【作戦会議】決戦前夜のナイショ話
「よくここが分かりましたね」
「毎晩歌声が聞こえるってうわさをたどってきました!」
名探偵リアさん!
まあ、そうだよね。
毎晩女の歌声が聞こえてくる不気味な塔があったら、近隣でうわさになると思うんだよね。
とくに、こういう田舎町ではさ。
それで、イリアスさんが毎日顔を出すってことは、王城からそれほど離れてない。おそらく馬車で通える範囲。
そこに毎日見慣れない少年が出入りしてたりしたらさ、そりゃ村の人たちも何事だろうって思っちゃうよ。
イリアスさんの能力はひとりふたりの記憶を消すのには向いているけど、同時期に歌を聞いていた何人もの人から記憶を奪うのには向いてない。
リアさんは、とっても誇らしげに、私に擦り切れたリボンを見せてくれた。
「ルナさん、ルナさんがくれた迷子札、ちゃんと役に立ちました!」
リアさんが持っている赤いリボンは、確かに私が趣味で巻いてあげたものだった。
――レニャード様とリアさんの熱愛発覚報道があった、あの朝。
私はマグヌス様へ手紙を出すのと同時に、リアさんにも迷子札をつけてあげることにしたのだった。
「リアさん。これから先、もしも道に迷ってしまったときのために、迷子札をつけておきますね」
「え……そんな、私、迷子とか……」
リアさんは明らかに『猫扱いしないで』という顔をしていた。
まあ、人間としてはちょっと屈辱かもね。
「リアさんは賢いですけど、迷子になった先で、しゃべる猫ちゃんだと知られたら、誘拐されてサーカスに売られたりしちゃうかもしれないでしょう?」
「た……確かに……」
「リアさんが一言もしゃべらなくても、迷子札を見た善意の人がうちまで届けてくれるように、ちゃんと私の名前と住所を書いておきますね」
私の適当な言いくるめに、リアさんは結局うなずいてくれました。
「それと――」
そして私は、『万が一私自身に何かあって、リアさんがとても困ったときのために、第二連絡先を書いておく』と言ったのでした。
「リアさんがこの先、本当~にピンチで、今すぐ逃げ出したいくらい困っているのに、私の助けが期待できそうにないときは、この第二連絡先の人を頼ってください。この人なら、絶対に助けてくれるはずです」
リアさんは、私が二枚重ねのリボンの下に隠して刺繍した名前と住所を見て、不思議そうな顔をした。
「北ディスギルの修道院長……? 誰なんですか?」
「それは会ってみてのお楽しみです」
リアさんは、キラキラした目でちっちゃなおててを広げた。
「まさか、修道院長がレニャード様のお兄さんだったなんて!」
「シスル様、かっこよかったでしょ?」
「おまけにすっごく頼りになりました! 私から話を聞いて、あっという間に犯人や手口を推理してくれて!」
シスル様、すごく優しそうに見えて、ちゃっかり自分のルートでレニャード様のこと処刑してますからね。頭もいいし、抜かりなさはイリアスさん以上ですよ。
「大変だったのはルナさんの居場所を突き止めることだったんですけど、マグヌス様のご協力で、私が出歩けるようになってからはだいぶはかどりました!」
リアさんは勢い余って、私の腕に抱き着いた。
「私、ずっとルナさんの歌声聞こえてました! 遅くなっちゃったけど、絶対助けにいくんだって、思ってましたからね!」
ごろごろごーろ。
喉を鳴らして懐くリアさん。ちょっと見ない間に、だいぶ猫っぽい動きをするようになりましたね。かわいすぎて恋に落ちてしまいそうです。
「お城に帰ったら、一緒にレニャード王子を一発ぶん殴ってやりましょう!」
リアさんがいきいきとした顏で言う。
「王子ったらルナさんがいなくなってからすっかりしょぼくれちゃって、何でも王太后の言いなりなんですよ!? ほんと馬鹿みたい! ルナさんがレニャード王子を嫌ったりするわけないのに!」
しょんぼりと耳としっぽを落として床を見つめているレニャード様を想像して、私はちょっと胸が痛くなった。
傷つけてしまったのは、私だ。
「私はあんな腑抜けのレニャード王子と結婚するなんて絶対御免ですからね!」
リアさんは、非日常の冒険でちょっと興奮しているのか、熱気のこもった口調で言う。
「自分の行きたい道を――運命を切り開くのは、いつだって自分の力なんですよ! 人任せにしていいわけがないんだって、レニャード様を一発ひっぱたいて、教えてやりましょう!」
――ああ。
リアさんは、やっぱり主人公なんだ。
自分の力で未来をつかみ取り、沢山の人を……国を救う伝説の聖女。
彼女の輝かしい花道は、たとえ王子様にだって阻めはしないのだ。
主人公は、決して夢を諦めない。
ただの脇役の私にできることは知れていた。イリアスさんと知恵比べをして勝てるわけがないことも分かっていた。
でも、リアさんは、絶対にレニャード様とおとなしく結婚するような子じゃないって、私信じてたよ。
「フルツさんも、来てくださってありがとうございます」
馬車の後部座席から身を乗り出して、馭者台のフルツさんに声をかけると、彼は無言で少しだけ手を振ってくれた。
座席に戻って、リアさんにかねてからの疑問をぶつける。
「ところで、このまま直接王城のレニャード様を襲撃する予定ですか?」
「え? ええ……もう明日が結婚式ですから、一刻も早くレニャード王子の目を覚まさせないと……」
「イリアスさんの能力から言って、ちょっと危ない気がします」
彼は少数の人間に対して非常に強い力を発揮する。
最悪の場合は全員の記憶を順番に消していくことで、結婚式を続行可能だ。
「私に考えがあるんです」
私はリアさんに自分の考えを説明した。
「……そうですね。じゃあ、シスル様やマグヌス様にも連絡しないと」
「決戦は明日です。成功させましょう」
リアさんとうなずきあって、私たちは今後のために、少し仮眠を取ることにした。




