第8話 黒騎士、拾われる。
「…ハベル亭?…なんか変な名前ね」
入ってみたら意外にシンプルな造りで落ち着く内装ね!テーブルも内装に合わせてるみたいだしカウンターも渋い。
だけど客が居ないね、流石に今の時間って混んでるのが普通じゃないのかな?
「…おや?お客とは珍しい」
カウンターの奥から現れたのは…
「渋い……おじさま……」
ヤバい、人族にこんなダンディーな人がいたのか……!
「ははは、ありがとう…君も素敵なレディだと思うよ」
はわわわわ!ちょ!素敵なレディだって!ヤバい、身近な男ってあのドグサレ魔王しかいなかったから素敵すぎる………
「いやぁ、素敵なレディなんてお上手ですねぇ!」
「お世辞じゃなく本当に素敵だとは思うぞ?……所で…何か食べるかい?この時間にくるなら食事だろう?」
は!…そうだった、私はご飯を食べに来たんだった。
「これがメニューだ、決まったら言ってくれればいいよ」
メニューを受けとると開いてみる…色々種類があるけどなんにしよーかなぁ…やっぱり肉かな?いや…このヨーンの塩焼きとかもいいなぁ。久しぶりに食べるから何でもいいんだけどね!
「ヨーンの塩焼きとアプル酒をお願いします!」
暫く待っていると頼んだ料理が出てきたから早速食べる。
……こ、これは……!
「美味しい………!」
「そうかい?そいつは嬉しいねぇ!…そうだ、こいつも良かったら食べてみてくれ」
そう言って出されたのは肉を揚げた物みたいだけど……
「ん?こいつを見たことないのかい?昔の勇者様が市民に広めた料理でな…カラアゲっていうんだ」
ほぅ…カラアゲ…この美味しそうな匂いと一口サイズの食べやすい形……これを広めたのが勇者…?どの勇者だろう??あの変な武器を大量に召喚する奴か、剣のみで私を追い詰めたあの女か……
「…とにかく、食べてみないことには…」
とりあえず口に放り込んで噛む…………んん!?!?
あづづづ!?!?
「暑いから気を付けろっていう前にやったか…すまん」
「あつつ……いえいえ、あまりにも美味しそうだったのでつい…」
食べ終わって少しゆっくりと過ごしていたらマスターがコーヒーを持って来てテーブルに座ったのでちょっと驚いた。
「ま、客も来ないし食後のコーヒーでも一緒にどうだい?」
「あ、ありがとうございます」
このコーヒーも凄く美味しい…
「そういやお嬢さん名前はなんていうんだい?この街じゃ見ない顔だが…」
「フィリアです、フィリア・スカーレット」
「フィリアか…フィリアももしや今噂の魔族を狩りに来たのか?」
なんだか一瞬……いや、勘違いかな。
「いえ、私は…」
この街に来た経緯を色々と話したらマスターから意外な提案がきた。
「…怪我で退役してこの街にか…そして仕事も住む場所も無い…と。……フィリアさん、良かったらここで住み込みで仕事をしないか?見ての通り繁盛してるとは言い難いから給料はそこまで高くは無いが…」
願ってもない話だけど…なんでだろう?
「あぁ、警戒しないでくれ。やましい事は考えてないんだ、ただ君ほどの美人が働いてくれればこの寂れた店も繁盛するかと思ってね」
いやぁ、美人なんて…そういうことならお世話になろうかなぁ!仕事と住む場所が一度に決まるなら良いことだし!
「よろしくお願いします!一生懸命やりますから!………所で何をすればいいんです?」
「それは後から教える、まずは部屋に案内するから付いてきてくれ。…おっと、俺の名前はハベルだ…よろしくな」
マスター…ハベルさんが立ち上がると歩き出したのでついていく。
2階に上がって廊下を奥まで行った先の部屋で止まる。
「…ここを好きに使ってくれ。元は妻の部屋だったから女性に必要な物は揃っているはずだが…もし足りないものがあれば言ってくれ」
ドアを開けてみると鏡台に質素なベッド…花柄のカーテンもあって確かに女性の部屋って感じだった。
「……いいんですか?奥様の部屋を私なんかに貸してしまっても」
カーテンを開けていたハベルさんにそう言うと
「いいさ、彼女も生前はよく言っていたからね…『困っている人がいたら助けるべき』ってね」
そう言ったハベルさんはどこか寂しそうで……
「まあ、気にしないでくれ。俺は先に下に降りて準備をするから暫くゆっくりしてから来てくれたらいよ」
ハベルさんは手をひらひらと振って部屋から出ていった。
「…亡き奥様に感謝しないと。ありがとうございます、あなたのお陰で私は助かりました!」
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荷物とかを整理して下に降りるとハベルさんから呼ばれた。
「とりあえずこのエプロンを着けてくれ。仕事服はその内用意するから今はそれで我慢してくれ」
渡されたエプロンを着けるとなんとなくその場で一回転してみる………
「似合ってるよ、フィリアさんには給仕をしてもらうから頑張ってくれ」
よし!どんとこい!私は出来る女よ!
…。
…………。
…………………。
…………………………。
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………………………………………。
………………………………………………あれ?
「…お客、来ないですね」
「まぁ、まだ時間も早いってのもあるが…いつもこんなもんだ。暫くは暇だと思うよ」
なんということか!お客が来ないなんてそんな馬鹿な………!
これが普段からなの?店としてそれはどうなんだろう………。
それからも暫く待ってたけど今日は客が来なさそうだったのでハベルさんから先に休んでいいって言われた。……これは明日から頑張るしかなさそう。
一旦部屋に戻ってからエプロンを畳むとまた下に降りる。
「ん?どこか行くのかい?」
「ギルドに呼ばれてるんですよ、昼間に登録したんですけどその時にちょっとありまして……あははは」
「そうか、なら気をつけてな。夜は衛兵が見回りをしてるがそれも万全じゃない、路地裏や色町の方には行かないようにしておくことだ」
「そうします、そんなに長くはかからないと思いますけど…お店はまだ開けてますか?」
「フィリアが帰るまでは開けておくさ。それにもう暫くしたら常連が何人か来るだろうしな」
良かった、帰ってきたら閉め出された、なんてこともなさそう。
「ありがとうございます、では少しだけ出てきますね」
フィリアを見送ったハベルは磨いていたコップを置くとポケットからシガーを取り出して火を灯す。
「…ふぅ。しかし不思議な女性だな、妙に世間を知らないのもそうだが…」
紫煙を吐き出しながらフィリアが出ていったドアを眺める。
「赤い髪に紅い目…君を思い出すよ、エルザ…」
登場人物紹介
ゴリアテ
商隊の護衛を専門にしている冒険者でランクはCランク。
フィリアに自分の剣を折られ、名前もまともに覚えられていない残念な人。
見た目は厳つく山賊みたいな男だが、意外に世話焼きで面倒見が良い。
護衛としての腕は確かで今まで護衛に失敗した事はあまり無いのでギルド内でも信頼度が高く彼が暇になることはあまり無い。