【強制イベ】運営さんにスキップできない仕様なの物申したい動画
私はイリアスさんの命令を受けて、聖女宮に戻った。
私が戻ってきたとき、レニャード様はリアさんと仲良く食事中だった。
お肉のフレークを分け合って食べるオレンジと白の猫ちゃんペア。あまりにもかわいい。
「レニャード様」
レニャード様は伸びあがって、私の袖にすりんと頬をこすりつけた。
「ルナ。お前、外まで行ってたのか?」
匂いで分かるのが猫ちゃんなんですよね。さすがです。
なでなでしたかったけれど、私は不愛想に突っ立ったままだった。
「今までずっと黙っていたんですけど、私、好きな人がいるんです」
私の発言に、レニャード様はちょっと照れたように目を伏せた。
「な……なにいってんだ。お前が俺を好きなことくらい、とっくに知ってる」
こんなところでよせやい、と言わんばかりにおててをちょいちょいされて、私はあーっとなった。レニャード様一挙手一投足がかわいすぎ。
それでも私は、無表情でレニャード様のことを冷たく見ることになった。
「違うんです。私、イリアスさんのことが好き」
レニャード様は、目をまん丸にして、もきゅっとしたかわいいお口をぱかーんと開いた。
青天の霹靂。鳩が豆鉄砲。いや、猫だから、猫が冷や水をぶっかけられる? そんな感じ。
私だって、そんなこと思ってない。
こんなこと言いたくない。
レニャード様、どうか気づいて。私の瞳が金色になっているでしょう?
こんなの、私の本心じゃない。
「私、もう、馬鹿な猫の世話をさせられるのはうんざりなんです」
なんて冷たい言葉なんだろう。
私がこんなこと言うわけないのに、レニャード様は驚きのあまり硬直してしまっているようだった。
「だいたい、レニャード様は私の言うこと全然聞かないですよね。身体に悪いからだめって言ってるのに小魚ばっかり食べて。寝るときも夜じゃないとだめって言ってるのに、お昼の授業中に寝てばかり」
それは猫ちゃんなんだからしょうがないじゃない。
って私は言いたかったけど、イリアスさんは非道だった。
「どうして人間の私が猫と結婚しなきゃいけないんですか? そんなのみじめすぎます。私はちゃんとした男の人と結婚して、人間の赤ちゃんを授かりたいんです。自分の子の全身に毛が生えていたらと思うとゾッとする」
ひどい。
獣人だってかわいいじゃない。
ネコミミの子とか生まれたら超かわいい。
とにかく私はそんなこと言わない。
「政略結婚ですから仕方ないと思って我慢してましたけど、最近はリアさんにもデレデレしてて、ほとほと愛想が尽き果てました。お似合いじゃないですか。どうかおふたりでいつまでもお幸せに」
「待ってくれ!」
きびすを返した私に、レニャード様がすがりつく。はっしと私の腕をつかむ猫ちゃんのおてて。かわいすぎて、私は泣きたくなった。
レニャード様のかわいいアタックを受けて泣きたくなったのは、これが初めてのことだった。
「もう限界です。さようなら」
冷たく言い捨てる私に、今度はリアさんが飛びついてくる。
「ルナさん、待って! レニャード様と、慣れ慣れしくしすぎたのはごめんなさい。でも、私はふたりの邪魔をする気なんてこれっぽっちもありません!」
「いいですよ、言い訳なんて。その馬鹿ネコはリアさんに差し上げます」
リアさんは困ったように、後ろ足で立ち上がって、両手を大きく広げた。
「もう、そんなに怒らないでくださいよ! レニャード王子だって、ルナさんがほんとに嫌がってるって知ってたら、もっと早く態度を改めてたと思いますよ?」
「そうだぞ、なんでもっと早く言わない!? お前がどうしてもって言うなら、もう小魚はいらな……いらな……」
レニャード様がぐぬぬしている。
「……つ、月に一回くらいなら……?」
「さようなら!」
私がかぶせると、レニャード様は大慌てになった。
「分かった、お前が嫌なら俺はもう小魚を食べない! 授業中だって昼寝は我慢する! だから機嫌を直せ、な? な? な?」
レニャード様が必死でうにゃうにゃと頭のてっぺんをすりつけてくる。その必死さは、かわいいのを通り越して、かわいそうになるくらいだった。
私は涙が出てきた。
違う。本当は、こんなこと言いたくないのに。
今すぐごめんなさいして、レニャード様を抱きしめてあげたかった。
「お前……泣いて……」
レニャード様がおろおろしている。
どうしたらいいのか分からないとでもいうように、私の手をぺろぺろとなめてくれた。レニャード様らしいやさしさと思いやりのあふれた動作に、私はまた涙が出た。
「お前、ずっと我慢してたのか……?」
「婚約は破棄してください」
にべもない私の言葉。
「後日、私の家から破棄の通知をします。了承してくださいね」
言いながら、私自身がびっくりした。そんなことできるの?
イリアスさんが言わせているにしても、すごい能力だよね。ここまで完璧に人を操れるのなら、そりゃひとりでだって革命できるよ。
レニャード様は、ついにぺろぺろするのもやめて、すっと座った。
「……本気なんだな」
レニャード様はかみしめるように言って、耳をしおしおと伏せた。
「馬鹿だな……お前が、辛いことがあっても何でもないふりをしてごまかすのがうまいって、俺が一番よく知ってたのに……全然気づいてやれなかった……」
誤魔化してなんかない、私はレニャード様の婚約者でいられるのが楽しかったし幸せだった。
心の中でそう思ってるのに、私の言葉は少しも話せない。
「……すまなかった。そんなにお前の負担になっていたのなら……」
やめて。
こんなの本心じゃない。
レニャード様は、絞り出すようにして、言う。
「……もう、婚約は解消しよう」
***
イリアスさんの術が解けたとき、私は聖女宮を『自主的に』早退して、ひとけのない裏庭に勝手に移動していた。
イリアスさんが野良猫に餌をあげるスポットだ。
イリアスさんの出迎えを受けて、私はようやく身体が操られている感じがなくなった。
「なんてことするんですか!? 鬼! 悪魔! 人でなし! 猫の敵! 三味線! 前世がネズミ!」
私が思いつく限りの悪口をぶつけても、イリアスさんはせせら笑うだけだった。
いろいろ言ってやりたいことはあるけど、今はそんなことしてる場合じゃない。
つかまれている手を振り払う。
「放してください。イリアスさんにされたこと、全部レニャード様にバラしにいきます!」
「おっと。それは困ったなぁ。じゃあ……」
イリアスさんが私の目を覗き込む。体が一瞬硬直して、お化けのようなものに『入り込まれた』感じがした。
「命令です。僕の隠れ家までついてきて。ふたりの結婚式が終わるまで、閉じ込めておくから」
「そんな……!」
「大丈夫だよ、ご両親には僕の力でうまくやっておくから。失踪が騒がれることもないよ」
私はまたイリアスさんのあとを無理やり歩かされながら、力の強さ、万能さに打ち震えていた。
……こんなに何度も連続して使えるの? 人間になるのも一苦労のレニャード様とは大違い。
勝てるわけがない、と思いつつ、ふとあることが引っかかった。
「……殺してしまわないんですか?」




