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【そんなに!?】猫をお風呂に入れた結果


 とりあえず手近にあったブランケットでわしゃわしゃと毛皮をふいてあげると、泥汚れが落ちて、レニャード様の表情も分かりやすくなった。


 頬や額に泥が残る姿で、ぐっしょり濡れていては、レニャード様の愛らしさも台無しだ。


 何気なく触れた尻尾が、氷のように冷たかったので、私の肝も冷えた。


「こんなに身体を冷やして……すぐにお湯を沸かしましょう」


 レニャード様はうつむいた。


「……レニャード様?」


 いつもは元気がありあまっているレニャード様だというのに、今日に限っては本当に元気がないみたい。


「どうかしましたか?」


 私の話も耳に入っていないのか、レニャード様は答えない。表情も、思い詰めているように見える。


「……母上は嘘つきだ!」


 やっとのことで絞り出した声は、とても震えていた。


 一度口火を切ったせいで止まらなくなったのか、レニャード様はためていたものを吐き出すように、とうとうとまくしたてる。


「母上は今日になって、快癒記念の式典に人間の替え玉を用意すると言い出した! なぜだ!? 俺が王子では格好がつかないからだ! ちっぽけで、罪深い、あわれな猫だから……みっともないから、俺を、隠しておくことにしたんだ!」


 レニャード様の大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれ出る。


 レニャード様が、直前にどれほどこのイベントのことで喜んでいたかを知るだけに、私の胸も痛くなった。


「母上は、俺をみっともないと思っているんだ!」

「それは違います!」


 私はつい勢いで反論してしまい、後悔した。


 何が違うというのか。レニャード様に、吐き出したいことを吐き出させてあげなければいけないのに。


「……レニャード様はみっともなくなんてありません!」


 ひとまず思っていることを私が言ってみても、レニャード様は納得しなかった。


「だったらどうして、俺を式典に出してくださらないのだ! 俺を、誇りには思ってくださらないのか……!? 化け猫の息子ならいない方がマシだと……!」


 彼は化け猫なんかじゃないと私は思ったけど、今度はぐっと飲みこんだ。つらいときは、言いたいことを好きなように言わせてあげるのも大事なことだ。


「替え玉として連れてこられた子どもは、猫になる前の俺よりも落ち着いていて、出来がよさそうだった! こっちが本物だとしても母上が満足してしまいそうなぐらいに! あいつがいたら、俺なんて、もう居ない方がマシじゃないか……!」


 レニャード様の吐き出す言葉が悲しすぎて、私は許可も取らずに彼を抱きしめた。


「やめろ、離せ! 俺は、俺は、同情なんかされたくない!」


 レニャード様がじたばたと暴れているけれど、私は絶対に離すものかと思っていた。


「……は! 小さな娘にも力で敵わない、非力な生き物だ! これでは母上が見捨てたくなったとしても仕方がない!」

「違います! 王太后様は絶対にそんなことお考えではありません! きっと、心配だったからです! 愛しているから心配なんです!」


 レニャード様は、小っちゃい。


 非力なルナさんの身体でも楽々持ち上げられるぐらいの重さしかない。


 悪いことを考える人たちの中には、こんなに非力な猫なら、力でどうにかしてしまえと思う人もいるかもしれない。


 そう思うと、私だって心配だよ。


「きっと王太后様は、愛し方を間違えてしまったんですよ。心配だから隠しておくのは、本当の愛じゃありません」


 私がそう言うと、レニャード様はそれっきり、何も言わなくなってしまった。


 外はすごい土砂降りで、雨と風の音が窓を揺らしている。レニャード様が入ってきた窓の外も、大荒れだった。


 いつもならレニャード様のお付きの人が側に控えているのに、どこにも見当たらない。


「……ひとりでお城を抜け出していらっしゃったんですか? きっと皆さん、心配して探してるでしょうね」

「……誰も探しになんて来ない。俺なんか、いなくなった方がいいんだ」

「じゃあ、うちの子になりましょう。王太后様がいらないって言うのなら、私がもらってあげます。毎日、猫じゃらしも、ブラッシングも、たくさんしてあげます。お風呂にだって入れてあげます」

「風呂は嫌いだから、いらない」

「だめです。お湯につかったら気持ちいいんですからね」


 そんなことを言ってる間に、お湯の準備ができたようで、桶にぬるま湯を張ったものが運ばれてきた。


「さあ、レニャード様」


 私はさりげなくレニャード様をしっかりと抱きしめ直した。レニャード様がもがいてもびくともしない。


「い、いやだあああ!」

「泥だらけのレニャード様、かわいくないですよ?」


 レニャード様が気にしそうなことを言ってみる。


 すると彼は簡単に顔色を変えた。


「そ、それはいかん! 俺はいつでもかわいくないといかんのだ!」

「お風呂に入って泥を落としたら、きっと毛並みもつやつやになって、前よりかわいくなりますね」

「わ、わ、分かった! 入ってやってもいいが、み、耳に水は入れるなよ!」


 ちょろい。


 私はいそいそと、レニャード様を桶の中に入れた。


***




 風呂桶のお湯からざばっと引き揚げると、レニャード様はぐったりしていた。


 毛はぐっしょりと濡れそぼり、「え!? そんなに!?」というほど細い体が見えている。


 濡れた猫ちゃんって、想像以上に細くなるからびっくりするよね。


 びっしゃびしゃのよぼよぼになったレニャード様が言う。


「死ぬかと思った」


 大げさですね。


「でも、とってもきれいになりましたよ! 乾いたらきっとふかふかの美人さんになってますね!」


 私のおだてに、レニャード様はちょっとだけしっぽを持ち上げた。分かりやすくてかわいいね。


「……おい! 毛を拭くのを手伝え!」


 ひとしきりタオルでこすってあげると、レニャード王子はいくぶんかふっくらした。


 オレンジ色の毛が乾いて厚みが出てくると、あ、猫だったんだな、とかろうじて分かる姿になった。


「あ! かわいくなってきましたね! これはかなりのべっぴんさんになっている予感がします!」

「ふん、当たり前だ! 俺はかわいいからな!」


 寒い季節じゃなかったけど、雨が降って少し冷えてきたので、暖炉に火を入れてもらった。


 火のそばで、レニャード様をタオルでこすりまくる。


 よしよし。よーしよしよし。


 暖炉の熱で温まり、すっかり乾いたレニャード様は、いつもの姿を取り戻していた。


「できました! つやつやのぴっかぴかでいつにもまして眩しいお姿ですね! とってもかわいいです!」


 抱き上げて、暖炉前の鏡の前にかざしてあげると、レニャード様は目をカッと見開いた。


 うにゃーんと、あざとかわいいポーズを決める。


「さすが俺だな! いつ見てもかわいい!」


 よかった。いつもの元気が出てきたみたい。


 私はにこにことレニャード様の決めポーズ七変化を見守った。


 ひとしきりポーズを決めて気分も絶好調になったレニャード様を、そっと手近なバスケットの中に詰める。


「さて。綺麗になったことですし、王太后様のところに行きましょうか」

「雨がやんでからでもよくないか?」


 レニャード様はあまりお城に帰りたくなさそうだった。お城から飛び出してきたから、まだ気まずいのかもね。


 彼が入った籠に、有無を言わせず蓋をする。


「私、ひと言王太后様に文句を言ってやらないと気が済みませんので」




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