【ビックリ】転生した結果
それは、とても悲しそうな顔をした女の子だった。綺麗なドレスを着て、縦巻きロールの金の髪の毛にかわいいリボンをたくさん結んでいるのに、そんなのどうだっていいと言わんばかりに、うつろな瞳をしている。
「レナード様……」
女の子が、緑色の瞳から大きな涙をこぼした。
床の木材はすっかり濡れそぼち、茶色く変色してしまっている。そこにまた涙がしたたって、大きなしみを作った。
「わたくしも、すぐに御許へ参ります」
金髪の女の子は、手にしたコップの中身を、飲み干した。
透明なコップが落ちて割れ、女の子の身体がゆっくりと倒れていく。
***
「はーぁ……もう、いいか……あとで死のっと」
それが、私の口癖でした。
だって、生きていてもいいことなんか何にもないんだよ。
令和元年、少子高齢化社会で『年金は払えない』という政府の発言がニュースになったばかりのころでした。
そのときの私も死にたい死にたいと言っていて、ついうっかり、お酒の勢いに乗じてというのかな?
本当に死んでしまいました。あっけない最期でした。
私が死ぬよりも少し前。
当時は、日本全体がものすごい不景気でした。就職率が低迷していたころに学校を卒業した私は、あいつぐ就活失敗に心が折れてしまいました。
というのも、私の兄は、地元ではちょっとした有名人だったのです。
悪質な少年犯罪の犯人として。
全国ニュースにもなりましたし、兄の極刑を求める署名もかなり集まりました。
自宅に嫌がらせをされるのはしょっちゅうで、飼っていたペットを殺されてしまうこともありました。
私は地元に居場所がないままひっそりとぼっち生活で育ち、逃げるように遠くの大学に通いました。
就活の失敗が、兄のせいだったのかどうかは分かりません。普通の人でも、就職するのが難しい時期でした。私自身の能力不足であった可能性のほうが高いです。
それでも、私は、もういろんなことがどうでもよくなってしまいました。
それで、大学時代にちょっとだけやっていたキャンギャルとかから、流れに流れて、水商売に就職しました。
そんでもってあっという間に堕落した、と。
何もしたくない。
何もする気が起きない。
未来に希望が持てない。
同業の友達にも、そんな悩みを何度か打ち明けたんだよね。そうしたら、とある女の子が、熱くなれるものを探すといいと言ってくれて。
一緒にホストクラブに行こう、って。
友達のことは大好きだったけど、『それって、たくさん貢げる相手を探そうってことだよね』と言ったら、すごく怒っちゃって。まあ、さすがにちょっと無神経な発言だったなって、今なら思う。友達は、よかれと思って誘ってくれたんだし。
結局友達とはケンカ別れみたいになっちゃったけど、どうしようもなかった。見解の不一致というやつだから、しょうがないかな。
基本的に生きる気力がなく、すべての誘いを断り続けていた私に、まっとうな道に戻れるチャンスなんてあるはずもなくー……
気づけば私は、ネイルも伸びがち、メイクも崩れがちな、やる気なし愛想なしのいい加減なダメ嬢になっていました。
心の支えはうちで飼っている猫ちゃんだけ。
猫ちゃんだけは私を裏切らない。
猫ちゃんマイラブフォーエバー。
猫ちゃんがいなければ生きていけない。
――ときは令和元年。
飼い猫が誰かの手で殺されてしまったとき、私は泣いて、泣いて、枯れるまで泣いて、泣きつかれたあとに、もう、生きていなくてもいいな、と思いました。
この世に私を必要としてくれる人はいない。
私にも、会いたい人はいない。この人が必要だと思えるような人もいない。
反対に、私なんていない方がいいと思っている人が、この世には無数にいる。
罪もない私の飼い猫までが憎いと思うような人たちと一緒に、どうやって生きていけばいいんだろう。
今こうして思い返すのなら、ホストクラブに行こうと誘ってくれた友達はきっと正しかった。
何にもすることがなくて死ぬくらいなら、夢中になれる何かを見つけて、目標に向かってお金を稼ぐ人生を送ったほうがよかった。
私も、夢中になれる何かを見つけたい。
来世で。
という感じで、身辺整理をして、すぱっと死んでしまいました。
享年二十六歳でした。
***
次に目が覚めたとき、私は見知らぬ豪華なベッドに寝かされていた。
けばけばしいベッドの天井、支柱は金ぴかで、金襴のカーテンが下がってる。
ゴージャスなベッドを見て初めに思ったのは、『どこのホテルだろ』だった。
もぞもぞと寝返りを打って、ぼんやりと自分の手を見つめているうちに、また疑問が浮かんできた。
あれ。なんか私の手、小っちゃくない?
まず骨格が違う。肉づきが違う。子どもみたいにふくふくしている。
爪がね、私のものじゃない。私の爪って丸いから、ネイルするときにも多めにジェルを盛ることが多いんだけど、この手は全然違う。生まれつきの縦長のスクエアで、おまけに肌も綺麗になっている。しみもしわもない乳白色。
なにこれ?
よっこいせ、と起きたら、髪の毛が肩から流れ落ちた。
その色にぎょっとする。プラスチックみたいなテッカテカの金髪で、カツラかと思っちゃった。頭を引っ張っても取れない、むしろ痛いから、これが地毛だった。
生まれてこのかた染めたことがないような色合いで、さすがにおかしいなって感じた。
「誰か! ねえ!」
声ですら、自分のものではない感覚。
この気持ち悪さを、どう説明したらいいのか分からない。
「お目覚めですか、お嬢様!」
エプロン姿のメイドが私に駆け寄ってきて、私の顔をまじまじと見た。
それで私もその人のことをじっくり見ることになった。年は二十歳くらい、栗色の髪の毛の外人さんで、なんていうか、本場っぽい。
どうしよう、私英語とか全然分かんないよ。
「び……ビーフオアチキーン?」
決死の覚悟で話しかけたら、メイドさんはぱあっと笑顔になりました。
「よかった……! 食欲もお戻りになったのですね! エミリーはうれしゅうございます!」
エプロン姿のメイドさんはエミリーさんって言うみたい。
ところでさっきから英語がよく聞き取れるんだけど、私ってば急に頭よくなっちゃったのかな? スピードラーニングの効果かもしれない。三日坊主だったから、三回くらいしか聞いたことないんだけどね。
「えっと、すいません、部屋を間違えちゃったみたいです」
きっとここはホテルかどこかで、イメクラか何かが行われているんじゃないかなーと思って、ひとまず私が謝ると、エミリーさんは不思議そうな顔をした。
「こちらはルナ様のお部屋でございますが……」
「るなさま? それ、私のこと?」
「お可哀想に……まだ頭がはっきりしていらっしゃらないんですね」
エミリーさんはお医者さんを呼びにいくって言って、どこかに消えていった。
残された私は、焦ったなんてもんじゃないよね。
ひとまずベッドを降りてみることにして、そばに置いてあったサンダルを借りて、立ってみた。さっきのエミリーさんは床を靴で歩き回っていたから、素足はなんかヤだったんだ。
「わー、ゴージャス……」
私は部屋を見ているうちにだんだん不安になってきた。
あのね、床が寄せ木細工なの。フローリングじゃなくて、一個一個が細工の床。誰が床にコーヒーをこぼすか分からないホテルに無垢材なんて、絶対に向いてないと思う。