【別人?】王子様心境変化の真相
私がついつい黙って考えごとをしていたら、レニャード様はいきなり本に背を向け、くるりと私に向き直った。
お膝に乗ったレニャード王子が、正面から私を見つめてくる。その表情はどこか思い詰めているように見えた。
ど……どうしたんだろう? かわいいなぁ。
「俺は……この国の王子だ。勉学も、剣術も、低いレベルで満足する気はない」
うんうん、そうだね。勉学も、剣術も……
……ん?
……剣って、どうやって持つんだろう?
「俺は……」
余計なことに気を取られている私には気づいた様子もなく、レニャード王子はしごく真面目に、思い詰めた表情で続ける。
「俺は、猫だからといって俺を侮ってきたやつらを、見返さなければならないのだ!」
衝撃の事実発覚。
私は瞬間的に頭が沸騰した。
「レニャード様を馬鹿にする輩が存在するのですか!? いったいどこのどいつです!? 私、許せません!」
「いや……お前には関係のないことだ。これは、俺が正々堂々立派になって見返してやらなければならないことだからな。手出しは無用だと心得ておけ」
「そ……そうですか……」
釘を刺されてしまっては、私としてはどうにもできない。
「でも、レニャード様は今のままでも、とっても素敵で、かわいい王子様ですよ……?」
「よせ。俺を甘やかすな」
レニャード王子がぷいっとそっぽを向く。
レニャード王子は、心から辛そうに、ぽつりぽつりと言う。
「自分でも分かっている。悔しいが、俺は……かっこいいというより、かわいいのだ……!」
「確かに……!」
レニャード王子がかわいいことは私も全面的に同意だ。ノーベルかわいい賞があったら間違いなく受賞する。
「でもそれ、そんなに悲壮感出して言うことですかね……?」
いいじゃない、かわいい系。
かわいいは正義だよ。
「馬鹿野郎。男の俺がかわいいと言われるんだぞ、これ以上ないくらい悲壮だろうが」
「私は、かわいいって言われたら嬉しいですね」
「ふん。この複雑な気持ちは、女のお前には分からんだろう」
レニャード王子が拗ねてしまった。
ああ、そっか。
やっと何が言いたいのか分かってきたかも。
原作のレナードは、登場人物から次々と褒めたたえられるほどの美形で、乙女ゲーのキャラにしてはやや男らしい感はあるものの、ビジュアルはまさに王子様の中の王子様、という感じだった。
彼の絶大なる自信と、自由奔放な性格は、まさにこの容姿の男らしさやかっこよさに支えられていたんだよ。
ところが今は、猫の姿に変えられてしまっている。
確かに、猫ちゃんの姿はかわいらしい。自信家のレニャード様らしく、たびたび「俺はかわいいからな」と発言している。
でもそれは、原作のレナードが自負していたようなカッコよさとは、かけ離れているのかもしれない。
うぬぼれ屋の原作レナードは、ゲームの主人公に出会って初めて、自分がどんなに怠け者で、いばりん坊で、無学だったかに気づいて、直そうとする。
でも、猫に変化したレニャード様は、猫ちゃんならではの何気ないしぐさをかわいいかわいいとこぞって褒めそやされたせいで、『自分は無力で、人に依存しなければ生きられない生物だ』という自覚が早々に芽生えてしまったに違いない。
えっと……これっていいことなのかなあ。
どうもこの世界は、ゲームと展開が違うみたい。
メインのレナードも別人……別猫? に変化しているのだから、他のキャラも全然別人になっている可能性が出てきた。
私は別にいいんだよ。ゲームの終了時点でどうしようとも処刑される運命だからね。もともと生きる気力に欠けていることだし。
でも、レニャード王子は?
彼はルートによって、処刑されたりされなかったりする。
原作では、レナード王子が処刑されることによって、繰り上がりで王位継承者になるキャラもいれば、レナードが改心していい王子様になることで、主人公との結婚を後押ししてもらえるキャラもいる。すべては主人公が選ぶ相手次第なんだ。
もしも今後の展開が私の知っているものに近いのなら、せめて彼だけでも処刑されることのないように、それとなくアシストしてあげようって思ってたんだよね。
でも、全然違う展開になっていくのなら、レニャード様の命が危ないかもしれない。
これは困ったね。ちょっと楽観的に構えすぎだったかも?
ルナさんにも意見を聞いてみたいところだなあ。相変わらず、どこかに行っちゃったままで呼びかけても答えてはくれないんだけど。
ルナさん。私はできるだけ、ルナさんがしそうにないことはしないようにしています。
でも、こういう場合は、どうしたらいいんでしょうね?
ルナさんも、レニャード王子が死んでしまったら悲しいですか?
私はレニャード王子のために運命を変える努力をするべきなんでしょうか?
「お……俺は……その。お前に、か、感謝している」
私を物思いから引き戻したのは、レニャード王子の照れたようなつぶやきだった。
「私、何かしましたっけ」
「だから、俺と、婚約してくれたことだ」
え、それって感謝されるようなことだったっけ。
原作通りだよね。政略結婚だからルナさんには拒否権も何もなかったはず。
不思議に思っている私がじれったくなったのか、レニャード王子は少しやけになったように、「鈍い!」と怒った。
「だから、お前は! こんな姿の俺を、文句ひとつ言わずに受け入れてくれただろうが!」
「こ……こんな姿とか、冗談でも言わないでほしいですね? めちゃくちゃかわいいじゃないですか。かっこいいじゃないですか。最高じゃないですか」
私が早口でまくしたてると、レニャード王子は困ったようにそっぽをむいた。
「……そういうところだ。お前は、義理にではなく、心から俺と交流してくれた。宮廷の口さがない者たちが、けだものを王子と担ぐことを拒否し、俺を侮る一方で、お前だけが俺の話に真剣に耳を傾けてくれた」
え。
レニャード王子、宮廷でそんな状態だったの。
それはつらいね。
全然気づかなかったよ。ごめんね。
一生懸命、悪い大人たちと戦っていたんだね。
「この先何があろうとも、お前の示してくれた親切や献身は、生涯忘れることはないだろう」
「レニャード様……」
献身だなんて。
難しい言葉を知ってるんだね、レニャード様。
人間の王子に換算してみても、レニャード王子は標準的な王族よりもだいぶ大人っぽい気がするな。
やっぱりこの、猫の姿になってしまったっていう逆境が成長のきっかけなのかも。
私はなんだか、泣きそうになってしまった。
こんなにちっちゃいのに、レニャード様は大変な目に遭ってきたんだね。
私はどうしてもレニャード様を見ると死んでしまった飼い猫のことを思い出すから、レニャード様がつらそうにしているのは本当に無理なんだ。受け入れられないんだ。
レニャード様には、いつも笑顔で楽しく暮していてほしい。
それだけが、私のエゴ。
「……この先何があっても、私はレニャード様の味方ですからね」
原作のルナさんが、一生懸命レナード王子に尽くしたのにもかかわらず王子に捨てられたり、あるいは処刑されてしまったりする顛末を、私はゲームでプレイして、知っている。
それなら、仮の宿主の私もそうするべきでしょう。
ルナさんみたいになることが、私の使命なんだ。
やる気のない私でも、レニャード様のためならがんばろうって思える。
「ああ。お前がいてくれるのなら、こんなに心強いことはない」
レニャード様がそっと前足で私の腕をふみふみするので、私は悶絶しそうになった。
か、か、かわいいよう。
それ、子猫がお母さんにミルクをねだるときの仕草だよね。
レニャード様にふみふみしていただきながら、私はちょっと考えてしまった。
もしも、レニャード様が王様だったら――? って。
こんなにかわいい子が王様だったら、みんなニコニコしちゃうよね。そしたら争いごとがなくなって、国が恒久的平和状態になると思うんだけど、どうなのかなあ。
もしかして宮廷、イヌ派の方が多いのかな? かわいい猫ちゃんをいじめるなんて信じられないよね。きっとその人たちは前世がネズミだったんだよ。
宮廷のことはちょっと気になりつつも、その直後にうれしいお知らせがあったので、私はすっかりその懸念を忘れてしまった。
うれしいお知らせは、大喜びのレニャード様からもたらされた。
ある日の午後、いつものようにレニャード様が来る準備をして、お屋敷のテラスで待っていたら、突風のように何かが足下を駆け抜けていった。




