第5話 黒騎士、寄り道をする
「失礼します!先の戦闘の報告書をお持ちしました!」
魔族領第2軍団兵舎にある軍団長室ではいつも通り戦果の報告が行われていた。
「ふむ、貰おうか」
受けとるのは軍団長であるエレノア=ナイグラート…彼女はその綺麗な群青の髪をポニーテールで纏めており、軍服、眼鏡と相まって人気は高い。
だがその実力は折り紙付で黒騎士にもひけを取らないと言われている存在だ。
「…………!?」
報告書に目を通していた彼女だがある一文を読んだ時、あまり表情を見せない彼女がはっきりと感情を表して驚いた。
「これは、事実ですか?」
エレノアの問いに報告書を持ってきた兵士は何の事を言っているのか分からず答えに窮した。
「黒騎士が…黒騎士が死んだと言うのは事実なのですか!?確認はしましたか?と聞いているのです!」
美人というのは怒ると怖い。だが彼女の場合は実力がある分怒気を放つと並の兵士では耐えられずに気絶してしまう。
案の定気絶した兵を見て少し冷静に戻ったエレノアは気絶した兵士をソファーへ寝かせて足早にある場所へ向かった。
「黒騎士…フィリアが死んだ?そんな事有るわけが…」
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「はい、間違いなく黒騎士殿は…これがその時の記憶水晶です」
エレノアは魔族軍の戦死者を管理している部署へと来ていた…魔族は人族よりも魔術の技術が発展しており、人族では不可能な魔術や魔道具を数多く開発している。
記憶水晶がその一例でこれを持った観測員が戦場に何人も配置されており、魔力を使って映像を記録する事により後に作戦の練り直しなどをスムーズに出来るようになっている上、戦死者の記録も出来る。
エレノアは記憶水晶を受け取ると部屋を借りて魔力を流す。
すると記憶水晶に記録された映像が映し出される…エレノアが再生したのは丁度フィリアが勇者の剣で腹部を貫かれた場面だった。
それからフィリアが何事か呟いて勇者を少し押し退けた後、自爆する所まで見終わってから魔力を流すのをやめた
「………フィリア………何故、あなたが死ななければいけなかったのか……。何百年も自由を奪われた挙げ句に自爆させられる……」
あらゆる事を隷属紋で封じられたフィリアにこの仕打ちは余りにも……
「私はまた救えなかったというのか……すまない…フィリア。…だがせめてリーニアだけでも救ってみせる…」
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「ッ!………?ここは…?」
辺り一面が岩しかない場所で目を覚ましたのは帝国に勇者として召喚された少年……進藤恭介
「俺は確か…黒騎士は!?」
辺りを見回して見るがそれらしき人影は見えない。
「………あの人の最後の言葉……あれはどういう意味だ…?」
……これで自由になれる。確かに彼女はそう言った。
もしかして操られていたのか?だとしたら俺は…!
『大丈夫…生きてるよ。あの女の人…最後に凄い量の魔力を使って結界を張ってたから。キョウスケの方に魔力を多めに注ぎ込んでたみたいだし多分怪我はしてるとおもうけどね』
キョウスケが持っていた聖剣から声が響く。
「イルミナ、それは本当か?」
『本当だよ?…だけどキョウスケが刺した傷の方が重傷だと思うけどね。それが原因で死んでたら分かんない』
「うっ…それを言われるとキツいな。急いで探そう、俺はあの人が最後に言った言葉が気になる。それに…助けられたなら礼を言わないとな」
『…嘘ね。私に嘘つけないのを忘れたの?キョウスケはあの女に惚れたんでしょ?綺麗な人だったもの。燃えるような紅い瞳、整った顔立ち、鎧で隠れてたけどスタイルも良かったからね。仕方ないわ…キョウスケが発情するのも仕方ない…そう、仕方ないよ』
「からかうなよ!俺がそんな事考えてる訳無いだろ…とにかく行くぞ!」
…惚れたっていうのは間違いないと思うんだけど。
『とりあえず再会出来ることを祈りましょう…まぁ浮気したらもう力は貸さないけどね』
「浮気って…まぁいい。とにかく行こう」
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「まずは礼を言おう、我々の代わりに市民を助けて頂いて感謝する。我々もあの男の横暴を止めたいのだが…中々手が出せないのが現状でね」
さっき小声で私に言ってきた人が頭を下げた。
私としては最悪暴れるつもりだったので逆に申し訳ないな。
「いえ!私としては暴れ…じゃなくて私としても助かりましたから、頭は上げてください」
なんだか厄介な事になりそうだったしね、人族の街であまり目立ったら魔族だってバレる可能性もあるし…。
幸いにも私の見た目は魔族の中でも人族と見分けがつかないデーモン族だからよっぽどじゃなければバレる事はない。黒騎士も中身が私なんて知ってるのは外道魔王とエレノア団長位だろうし…あ、後あの勇者君か。
彼は大丈夫だったかな?一応あの時の限界いっぱいの強度をもった結界は張ったけど……まぁ無事ならいいな位に思っておこう。
「あぁ、それとこれを…」
そう言って私が預けた剣帯と魔剣ライフブレイカーが返却された。
…これは別の剣に変えようかな。正直間違って抜いたら大変な事になる可能性が…カッコいい剣がいいけど仕方ない…昔使ってた普通の性能のロングソードにしておこう。
「ところで…君の名前を聞いても?一応街に入るには身分証を提示してもらわねばならんのでな。もし身分証が無いなら銀貨1枚掛かるが仮の身分証を発行する事も出来るがね」
「フィリアです、元は兵士だったみたいなんですけど…戦闘時に頭を打ったみたいであまり覚えてないんですよ。…こちらが私を助けてくれた隊長の紹介状です」
あの優しい隊長さんが紹介状を私に持たせてくれた事を感謝せねば。
「…ふむ。確かに。戦時の怪我でと書かれてるな…身分証を発行しても問題無いと判断する、では暫く待っていてくれ」
よかった。とりあえず問題は無さそう。
しかしあの隊長さんはなんでこんな紹介状を書いてくれたのか…自分で言うのもあれだけど怪しい事この上ないんだよね、私って。
「これが身分証だ。無くさないようにな」
受け取ってから見てみると…
「…?南方守備隊第27小隊所属……?」
あれ?
「ん?どうした?何か不備でもあったかい?」
不備というか所属してない部隊に所属したことになってるんですけど…?
「この南方守備隊第27小隊って言うのは…?」
「君が所属していた場所だろ?紹介状にもそう書いてあったぞ?…あぁ、君は記憶が…」
何故か哀れみを含んだ目で見られた!…記憶うんぬんは嘘なんですけどね?
まぁ、それはいいけど紹介状にそんな事が書いてあったのか…見ておけば良かったかな…ま、さしあたって問題無さそうだからいいか。
礼を言って建物から出ると入り口にはさっき助けた少年がいた…すっかり忘れてたけど一緒に捕まってたんだった。
「あ、あの!さっきはありがとうございました!」
「いいよいいよ、私も気に入らなかったから割り込んだだけだし。もう絡まれないようにね」
「はい!ありがとうございます!」
ひらひらと手を振って少年を見送ると目的地であるギルドを目指す。
歩きながら周りを見てると中々に活気のある街だなぁと思う。
行商人が露店を開いていたり、様々な食べ物を売ってたり…あ、あれは武具屋!
ギルドが先か、武具屋が先か…………
「武具屋が先ね!人族の武具職人がどんなものか気になるし…ギルドは急ぎじゃないから!武具屋♪武具屋♪」
武具屋の扉を開いて入ってみると様々な種類の武器や防具が陳列されていた。
「おー!かなり種類があるよ!…あ!これいいなぁ…」
ダガー、ショートソード、戦槌……おぉ!かの有名なカタナまで…凄いなぁ、人族の武具屋凄いなぁ!
「いらっしゃい、凄く楽しそうな所をお邪魔してすみませんが…何かお探しですか?」
店の奥から出てきたのは二十代前半位の青年だった。
「あ、いえ、武器を探してた訳では無いんですけど…」
テンション上がりすぎた。落ち着こう。
「そうでしたか、まぁゆっくりと見ていってください。もしかしたら気に入るものがあるかもしれませんしね」
お辞儀して奥へと戻ろうとした青年にあわてて声をかける。
「あ!待って!ここでは武器と防具の手入れはやってますか?」
「ええ、やっていますよ?もしかして何か手入れが必要な物があります?」
ちょうど愛用の大剣を手入れしてもらおうと思ってたんだった。
亜空間から大剣…逢魔と兜、ガントレットを取り出して青年に渡す。
「それらを手入れして……どうしました?」
何だか青年の様子が……
「こ、こ、こ、これは………!魔鉱石製じゃないですか?!」
「そ、そうですけど…?」
「こんな貴重な代物を預かるなんて出来ませんよ!担保兼それまでの代用として渡せる様な武具がありませんから!」
貴重?担保?…何の事かな?確かに私にとっては大事な物だけどハッキリ言って盗まれても私が念じれば手元に戻るからね、逢魔は。
兜、ガントレットも予備はあるし別に困らないかなぁ…ただ単に整備出来る時にやっておきたいってのが私の考えだったし。
「いや、別に担保とかいらないですから綺麗にしてもらえればそれで。武具屋さんが盗むなんて事もないでしょう?」
「魔鉱石で出来た武器、防具を預けるなんて…お姉さん、人からよく騙されたりとかしません?」
騙されたりなんて…まぁ無いとは言えないか。
騙されたというかなんと言うか千年近く隷属させられてましたね!
「しかし魔鉱石ってそんなに貴重なの?今時子供でも魔鉱石製のナイフくらいは持ってるけどね」
「いやいや!魔鉱石製のナイフ一つでも幾らするか知ってますか?!金貨800枚はしますよ!そんなもの子供が持ってる訳無いでしょう!」
え?持ってないの…??…そういえばゴリさんも鉄製の剣使ってたけど…人族はもしかして魔鉱石製の武器って持ってないのかな。
「何で魔鉱石製の武器がそんなに高いの?」
「…本当に知らないのですか?…魔鉱石は魔族領でしか採掘出来ないですし、極稀に魔族領から流れてくる魔鉱石しか入手手段が無いんですよ。精錬出来る人も今は少なくなってしまっているのも原因ですが…」
…あぁ、確かたまに人間と接触してる魔族を断罪したりしてたっけ?
アイツらが魔鉱石を流してたのか…なるほど、人族の中では魔鉱石は貴重なのね。
「貴重なのは分かりました、…それでも、出来れば…」
「…分かりました、では責任をもって預からせて頂きます。仕上がりは……3日ほど頂ければ大丈夫かと」
「それでいいですよ、幾らくらいですか?」
「あぁ、それなら今少し鞘から抜いても?」
頷くと店主が鞘から逢魔を引き抜く。
「!……これはまた凄いですね」
引き抜いた瞬間に辺りには血の匂いが充満する。
「一応出来るだけ綺麗にしたんですけどね…やっぱり匂いますねぇ。まぁ戦場だとどうしても手入れが行き届かないんですよー」
「なるほど、道理で…これならば大体銀貨10枚といった所ですね。普通の大剣の場合は、ですけど…」
「それでお願いします!じゃあまた3日後に来ますね!」
これで心配事が一つ無くなったし、ギルドに行くぞー!
「って!お姉さん話はまだ…それに名前を!………行ってしまった…」
…しかしこの剣には驚いた。全て魔鉱石で出来てるのもそうだけど…こんなに使い込まれた剣は見たことが無い。
普通ならここまで使うと剣自体に歪みが出るんだが…これは全く歪んだりしてない。
それはつまり…
「太刀筋がブレて無いって事か…こんなやたらとデカイ剣を毎回ブレずに振るっていうことは凄まじい手練れ…なのか?あんな美人が?……まぁいい、とにかく受けた以上仕事は完璧に仕上げないとな」
彼がフィリアは黒騎士だと気付くのはもう暫く後の事である。