究極3Dプリンター
西海ペットセンターは、まるで訪れる者を拒むようにF山の麓の樹海の中にあった。
そこに至るまでは、何とか車一台が通れるような道らしきものはあったが、ネットの航空写真で見る限り、舗装もされておらず、四輪駆動車でなければ無理だと思わせるような道だった。
その道への分岐点に到着してから、これ以上進むのが無理だとなったら、妻の華子に文句を言われるは分かっているので、あらかじめレンタカー屋で四輪駆動車を借りなければならなかった。自分の小遣いから出すレンタカー代は痛い出費だったが、華子にくどくどと文句を言い続けられることを考えたらましだと思えた。
久瀬太郎は、慣れない四輪駆動車のハンドルを力強く握りしめながら、悪路と格闘していた。時折、車が大きくバウンドする。その度に、妻の華子が「ひいっ」と小さく悲鳴をあげる。そして、「なぜ、こんな道を通らなければならないのよぉ」と文句を言う。西海ペットセンターに連れて行ってくれと頼んだのはお前じゃないか、と太郎は心の中で思いながらも、前方をしっかり見据えて運転を続けた。
太郎が、西海ペットセンターのことを知ったのは華子からだった。その華子も彼女の友達から聞いて、その存在を知ったという。
西海ペットセンターについては、ネットで検索してもヒットすることがなく、その存在自体が秘密にされているような感じがあった。当然、ネット上では、その場所も存在理由も全く分からなかった。
では何故、華子が嬉々として太郎に聞き及んできた西海ペットセンターのことを話したのか。その理由は、一週間前に遡る。
一週間前に長年飼っていたペットのワードが死んだ。
妻の華子は結婚してから、自分の体型が変わるのが耐えられないという理由をつけて、子供を欲しがろうとしなかった。その代わりとしてワードと名付けたシーズー犬を自分の子供のように可愛がっていた。可愛がると言うより、華子はワードを溺愛していた。旅行をする際も、ワードを連れて行けない場所には、ワードが可哀想だからと行こうとしなかった。
それだから余計にワードの死は華子にショックを与えた。いわゆるペットロスという症状だった。食事も満足にとらず、虚ろな目をしてリビングのソファに腰掛けている毎日が続いた。もしかして精神疾患を発症しているのではないかと思われた。
そんな時、いつも集まっていた女友達が、華子からの連絡がないことを心配したのか電話をくれた。そして、西海ペットセンターのことを教えてくれたのである。
西海ペットセンターの具体的な事業内容は、友達もよくは知らなかったが、そこに行けば死んでしまったペットに会えるという、オカルトめいた噂があることを教えてくれたらしい。太郎はその話を華子から聞いた時、そこには数多くの動物を飼っていて、その中から死んだ自分のペットと似たようなペットを選ぶことができるのではと勝手に解釈していた。
本音を言うと、太郎としてはペットロスにある華子の方が都合が良かった。華子は家事を何もしないような状態になったが、これはそれまでの日常とそんなに変わりがなく、むしろ御近所の悪口をうるさいほど聞かされるよりはましだった。
しかし、華子が連れて行ってと頼んだことは、連れて行けという命令に近いものであり、太郎に拒否権はなかった。
何しろ、華子は太郎の親会社の社長令嬢であり、そんな華子に一目惚れされたのが運の尽きだった。結婚前の華子は、美人で清楚な女性に見えたのだが、いざ結婚してみると自分勝手な我の強い女だと分かった。華子と結婚したことで会社での地位は上がったが、太郎は華子に対して対等の関係を保つことが難しくなった。
「もう、いい加減にしてほしいわ! 」
華子の毒づく金切り声にうんざりしながら、太郎は四輪駆動車を前方へと走らせた。
悪路と格闘すること40分ばかりして、ようやく薄緑色の建物が見えてきた。
薄緑色の建造物は、よく目を凝らさないと周りの木々の緑に紛れてしまって、建物に気付かないほどだった。樹海の中にあることや、そこに至るまでの悪路、そして保護色に塗られた建物の外壁など、やはり西海ペットセンターは世間から隔絶した感があった。
太郎は建物の前にある5台分ほどの駐車スペースに車を止めた。先に降りて助手席側のドアを開けてやる。
「揺れすぎて身体がどうにかなりそうだったわ」
イタタタと大げさに腰の辺りをさすりながら、華子が車を降りた。
「本当にここで間違いないのかな……」
太郎は不安げに呟いた。
「大丈夫よ。私の友達の千香ちゃんが教えてくれたんだから。実はね、千香ちゃんのお友だちもペットを亡くして落ち込んでいたらしいの。でも西海ペットセンターに行った翌日には元気を取り戻していたらしいわ。きっと、亡くなったペットに再会できたのね」
華子は、そう言ってから何かを思いついたかのように瞳を輝かせた。
「そうよ、再会したのよ。きっとそうだわ。だって、こんな所にあるのに西海なんて名前が付いているのが変に思ったのよ。きっと西海と再会の語呂合わせだわ」
華子は興奮したようにまくし立てた。
「そんなに期待しない方が良いと思うけどな。だって死んでしまったワードが生き返るはずはないから」
華子がキッと太郎を睨みつけた。
「そんなの分からないじゃない。科学は進歩しているのよ。死んでしまったペットを生き返らせることぐらい可能になっていてもおかしくはないわ」
死んだものを生き返らせることが無理なことは子供でも分かるはずだが、興奮している華子に何を言っても無駄だと知っている太郎は反論しないことにした。
「とにかく中に入ってみよう」
そう促して、太郎は入り口らしい扉の横に付いているブザーを押した。
建物の中からの返事は無かったが、扉がひとりでに開いた。
扉の奥には、上下紫色のスーツを着た長身の男が、笑みをたたえながら立っていた。
「ようこそ、当西海ベットセンターへ」
そう言って男はうやうやしく礼をした。
「ご予約の方ですね」
男は太郎に向かって言った。
「あ、いや、別に予約とかは……」
太郎が口ごもると、男は「あ、失礼しました。私の勘違いでした」と言って続けた。
「新規のお客様ですね。お名前をよろしいでしょうか? 」
「久瀬太郎と妻の華子です」
男は手に持ったタブレットを操作し、「はい、久瀬様ですね。確かに手続きを完了しました」と言った。
「あら。簡単に手続きが済むのね。便利だわ」
「はい。当西海ベットセンターではお客様のことを第一に考えております。お客様をお待たせすることは失礼ですから。では、久瀬様、どうぞこちらへ」
男が『ペット』ではなく『ベット』と言っていることに太郎は不安を感じたが、華子は気にも止めていないようだった。
太郎と華子は、男に案内されて廊下を進んだ。廊下の両側には幾つかのドアがあったが、どこからも動物の鳴き声などは当然のように聞こえてこず、静かだった。
一番奥まった部屋のスライドドアが自動で開き、3人はその部屋に入った。
「ここが、当西海ベットセンターのメインの部屋、出力室です。そして、この部屋の中央に置かれているのが、当西海ベットセンターが開発した究極3Dプリンターです」
男が指さした方を見ると、そこには約5メートル四方の立方体をした白い箱があった。箱の材質は何で出来ているのかは分からなかったが、つやのある滑らかな表面をしていた。そして、その箱の上部からは、いくつものコードが出ていて、それが天井付近で束になり、そのまま天井に開いた穴の中へと消えていた。
「この究極3Dプリンターの特徴は、物質を構成するものを原子レベルから解析し、同じように再構築できるという点にあります。当然、そうやって複製されたものは、オリジナルと全く同じになるのです」
男は頼まれもしないのに究極3Dプリンターなる機械の説明をした。華子は、男の言った意味が理解で
きないのかぽかんと口を開けていた。
「では、ご契約内容の確認、あ、いや、失礼。ご契約の手続きをいたしますから、そこの椅子にお座り下さい」
男に促され、太郎と華子は部屋のすみに置かれたテーブル席に座った。男が二人の真向かいに座り、パンフレットを広げた。パンフレットには、飼い主と遊んでいる犬の写真が載っており、Aコース、Bコースというように太い文字が書いてあった。コースの説明文らしきものも小さな文字で書いてある。
「ご契約いただく内容は、3コースに分かれております。Cコースは、ただの置物として製作するものです。これには命、すなわち生命はプリントアウトされませんので、お値段は5万円とお安くなっています。次にBコースは、生命もプリントアウトします。ですからプリントアウトされたものは生きて動きます。ただし、それまでの過去の記憶などはプリントアウトされません。その分、お値段は200万円とお安くなります」
「ふーん、案外高いのね」
200万円という金額を提示されたにも関わらず、華子がさほど驚いた様子を見せずに言った。
「最後にAコースですが、これには過去の記憶も一緒にプリントアウトされます。ただし記憶のコピーには特別な入力装置と出力装置を使用しますので、少々お値段がはります」「おいくらかしら? 」
「お値段は1000万となっております」
「ふーん。まあ、それくらいの値段になるのは仕方ないかもね」
華子の中では、もうCコースにするのが決まっているのだろう。まだ年若い太郎の家には1000万円もの蓄えはないが、華子が社長である自分の父親に借金を頼み込む腹づもりでいることが予想できた。
「すいません。このSコースというのは? 」
太郎は、パンフレットのAコースの説明が書かれている下にあった、Sコースと書いてある部分を指さしながら言った。
「ああ、すいません。Sコースの説明を忘れておりました。これは、特別な事情をお持ちのお客様に対するサービスが付いたものです。決してスペシャルの頭文字のSではございません。Aコースをお選びいただいたお客様が、何らかの御事情がある場合に、当西海ベットセンターがサービスとして取り組ませていただいております。例えば、自分勝手で、」
「ああ、そうだったね。ワードは可愛かったが、エサは決まって高級ツナ缶のツナが入っていないと食べなかったし」
太郎は、慌てて男の言葉を遮って言った。
「あら、そんなの自分勝手とは言わないわ。ワードは血統書付きの犬よ。高級なエサを食べるのは当然の権利だわ」
華子が怒ったように言った。死んでしまっても、ワードの悪口を聞かされるのは嫌らしい。
自分には犬には食べさせていた高級なツナ缶も、あなたには贅沢だと言って食べさせてくれなかったじゃないか!
太郎はそう思ったが、口には出さなかった。
「特別な事情と言えば、僕たちの犬のワードはもう荼毘に付していて、小さな骨のかけらぐらいしか残っていないのですが、それでも大丈夫なのでしょうか? 」
「はい、大丈夫です。ですが、ワードというその犬のことを一番可愛がっていらした方に協力をしていただくことになります。つまり、この部屋の隣にある入力室にお一人で入っていただき、3Dプリンターの出力が終わるまで、犬の姿形や色々な思い出を思い出していただかなければなりません」
「それが終わるまでに、どのくらいの時間がかかるの? 」
華子が質問する。
「ざっと見積もっても2時間はかかります」
「2時間もかかるの! 疲れそうだわ」
華子がチラッと太郎の方を見た。あなたがやってよ、と言わんばかりだ。
「一番可愛がっていた者じゃなければいけない理由は何ですか? 」
太郎は華子の視線を外しながら訊いた。
「はい。他の方が行いますと、どうしても他の記憶が混ざったりして、完全じゃなくなります。完全じゃなくても良いと思われるならかまいませんが、ひどい場合には前の性格と180度違うものになってしまうこともあります」
男の説明に華子がふうとため息をついた。
「仕方がないわね。ワードに再会するために私が我慢する」
我慢するも何も、おまえがやるべき事だろう!
そう思ったが、太郎は自分の感情を抑えた。あと2時間後には、そんなことも思わなくてすむようになるはずだ。
「では、Sコースで進めてもよろしいですね」
男が太郎に同意を求めた。
「はい、Sコースでお願いします」
太郎が返事をする前に、華子が言った。
「では奥様は入力室の方へ」
男が華子を促し、隣の部屋に消えた。
5分ほどして出てきた男は、太郎に向かって笑顔を見せた。
「奥様の入力の準備が出来ました。これから究極3Dプリンターによる出力を行いますが、久瀬様がお望みだった付加サービスを全て行っても宜しいですか? 」
男の質問に深く肯きながら、太郎は「はい。お願いします」と言った。
「では、お望みの通りに」
男が持っていたタブレットを操作した。20秒後、ブンという振動音と共に、白い立方体の究極3Dプリンターが小さく揺れ始めた。
「本当にあそこに行って良かったわ」
にこやかな笑顔を見せて、華子が食卓に手作りのディナーを並べている。
「あなたのおかげよ」
華子が太郎の頬にチュッとキスをする。
西海ペットセンターから帰ってきてから、もう1週間近くが経つというのに、華子はいまだに太郎への感謝の言葉を口にする。よほど嬉しかったのだろう。
その太郎も、幸福を感じていた。華子の料理の腕は、まだ上達していないが、キッチンでレシピ本とにらめっこしながら、楽しそうに手料理を作っている華子の横顔を眺めていることにも喜びを感じた。
二人で向い合せにテーブルに座り、夕食を食べる。華子が作った野菜サラダの中に、かつてワードに食べさせていた高級ツナ缶のツナが入っていた。
「このツナは、ワードが好きだったよな」
太郎が言うと、華子が、「ワードって何? 」と首を横に傾げて訊いてきた。
「ワードって、君が飼っていた…」
言いかけて太郎は思い出した。ワードに関する記憶も削除してもらったことを。今の華子にはワードのことを問いかけても意味がない。
ワードに再会できると期待した華子が、西海ペットセンターに行くことを望んだとき、太郎は初めにネットで調べてみたが、どこにも西海ペットセンターのことは出ていなかった。
そこで、太郎は華子の友達である千香に連絡を取り、そこから更に西海ペットセンターに行ったという人物にコンタクトを取ることができた。連絡をくれたのは、その夫の方だった。その夫は、西海ペットセンターに関しての情報を他に漏らさないという約束を取り付けたうえで、太郎にとって実に興味深いことを話してくれた。
彼は、実は、西海ペットセンターはペットセンターではなくて、ベットセンターで、『ベット』すなわち『賭け』を意味していること。そして、華子のように『西海』を『再会』と勝手に解釈する者もいるが、西海は究極3Dプリンターを開発した西海グループの名称に他ならないことを先ず教えてくれた。それから、なぜ『賭け』という言葉がついているのか、その意味するところも。
彼によれば、西海ベットセンターを利用する者には、リスクを負う可能性があるからだそうだ。だから、リスクを負うか負わないかの『賭け』が必要になる。彼は太郎にそのことを教えた後で、自分はその賭けに勝って有意義な時を過ごしていることを自慢げに話し、最後に西海ベットセンターとの連絡の取り方を教えてくれたのだった。
華子を分析し、究極3Dプリンターでプリントアウトして、もう一人の華子を製作してもらう際、太郎はオリジナルの華子から色々な部分を削除してもらった。それは、太郎が華子に対して思っていた、彼女の嫌な性格の部分だった。
今、太郎の目の前で優しげな笑みを浮かべている華子を見ながら、自分は賭けに勝てたのだと思った。
そして、一瞬だけ、オリジナルの華子は今頃どうしているのだろうかとも思ったが、華子の「私の料理、美味しい? 」との問いかけに、「ああ、美味しいよ」と答え、オリジナルの華子のことはそれ以降考えもしなかった。




