第2話 黒騎士は記憶を無くしたらしい
………………。
………お………………………。
………おい!………………。
んー?うるさいなぁ…
「…ん、んぅ?」
「良かった!おーい!生きてるみたいだぞ!回復術師はこっちに来てくれー!」
うっすらと目を開けると目に飛び込んできたのは人族の男だった
「………っ!?」
慌てて離れようとしたが全身に痛みが走って動けなかった。
「無理すんなって。お前さんの身体至る所の骨が折れてるからな?あんたの装備からして騎士さんなんだろう?」
なんでこの人族は私に優しくするんだろう?私は魔族でしかもあの黒騎士なんだけど……
「…あ、ありがとう、ございます……って!あれ?!」
喋る事が出来る!?嘘?!なんで?!?
咄嗟に腕に嵌めていたガントレットを外して隷属紋を見てみると……消えてる。
「…無い…………!」
っていうかなんか自分の格好がすごく大変な事になっているのに今さら気が付いた。
全身鎧の半分以上が消失して上半身はほぼ下着のみになってるし、その下着もボロキレみたいな状態だった。兜がほぼ原型を留めてたから気が付かなかったけど…流石に鎧が完全だったら黒騎士ってバレてるか。
「あー、大丈夫か??出来れば叫んだりはしないでくれると助かるんだが……あらぬ誤解を招く恐れがな…」
…まぁ、別に見られたからと言って騒ぐつもりはないね。ただし襲ってくるなら話は別だけど。
「ふぅ、あんたが物分かりのいい人で良かったぜ。とりあえずこのマントで隠しときな、意識がもどらなけりゃ元々それで包んで回復術師のとこに連れていこうと思ってたからな」
というかこれは一体どういう状況なんだろ?隷属紋が消えてるのもだけど、明らかにあの時自爆したから生きてるなんて事があり得る筈が……
考えていたら誰かが近付いてくる気配がしたから思考を中断する。
「おや…これは酷い。すぐに回復しますからね」
そういって回復魔法……これは中級のミドルヒールか…
「ある程度の怪我は治ってるはずだけど……どうかな?」
言われて身体を確認すると、確かに殆どの怪我は治ってた。
だけどあの勇者くんから刺された傷だけは完全には治ってないね。
「ありがとうございます、お陰で大分楽になりました…」
頭を下げた時に気が付いた
「あの…お名前は…?」
そう、名前を聞くのを忘れていた。
なんという失態、長年喋ってなかった時の弊害が出た。
私は礼儀を忘れない女の子なんだ。………あ?女の子って年かって?気持ちは永遠の少女なんだよ!
「あぁ、これは失礼を。私はこの部隊で回復術師をやっていますショーンといいます。そしてこちらが…」
「俺がこの部隊…南方守備隊第27小隊隊長のアーガストだ。よろしくな」
手を差し出されたので握り返す。…身体を動かせるって本当に素敵だよね!
……あれ?そういえば私は普通に名乗っていいんだろうか??人族の部隊に普通に名乗ったら私って捕まっちゃうんじゃないかな?…いや、よく考えたら私の名前って知ってる人の方が少ないじゃん。
お姉ちゃんと軍団長と外道魔王…位しか知らないと思う。
問題は色々あるけれど、今は普通に名乗っておこう
「私はフィリア・スカーレットです、助けて頂いてありがとうございます」
感謝の気持ちを込めて最高のスマイルをプレゼントしておく。
…よし、我ながら素晴らしいスマイルのお陰で目の前の人族は私の虜になったはず!
「お、おぉ?まぁなんだ、とりあえず事情やら聞かなきゃならんのだが…先に着るものをどうにかせんといかんな…」
私を見ながら隊長さん…えーと確かアー…隊長さんでいいや。
隊長さんが私の格好をみてそう言うのもわかる。
男には私の身体は刺激的すぎるから!なんせ魔王ですら虜にした美貌とナイスバディだし。
……うん。あんまり嬉しくもないね。そのせいで長い間隷属生活を強いられてきた訳だし。
「服、なら大丈夫です。予備がありますから」
確か亜空間に何着かシャツとか入ってたしそれ着とくかな。
着替えた後、なんか普通に夜営用の仮説テントに連れていかれたんだけど…状況もよくわかんないしなぁ…本当にどうしようかしら?
「…さて、とりあえずどうしてフィリアさん…だったか?アンタはあんな大怪我をしてたんだ?この辺りは魔族軍の拠点もないし、近くで戦闘があったなんて報告もなかったが…」
よし!記憶が所々無いって事にしておこう!そう!私は記憶喪失…記憶喪失…記憶……
「なんかあんまり覚えてないんですよね。黒騎士にレグルス平原で襲われたのは覚えてるんですけど…」
ちょっと儚げな感じを醸し出しながらそう言ってみる…我ながらナイス演技!といえるだろう。
「レグルス平原だって?確かにレグルス平原では昨日大規模な作戦を実行したって話だったが…しかしなぁ…ここはレグルス平原から馬車でも10日以上かかるヴィトアニア皇国の国境付近だぞ?俄には信じられないんだが」
うん。疑われてますね!…というかヴィトアニア皇国ですって?!何でそんな遠くに居るんだろ??
ヴィトアニアっていったら私が戦っていたレグルス平原から山一つ越えた所じゃないか…もしかしてあの自爆でここまで飛ばされた??
「すいません…それ以上は本当に分からないんです………自分の名前とかは覚えてるんですけど…」
なんとか無理矢理記憶喪失説を押し通そう!そして早めにここから離れたい。
「いやいや、疑って悪かった!一応俺も仕事だから聞いただけなんでな。黒騎士と戦って無事に生きてるだけでもフィリアは幸運だった、それが記憶と引き換えだとしてもな」
おぉ、私はこの隊長さんが好きになったかもしれない!なんだかこの優しい感じが軍団長と同じだ。
「とりあえず今日は休んでくれ。明日には補給物資を商隊が運んでくるから帰りに乗せて貰える様に言っておくから」
「…助けて頂いて本当に感謝しています、貴方に武神ライデルの御加護があらんことを」
「…あ、あぁ。寝る場所はこのテントの真正面にあるテントだ、そこは女性だけだから安心していいぞ」
ヒラヒラと手を振る隊長さんにもう一度頭を下げてテントを出る。
外はすっかり暗くなり夜空には月が出ていた
「……自由になれた…けど、これから先どうしよう…」
これから大変だけどなんとかするしかない…だけど当面の目標は決まってる。
魔王を倒してお姉ちゃんを助け出す!生活の基盤を整える!…あと結婚したい!
うんうん。目標があれば大丈夫!まずはこの目標…結婚はまぁ別としても他を達成出来れば晴れて私は本当に自由になれる…かな?私は元黒騎士……だけどこれからは自由に生きてみたいって思ってもいいよね?