いたかったのだろうと思いつつ、とりあえず私は一個前の話題を拾ってみることにした。
「私も、レニャード様から引き離されたら泣いちゃいます」
「だったら、やめよう! 母上には、俺からしっかり文句を言っておく! お前が口を挟む必要はない!」
「それはいくらレニャード様のお願いでも聞けないんですよねー」
だってこれは、ルナさんの意思だもの。
絶対に言ってやる、って、闘志がみなぎってるのが分かる。
「ルナ……」
レニャード様が困っている。
でも、私は意見を変える気がなかった。
「大丈夫ですよ。処刑されるわけじゃありませんし。もしも婚約を解消させられたとしても、私はずっとレニャード様の味方ですから、今までと変わらずに遊びに来てくださったらいいんですよ」
そんなことを言っているうちに、馬車は王太后様の宮殿についた。
レニャード様をお連れしたことを門番に告げると、あたりは大騒ぎになった。
「レニャード様が見つかったぞ!」
「捜索隊に打ち切りの連絡を!」
あーあ。やっぱり騒ぎになってたんだね。
「無事にお戻りになってよかったです!」
レニャード様のお付きの人がそう声をかけてきたので、私は腕の中で丸くなっているレニャード様に呼びかけた。
「……ね? みんな心配してたでしょ?」
「ふん。心配してしまうのも仕方がない……俺はかわいいからな」
お。いつもの調子が出てきたね。
「でも、いつものお付きの人にはちゃんとごめんなさいしておかないとダメですよ。王子様を見失った件で、きっとすごくいろんな人から怒られたでしょうからね」
「……言われなくても分かっている」
私は馬車から降りて、雨でぬかるんでいる庭をさっさと通り抜けた。ぴかぴかに磨かれた大理石の床までいって、レニャード様を下ろしてあげる。
そして私は、レニャード王子のお付きの人に向き直った。
「レニャード殿下は王太后陛下への謁見をご所望です。お部屋まで案内していただけますか?」
「い……今からですか?」
「はい、今から」
私は絶対に訪問をするという意思を強調するため、貯金箱からありったけ集めてきた金貨の袋を見せた。
「陛下の侍女頭が好きそうなお菓子もお持ちしましたので、なんとかしていただけると嬉しいです」
侍女頭さえ攻略すれば、王太后様の私室に入れてもらうことも簡単だと、公爵令嬢歴が浅い私でも、ちゃんと知っていた。




