【詰んだ】選択肢を間違えた結果……バッドエンド一直線でした
ここの新聞がここまで書いてしまったら、事情を知らない大多数の人は、『伝説の聖女とレニャード様が猫の姿で出会ったのは運命』って流言も真実味を帯びて聞こえてくることでしょう。
その先に待っているのは婚約破棄と、レニャード様とリアさんの結婚。
「とりあえずどういうことなのか聞き込み調査はするとしても……」
これはもしかしたら、のんびりはしていられないかも。
原作乙女ゲーだと、リアさんに『聖女の徴』が出て、レナード王子とリアさんの強制結婚イベントになったら、そのあとは必ずレナード王子の処刑ルートに入ってしまう。当然、私も処刑だよ。
イリアスさん、もしかしてそれを狙ってるのかな?
レニャード王子を処刑して、自分こそが『金の目』だって名乗り出て、リアさんとゴールインするのが目的?
でも、とてもそうとは思えないんだよね。原作のレナード王子はともかく、レニャード様はイリアスさんが憎むような相手じゃないはず。
それに、イリアスさんが密かにリアさんに恋をしていたとして、その相手を猫にするもんかな? イリアスさんが猫ちゃんを監禁するならまだしも、リアさんは少なくとも半日くらい聖女宮の敷地内をうろうろしていたわけで。
イリアスさんはどうしてこんなことをしたんだろう?
一刻も早くことの真偽を確かめたいところだけど、実は、そうもいかない事情もあってね。
イリアスさんの能力は相手を『金の目』にして、思い通りに操る能力ということは分かっているけれど、詳細までは分かってないんだ。そんな状態でやみくもに動いても、藪から蛇を出してしまうかもしれない。
でも、もしも今すでにイリアスルートに入ってしまっているのなら、静観してないで早めに手を打った方がいいのかも。気がついたらレニャード様の処刑が決定していた、なんてことになったら、悔やんでも悔やみきれないよ。
私は急いで手紙をしたためた。
エミリーに託そうと思ったけど、ふと考え直す。
イリアスさんのルートって、かなり大規模な貴族の粛清があったんだよね。たったひとりであのクラスの革命と粛清を起こせるってことは、イリアスさんの能力は相当に強力と考えたほうがいい。
じゃあ、エミリーに手紙を託して、エミリーから小間使いの少年に託して、郵便局に手紙を渡して……と、人づてにする人数が増えれば増えるほど、その中間のどこかで手紙を奪われてしまう可能性が上がる。
さて、どうしようかな?
***
馬車で聖女宮に移動する間に、私が今日エミリーから渡された新聞のことをふたりに話した。
レニャード様とリアさんは本気で驚いていた。
「お、俺はリアとなんか結婚せんぞ!?」
「落ち着いてください。ただの飛ばし記事です」
「とばし……?」
「あー……要するに、裏を取らずに適当にでっちあげて書かれた記事です」
「どうしてそんなひどいことを……」
リアさんが本気でうろたえている。
「大手の新聞がそんな大嘘を平気で並べるなんて……」
「よくあることですから、うろたえてはいけません。本に載ってるから、新聞に書いてあるから、だから本当とは限らないです」
「でも、新聞に書いてあったら、みんな本当のことだと思ってしまうんじゃ……」
リアさん、鋭い。
「そうなんですよねえ……」
私も頭が痛いよ。
「この記事の何がまずいって、猫同士でお似合いって書いてあることなんですよね……レニャード様のファンほど今回の記事には反応すると思います。だって、レニャード様とリアさんの子どもだったら、絶対かわいいですもん……」
「子どもって……!」
「なんてこと言うんだお前!」
ふたりは色めき立った。
でも、私の意見は変わらない。
「お話をする賢い子猫ちゃんが王城に増殖したら、絶対みんなほのぼのしちゃうと思うんですよ……うっ、想像しただけでもうかわいい……」
「むちゃくちゃだ!」
「私の意思は一体どこに……?」
口々に怒るレニャード様とリアさん。
リアさんはしまいに涙ぐみ始めた。
「私、どうなっちゃうんだろう……このまま元に戻れなかったら……」
レニャード様はぱしっと、リアさんのちっちゃなおててにご自分の愛らしいおててを重ねた。
ああああ、おててとおててをつなぐ猫ちゃんかわいい。
「大丈夫だ、絶対に元に戻してやる! 戻れなかったとしても、俺はお前を見捨てたりしない! お前は立派な聖女になるんだろう? 絶対になれるようにしてやるから、泣くな!」
リアさんは、ぱっちりとした愛らしいおめめをさらに見開いて、レニャード様を見つめた。
ああああ、見つめ合う猫ちゃんたちかわいい。
シリアスな場面なのに、私は悶えてしまってもうそれどころではなかった。
***
私は、その日のお昼休みに、トイレに行くふりをして、レニャード様とリアさんとはぐれ、こっそりと聖女宮の塀を乗り越えた。
反対側に広がっている王城の敷地内に着地し、まっすぐ走る。
急がないと、お昼休み終わっちゃう。
私は王城の正門前にあるポストまで一気にダッシュした。
手紙を投函しようと、懐から取り出した、そのとき――
「こんにちは、ルナ様。こんなところで会うなんて奇遇だね」
後ろから聞き覚えのある声がして、私は背筋がゾッとした。
「イリアスさん……」
ふいに現れた少年の名前を呼ぶ。彼と私が出会ったのはもちろん偶然なんかじゃなくて、おそらくイリアスさんに後をつけられて、捕まってしまった。
「お手紙を出そうとしてたの?」
私は無視して、手紙をポストに入れようとした。
「――『止まって』」
イリアスさんの声がしたとたん、私はぴたっと身動きができなくなった。指一本動かせない。
これ……『金の目』の力……?
すごい。全然身体が言うことを聞かない。完全にイリアスさんに支配されている。
「そのお手紙は、誰に出そうとしていたの? 教えて」
私は、答えたくもないのに、勝手に口が動いてしまう。
「……王城の……マグヌス様に……」
「あの有名な魔術師だね」
イリアスさんがにっこりと笑う。
「……その手紙は、こっちに渡して」
だめ、絶対だめ。渡したりしたら、おしまいだよ。
必死に抗ったけれど、私は、言われたとおりに、イリアスさんに手紙を渡した。
彼はざっと内容に目を通して、浮かべていた笑みを消した。
「へえ。どうやって僕が『金の目』持ちだと突き止めたの?」
「そ、れは……」
「正直に答えて」
私は内心焦りまくっていた。
うそだ。『金の目』で人を操れるのは知ってたけど、自白強要も思いのままなの?
『知ってることを全部話せ』と命令されたら、すごくまずいことになる。
「……冥界の水を服用して、人には通常知り得ない、未来の情報を得ました……あなたのことは、未来の情報をたどって、詳しく知っています……」
うわあ、本当に全部喋っちゃってる。
どうしよう、止められない。
イリアスさんは、驚いたように目を見開いた。
「……ルナ様が僕を助けてくれたのは、僕たち親子を憐れんでくれたからじゃなかったの? 正直に、何が目的だったのか教えて」
「……あなたが将来、レニャード様を処刑して、玉座を乗っ取る未来が見えました……阻止するために、援助を……」
「そっか……」
そうつぶやいた彼は、ひどく寂しそうだった。
「僕、ルナ様のことは、好きになれそうだったんだけどな」
イリアスさんはぎこちなく微笑んだけれど、もう、目は笑っていなかった。
私は彼の目を見てもう悟りましたね。
詰んだ……!
いやー、これはゲームオーバーでしょ。もしも私がイリアスさんの立場なら、自分を騙していた相手に愛想が尽き果てて、こいつは用済み、むしろ邪魔だなって感じてるところだろうね。そしたらその次に来るのは、邪魔者の処分だよ。
「……ルナ様。これから僕の言うとおりに実行して」
本当に死んだかもしれない。
私はドキドキしながら、彼の沙汰を待った。