【選択肢】重要なルート分岐回なのでしっかりめに解説しちゃいます!
イリアスさんは目にもとまらぬ速さで動く猫ちゃんに合わせて、かなり走っていたけれど、そのうちにばててしまった。
「兄さん、僕もちょっと休憩していい?」
「仕方がないな、十分待ってやる!」
「ええー、もうちょっと休ませてよ……あ、あそこにモグラ」
レニャード様は目をきらーんとさせた。
キツネのように前足をそろえて、まっすぐに穴掘りジャンプ。猫って、けっこう穴掘り好きだよね。
レニャード様とモグラの攻防を眺めていると、イリアスさんが隣に座った。
「そうだ、ルナ様。これについて聞きたいんだけど」
彼が取り出したのは、小さなメッセージカードだった。
『ケーキありがとうございました ルナ・ヴァルナツキー』と書いてある。
「これは、僕がお嬢様の薪を運んでいるときに、偶然廊下で出会ったリア様が持っていたものだけど、ルナ様からのもので間違いない?」
「そうですけど……」
これって、私がリアさんに薪の差し入れをしたときに添えたやつかな。
イリアスさんは、ごそごそともうひとつ、紙のようなものを取り出した。
「あの、これ。リア様から聞いてると思うけど、資金援助してくれてた人からの手紙。すごくきれいなシンクレア語で書いてあるよね。ところどころの言葉遣いが、上流階級の女性に似てるから、たぶん書き手は教養のある女性じゃないかって、リア様も言ってたんだけど……」
名探偵リアさん!
すごいなあ、私そんな語彙の違いとか全然分からないよ。思いつくまま適当に書いて送ってた。もうちょっと偽装すればよかったね。
「この手紙、ルナ様の字にそっくりだよね?」
イリアスさんに真正面から聞かれてしまった。
「え、そうかなあ?」
「この文字の書き方がクセあってかわいいなって僕思うんだ」
あー、これは言い逃れできないかも。
こうなったら、もうトボけていられないよね。
「はい。私が出した手紙ですね、それは」
「やっぱり! じゃあ、ルナ様だったんだね! いつもお金を送ってくれてたのは!」
イリアスさんはきらきらした目で私を見ている。
もうすっかり、乙女ゲーのパッケージに描かれていた暗く寂しそうな印象なんてない。全然別人みたいだよ。
「お母さんは元気ですか?」
「うん。今は別の人のところで、元気に乳母をやってるよ」
「それはよかったです」
イリアスさんは私に向かって身を乗り出した。
「あの、僕、ずっと聞いてみたかったんだ。どうして僕の家に援助をしてくれていたの?」
「それはまあ、私もレニャード様の婚約者になるからには、おと……」
しまった。まだ弟ってことは知らないことになってたんだった。
「……お父様の、仰る通りに、お世話になった方々へのお礼を忘れないようにしないといけないと思いまして。デラスさんには私も遊んでもらった記憶がありますし」
ほんとはそんな記憶全然ないけど、そういうことにしとこうね。
「そうだったんだ……母さんと、ルナ様が……」
イリアスさんが私に向ける視線は、憧れのヒーローにでも出会ったかのよう。すっごくワクワクしてる。
「……あの援助の資金とお手紙をいただいたときは、正直に言って、すごくびっくりしたんだ。だって、僕たちは、シンクレアの王族から捨てられたんだと思ってたから……」
「ソ、ソンナコトナイデスヨー」
やはり追放されたことが心の傷になっていたのですね。
まあ、恨みに恨んで原作レナード王子を筆頭に何人も処刑するわけですし、当然ですよね。
「王家の人たちは僕たちに何もしてくれなかったけど……ルナ様は僕たちを見捨てないでいてくれたんだ」
イリアスさんの発言がなんとなく不穏。
「レ、レニャード様だって、けっして見捨てたわけじゃないと思いますよ……」
「分かってるよ。『為すところを知らざればなり』……兄さんは、何にも知らなかっただけだよ」
「そうです! レニャード様だって、イリアスさんの現状を知ってたら絶対放っておかなかったと思います!」
だから、処刑とかはやめてねー。
レニャード様、悪い猫じゃないんだよー。
うわさをされているレニャード様が、遠くでブシュンとくしゃみをした。
お鼻をおててでくしくしとこするレニャード様を見て、イリアスさんがふふっと目を細める。
「……兄さんは、かわいいな」
「そ、そうでしょう、そうでしょう! レニャード様はかわいくてかっこよくて賢くてやさしい、素敵な猫ちゃんなんです! 毛並みもつやつやで抱っこするとあったかい! あと、お耳がやわらかくて……お鼻がピンクで……それからそれから……」
イリアスさんは私の方を見て、にこりとした。
「ルナ様は、兄さんが大好きなんだね」
「ええもう、ほんとに! すっごく! 頭のてっぺんの毛から爪先まで大好きです!」
「猫の婚約者なんて、嫌じゃなかった?」
「いーえ! 全然! ルナは世界一の幸せ者です!」
イリアスさんはにこにこしながら私のセールストークを聞いてくれた。
だから処刑しないでねー、っていう私の切実な願いが伝わったかどうかは分からないけど、やれるだけのことはやったはず。
イリアスさんはにこにこしながら言う。
「じゃあ、もしもの話だけど、ルナ様も猫になれるとしたら、なりたい?」
「え?」
私が猫に?
まったく思いもよらないような質問だったので、私はすっかり絶句してしまった。
「ルナ様も猫になっちゃえば、兄さんとお似合いで、とってもかわいいと思わない?」
え……えぇ……?
いきなり何を言い出すの、この子?
私はしばらく馬鹿みたいにイリアスさんの顔を観察してしまった。にこにこと屈託のない笑顔は、全然レニャード様に似ていない。レニャード様が俺様系の美青年なら、イリアスさんはふわふわっとした優しげな雰囲気のエキゾチック系美少年っていう感じ。
「どう? 猫になってみない?」
「い、いえ……私は、レニャード様のお世話係ですし……だいたいですね、私が猫になったら、誰がレニャード様の面倒をみるんですか?」
「僕がまとめて面倒みるよ? ふたりともかわいがってあげる!」
「い、いやあ……」
なんとなくなんだけど、イリアスさん、本気で質問してない? うんって言ったら、本当に猫にされちゃいそうだと思うのは、さすがに考えすぎかな?
私は嫌な予感に逆らわず、力いっぱい首を振っておいた。
「私はレニャード様のお世話をするのが至上の喜びなので……」
「そっか、そうなんだ。残念」
イリアスさんはすっと立ち上がった。
話はもうこれでおしまいみたいだった。
イリアスさんがレニャード様を呼び、十分に休憩したからまた遊んでほしいと誘うと、レニャード様は大喜びでイリアスさんに飛びついた。
子犬のようにじゃれあうふたりを見つめながら、私は、なんだかとんでもないことになりそうな予感で、身体がぶるっと震えたのだった。
冗談……だよね……?




