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Enter the Hotel Illusion

 それから車で一時間程行ったところに、その光は灯っていた。その一帯はオアシスであった。大きな湖があり、緑にあふれている。

 そして、その中央には大きなホテル。ベージュ色の外壁に覆われ、まるで砂漠の宮殿の様であった。屋上の中央は東屋の様な構造になっており、そこには大きな鐘が設置されている。

 俺はオアシスを抜け、ホテルの入り口前まで来た。そこには、一人の女性が立っていた。スーツに身を包んでいる。このホテルのベルガールだろう。名札には『リンダ・ロレイス』と書かれている。


「ホテル・イリュージョンへようこそお越しくださいました。ご予約はされておりますか?」


 リンダは俺に向き合い、丁寧にお辞儀をしながらこちらに話しかけてきた。すぐにこちらも返事をする。


「いや、予約はしていないが……部屋は空いているのか?」

「かしこまりました。部屋はスタンダードからスイートまで、全てご利用可能となっております。」

「スタンダードでいい。いくらだ?」

「お一人様、手数料込みで二百ドルとなります。」


 僻地にあるのでもう少し高いと思っていたが、そうでもないようだ。二百ドルであれば何とか手持ちで足りる。俺はここに泊まることにした。

 ……ふと、リンダと目が合った。先ほどまでしっかりと顔を見ていなかったが、数年前に別れた彼女によく似ている。

 考えてみれば、彼女の『リンダ・ロレイス』という名も、付き合っていた彼女と全く同じ名前だ。

 俺は、当時の事を思い出して胸が締め付けられるような感覚を味わった。

 しかし、彼女の事は飽くまでも過去の事だ。俺は、当時の思い出を無理矢理頭の隅へと追いやった。


「……? 大丈夫ですか?」

「っああ、大丈夫だ。ちょっと考え事をしていてね、すまない。今行くよ。」


 自分の世界に入りかけていたが、リンダの言葉で我に返る。慌てて言葉を返し、俺は荷物を持って彼女の後へ続いた。そうして門をくぐった、その瞬間。


「なっ……。」

「ふふ、驚いたでしょう?ここは教会も兼ねているのですよ。」


 なんと、礼拝の鐘の音が響いてきたのだ。思い当たるところがあって屋上を見ると、やはりそこに設置された鐘が揺れていた。規則正しく荘厳な音を響かせる鐘。それを聞いていた俺は、ふと、


「……『天国や地獄』か……。確かに、不思議な響きだ。」


 と、小さな声で無意識に呟いていた。以前カトリックの友人が色々と語っていた中に、そういった話があった事を思い出したのだ。何故思い出したのかは、分からないが……。

 俺の呟きは、前を歩くリンダには聞こえていたらしく、


「ここにいらっしゃる方はよくそういう事をおっしゃいますね。私には意味を図りかねますが……。ここが天国か地獄かは、お客様自身が確かめてみてください。私共は精一杯のおもてなしをするだけですから。」


 と返してきた。俺は、他にも色々と気になったことを訪ねてみたが、それ以降彼女が口を開くことはなかった。


      *


 一分ほど歩いて、ようやく玄関前までたどり着く。外からはあまり実感がわかなかったが、どうやらかなり広い庭園の様だ。俺がそちらに目を奪われていると、前方から軋む様な音が聞こえてきた。音が止んだ直後、


「それでは、お部屋までご案内いたします。」


 と声がかかる。リンダはいつの間にか、手に豪華な装飾のついた燭台を持っていた。燭台に刺さっている蝋燭。その先に灯る炎を見た瞬間、心の奥底を除かれたような妙な不快感に襲われる。しかし、その感覚は一秒どころか〇,五秒も続かなかった。

 今のが一体何であったのか、また俺の勘違いであったのかどうかも考えたところで答えは出ない。俺は、何も考えず彼女の後ろを歩き始めた。

※敬虔なカトリック信者にとって、礼拝の金は天国や地獄といった教義を連想させるそうです。

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