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Spirits

 俺はその後、廊下の突き当りにあったシックな木の扉を潜り、その先にあったバーへとやってきた。落ち着いた雰囲気の、静かな場所だ。

 席はカウンターが五席、テーブルが四人掛け二席だけと、かなり小ぢんまりとしている。

 店内のBGMとしてローランド(Roland)カーク(Kirk)のアルバム『アイ(I)トーク(Talk)ウィズ(with)(the)スピリッツ(Spirits)』が流れていた。管楽器の主張が少し強いが、全体的にしっとりしていて心地よいジャズだ。

 

「はい、どうぞ。」

「ああ、有難う。」


 俺はリンダに促されるまま、カウンター席の端、レコードプレイヤーに一番近いところに腰を下ろした。リンダは、俺が座るのを確認してから、俺の隣の席に座った。

 正面には、棚一杯に並べられたレコードと酒瓶がある。薄暗い照明も相まって、かなり落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


「お待たせしました。」


 そう言って、俺の前、カウンター越しに一人のバーテンダーが立った。スーツをぴっちりと着こなした、渋い壮年の男性である。

 彼は丁寧な物腰で挨拶を済ませた後、簡潔に注文を尋ねて来た。


「ご注文は、いかがなさいますか?」

「私はいつもので。」


 リンダは慣れた様に、気安く言葉を返す。俺は、そんな彼女の姿を見ながら何を飲もうか考えていた。

 実のところ、俺はあまり酒が得意ではなかった。飲めない訳ではないが、積極的に飲みたいと思える事はこれまでの人生で一度もなかったのだ。

 が、しかし、今この場において、自分から酒を飲もうとしている事に気が付いて少し驚いた。

 何が俺に影響を及ぼしているのだろうか、恐らくはリンダが隣にいるからだろうが、なんとも不思議な感覚だ。

 

「かしこまりました。お連れ様は?」

「……あー、えっと、だな……。」


 ただ、一つ問題がある。俺がこれまで酒を飲む事が少なかったため、酒の種類が分からない、と言う事だ。

 分からないのであれば、誰かに聞けばいい訳なのだが、それは男としてのプライドが許さない。こんなところで意地を張ってどうするのか、と思わなくもないが、やはり譲れない。

 どうしようか、と悩みに悩んで、ふと、今店内で流れているレコードを見た。そして、気付く。

 ――そういえば、スピリッツ、という名の酒があった様な気がするな。――

 それを思い出した俺は、少し上機嫌で、バーテンダーに注文した。


「スピリッツを頼む。」


 だが、バーテンダーは、俺の注文を聞くとわずかに顔を歪めた。隣でリンダも小さくため息をついていた。

 一体なんだ、と問い返す前に、バーテンダーが告げた。


「……誠に申し訳ございません。ここでは、スピリッツは取り扱っておりません。」

「……何故だ。」

「……かなり昔の話にはなりますが、ある時から、スピリッツを飲んだお客様が次々に狂いだすという怪事件が発生したのです。それで、私共はもう二度とスピリッツを仕入れないと、そう取り決めたのですよ。」


 バーテンダーの話は、少し胡散臭いものもあったが、十分に恐ろしい内容でもあった。それならば、置いてなくてもおかしくはないか、と思える。

 しかし、俺が頼める酒はもうない。白ワインとか、リキュールとか、そんな感じの大きなくくりなら分かるが、細かいものは分からないのだ。

 俺はさんざん悩んだ末に、リンダと同じものを飲むことに決めた。


「……彼女と同じもので、頼む。」

「かしこまりました。」


 バーテンダーは一言、そういうと、酒の準備に入った。

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