【AV】猫ちゃんのほのぼのアニマルビデオ(健全)です
結婚して、お妃さまとしてお城に移り住んだ日の夜。
レニャード様が私の部屋に来たのは、八時くらいのことだった。
いそいそと侍女たちが引き上げていって、室内にふたりきりになる。
「レニャード様、見てください。なるべく触り心地がよさそうなパジャマにしてもらいました!」
私がやわらかいパイル地のもこもこワンピースの裾を広げてみせると、レニャード様は私の靴下につつまれた爪先を肉球でぱふぱふした。
「羊みたいだな」
「えへへ、絶対寝心地いいですよ。遠慮なくいらっしゃいませ」
ベッドに腰かけて膝をぽんぽん叩く。
レニャード様はちょっとだけおめめを三角にとがらせて、私を見た。
「……いいだろう。乗ってやる!」
レニャード様はなぜか決死の覚悟といった表情で、音も立てずに私の膝に飛び乗った。
ああん。お膝に四つのちっちゃい肉球の感触。
ちょっと重いところも愛しいね。
レニャード様は私のお膝をぷにぷにと踏んづけて動き回り、やがてドーナツのように丸くなって腰を落ち着けた。
「どうですか、羊の寝心地しますか」
「なかなかだな! 俺の毛並みには敵わないが、こないだ乗った羊よりははるかに寝心地がいい! やつら、見た目はふわもこなのに、触ると意外と脂ぎってるのだ! 俺のしなやかな毛並みがベタベタになった……」
自分の毛皮に肉球をネチョネチョ当てて、不快感を力説するレニャード様。
「羊に乗ったことあるんですか?」
「ああ、あのときお前はいなかったな。馬代わりの動物をフルツが探してきてくれたのだ。羊はおとなしいから、猫の姿でも御しやすい。乗馬は無理だが、乗羊はどうかといってな!」
やだ……めちゃめちゃ見てみたかった。
羊に金ぴかの鞍と手綱をつけて、きりっとしたお顔でまたがっている猫ちゃん。絶対かわいいよそんなの。
私が羊に乗るレニャード様の妄想で和んでいたら、レニャード様はふと真面目な顔になった。
「……考えてみれば、お前と離れていたのは、これが初めてだったな。婚約して以来、三日にあげず会っていたというのに……」
物思いに沈むように、顎の下にしいた前のおててを腕枕にして寝そべるレニャード様。
「お前がいつも一緒にいてくれるから、気づかなかったぞ。せっかく珍しい虫を取っても、お前に見せなきゃ取った気がしないんだ。俺は、虫を捕まえるのは楽しいと、ずっと思っていた。でも、そうじゃなかった。本当は、お前の反応が楽しみだったんだ……」
レニャード様がとてもかわいいことをおっしゃる。
どうしよう。
実は私、虫は見せてもらっても全然うれしくないとは言えない雰囲気だよね。
レニャード様ってなんであんなにカブトムシ好きなんだろう。殻が緑とか、ツノが大きいとか、いろいろ一生懸命教えてくれるんだけど、私にはちっともよさが分からないよ。
「あー……そうですね。私も、虫というよりは、レニャード様が一生懸命取ってきた事実が尊いと思ってますね……ですから私たち、両想いですね。私はレニャード様の嬉しそうな顔が好き、レニャード様は私の反応が好き」
適当に言いくるめただけなのに、素直なレニャード様はうれしそうにキラキラのおめめで私を見上げた。
ああもう、ほんっとうにかわいいですね。
いつもは触りすぎると怒られるからしないけど、今日くらいはいいよね? だって、結婚した日の夜だもの。実質初夜と言っても過言ではない。初夜ですよね、なんて言ってからかったらレニャード様はきっと怒っちゃうだろうから、言わないでおくけどね。
私は、のけぞって私を見上げるレニャード様のおでこにそっとキスをした。
レニャード様はみーと小さく鳴いた。
「何をする」
「えへへ……ダメでした?」
「いや……構わないが。そっちがそういうつもりなら、俺にも考えがある」
レニャード様はぐーっと伸びあがって、私のほっぺに濡れたお鼻の先をちょんとくっつけた。
「お返しだ」
私は胸がきゅーんてしましたね。なんてかわいいお返しなんでしょうか。
それからレニャード様は、こてーんとおなかを天に向けて、寝そべった。
「お返しのお返しは……どこでも好きなところにしていい」
やだ……無理。なんでそんなに可愛いことを思いつくの? 無理。私これ以上いちゃいちゃしたら死んじゃう。
「あ……あの、じゃあ、私、レニャード様の、ふさふさのおなかにちゅーがしてみたいです」
「いいだろう、構わん! さあ来い!」
熱血した返事をもらってしまい、私は遠慮なくレニャード様のおなかの毛に顔をうずめた。
ああん。ふわふわ。柔軟剤だばだば入れたときの毛布みたいな感触。ふわふわで、しっとりなめらか低反発。
「ああっ……レニャード様、なんて素敵な手触り……こんなの抗えないじゃないですか……やだ。一生触ってたい。大好き」
私が頬ずりしまくっていたら、さすがにレニャード様も恥ずかしそうにおててで私の頭をぺちぺちしてきた。
「お……おい。もういいだろ」
「えぇー? どうしよっかな」
ああ、レニャード様は胸毛もつるつるふかふかだよね。つるふか猫ちゃん。かわいいね。にゃんこの先生みたい。ミケのぶさいくなやつ。
私が胸毛に顔をうずめてすーはーすーはーしていたら、レニャード様はうにゃーん! と鳴いて、私のおでこをぐいぐい押した。両手をつっぱってぐいぐい、ぐいぐい。
「やめろ! あんまり調子に乗るな!」
えへへ……久しぶりにたくさん猫を吸いました。とても満足です。レニャード様にぺちぺちされながら毛皮をモフモフするのはいいね。もうね、猫パンチを食らうたびににこにこしちゃう。もっとしてって言いそうになる。
「……くそう。お前がそういうことをするなら、俺だってお返ししてやるんだからな!」
レニャード様はがばりと起き上がると、その場で足踏みをしました。
両方のおててで私の太ももをふみふみ、ふみふみ。
「あっ、ああっ、レニャード様、いけません……」
「ふはははは、いくらお前といえども、太ももをふみふみされるのは恥ずかしかろう! だがお前が悪い! 今夜はおとなしく俺のされるがままになるがいい!」
いえ、全然恥ずかしくないですけど。
でもね、レニャード様の肉球って低反発だからね。もう私すっごくゾクゾクしてしまいました。レニャード様はどこもかしこもかわいいけど、もはや体重すらかわいいなんて反則ですよ。このちっちゃなおててにかかる四分割の体重の重み、しっかり受け止めていきたい。
「う……」
レニャード様が、私の太ももを揉む手をとめて、苦しそうな声を出しました。
「どうしました?」
「い、いや……ちょっと……」
レニャード様はがっくりとうなだれた。
「どうしてこの今日という日に、俺は人間に戻れないんだ……!」
あらあら。
レニャード様も男の子ですね。
「戻りたい気持ちなら、過去最高に高まっているというのに……! うおおおお!」
レニャード様が高速で私の太ももをぷにぷにし始めた。
まあ、私にはなんとなく読めてたオチでしたよ、レニャード様。
レニャード様んとこの精霊さんって、レニャード様のピンチの度合いで手を貸すか決めてくれるみたいですからね。
レニャード様はとっても優しくて繊細なので、昨日の今日でいきなりエッチなことをしろって言われてもできないのですよ。
そしたら精霊さんだって空気を読んで、人間になんか戻しませんよねー。
もうかわいいったらありません。
「やだなー、今日は猫のレニャード様とご一緒する約束ですよ? それはまたの機会に、ね?」
「し、仕方ないな……俺としても、無理強いするつもりはないからな……」
そうそう、そういうことにしておきましょ。
「ねえ、レニャード様。私たち、夫婦になったんですよね?」
「あ……ああ」
「夫婦って、死ぬまで一緒ですよね?」
「そうだ。俺は、死ぬまでずっとお前を離さない。いや……死んでも、離すものか」
レニャード様ったらイケボ。大人の猫ちゃんになったから流し目もばっちり決まりますね。ちょっとドキッとしました。
「じゃあ、夫婦は秘密も共有しあうべきだと思いません?」
「そう……かもしれないな」
「私、実は、知りたいことがあって……」
私はレニャード様のおなかに手を置いた。
「……レニャード様のおへそって、どこにあるんです?」
レニャード様は、さっとおなかに両手を当てた。
「あ、その辺なんですか?」
「しまった……い、いや、違うぞ!? 俺が隠したのはへそじゃない!」
「わざとらしい……」
「なんなんだ、なんでそんなにヘソが見たい!? 別に見ても面白くないぞ!? そ、それに、最近、ちゃんと舐めてなかったから、汚れてるかもしれん……」
ごにょごにょと言い訳をするレニャード様。
もうたまらなくかわいいですね。恥ずかしそうなレニャード様がちょっとお耳を伏せてるのとか最高オブ最高。
「じゃー私がおそうじしてあげます! そのかわいいおててをどけてください!」
今晩は無礼講ですよ! だって初夜だもんね!
私が若干はしゃぎ気味にレニャード様のおててを押さえておなかのところを探る。
探る。
探る。
……あれ? 見つからないなぁ。
「ええっと……穴はどこらへんですか?」
「このあたりにないか?」
「ええと……これですか?」
「い、いや、それは……」
「じゃあこっちかな?」
「ち、ちが……お、お前……」
あちこちまさぐったけど、よく分かりませんでした。
おかしいなあ。猫ちゃんのおへそってちっちゃいのかな。
「……よくもやってくれたな?」
レニャード様がむくりと起き上がる。
あれ? かわいいおめめが三角にとがってて、なんだか怖いよ。
「もしかして、変なところ触っちゃいました?」
「……」
レニャード様はなぜか気まずそうに黙ってから、きっと私を見上げた。
「これはたっぷりお返しをしないといけないなあ?」
レニャード様はそう言うなり、ぴょんと私の肩に飛び乗った。
何だろうと思っていたら、レニャード様、いきなり服の背中をがばっと開いて、その中に顔を突っ込んだではないですか。
背筋をつつうーっとラブリー猫ハンドで撫でるレニャード様、すっとんきょうな声を上げる私。
く、くすぐったい! やめてー!
レニャード様はもぞもぞと、私の服の背中にすっぽり入り込んだ。
さわわ。
私の背中にこすれるふわふわの猫毛。絶妙にくすぐったくなるようなタッチであちこち触られて、私は大声で笑ってしまった。
「あはははは、あは、あははは、やめて、やめてえー!」
足をバタバタさせて身をよじったけれど、レニャード様はなかなかやめてくれなかった。
***
小鳥の鳴き声がする。
眩しい光を感じて、私はうっすらと目を覚ました。
あっ、しまった。
昨日、私、あのまま笑い疲れて寝ちゃったんだ!
飛び起き――ようとして、できなかった。胸の上にずっしりとした重りが乗っているんですよ。
そう、オレンジ色の世界一かわいい重みです。
レニャード様は、私の胸の上ですうすうと熟睡中でした。
ああああ。なんてかわいいんでしょうか。
朝から最高の目覚めをいただいてしまいました。
これから毎日こうなんだよね?
何それ、最高すぎる。
……ちょっと重たいけど!
――こうして、私たちの初夜は、平和に終わったのでした。




