7 ギルド・クラッシャーの誕生
やっと、ギルド・クラッシャー登場です!
目の前の惨劇を前にしたアルスの頭に浮かんだのは――
どうやったらエルテッドの仇を討てるのか? というものだった。
当然、憎悪の情が頭を支配している。
エルテッドを殺したあのヘル・グリフォンを血祭りにあげてやりたいとも感じている。
それでもアルスは数年を冒険者として過ごしていた。
すでに冒険者的な思考が身に付いていた。
(自分と同じDランクのエルテッドが即死するだけの敵だ。今の自分が戦っても確実に同じ目に遭う。エルテッドの墓を作ることもできない)
敵は間違いなく、なんらかのイレギュラーだ。Dランクのままで、こんなものに勝つことは不可能だ。無意味な戦闘をしても、そこで得られるものなんてない。
もし、三分の一でも勝てる可能性があれば、アルスは突っこんでいたかもしれない。
でも、百分の一すら勝てる可能性が見えないのであれば、話は別だ。
ヘル・グリフォンがアルスを一瞥した。
その目は、どうやら、もうこの人間はこちらを攻撃しないのだなと言っているようだった。アルスが怯えているのを感じたのだろうか。
そのまま、ヘル・グリフォンはエルテッドの死体をむしゃむしゃ食べはじめた。
逃げることだけなら確実にできるのだ。
アルスはくちびるを噛み締めて、きびすを返した。
走って逃げろ!
今の自分にできるのは、それしかない!
ヘル・グリフォンはまったく追ってこなかった。エルテッド一人で充分に腹はふくれたのだろう。
泣きながら、アルスは走った。泣くことぐらいしかできない自分が悲しかった。
その足で町に戻ると、アルスはすぐにギルドに入った。
「Dランク冒険者のエルテッド、ヘル・グリフォン退治中に戦死しました……。俺は同行していたアルスです……」
そんなこと言いたくないに決まっていたけれど、報告しないわけにもいかなかった。
それが生き延びたものの義務だ。
「そうかい。まだ若かったろうに、かわいそうにな」
受付の男は事務的にそう言った。きっと、ギルド職員からすれば冒険者の死なんて、よくある日常に過ぎないんだろう。
ふと、壁に貼ってあるヘル・グリフォン退治の依頼票をもう一度見てみた。
やはり、見間違いではなく、それはDランク以上の冒険者を対象にしていた。
●
翌日、エルテッドの死んだ丘に行くと、ヘル・グリフォンが食べなかった服などがわずかに残っていた。
それを持ち帰って、アルスはエルテッドの葬儀を行った。アルスとほかの知り合いの冒険者達だけが出席した、ごくごく慎ましいものだ。
エルテッドもろくに身寄りがないまま冒険者になったらしく、親族もどうやらいないらしかった。故郷という土地に連絡をしたが、出席者も返事もなかった。
葬儀のあと、アルスは酒場で一人酔いつぶれていた。
(また、一人になっちゃったな)
人生二度目の孤独だった。
一度目は村をモンスターに襲われた時。
大切な人が唐突にいなくなったという点では同じだ。
これからどうしよう。といっても、冒険者を続けるしかないのだけれど。
(あんな依頼受けなければ、今頃、自分達はごく普通に過ごしてたのかな……)
後悔がずっと頭をよぎる。その考えを捨てようとしても、なかなか上手くいかない。
(だいたい、あんなモンスター、Dランクで倒せないよな。もしかして、子供グリフォン退治の依頼だったけど、そこに親が出てきちゃったとか?)
ギルドの依頼がとても信じられなくて、そのことをずっと頭に思い浮かべる。
「いやあ、俺としたことが大きなミスをしちゃったよ~」
そんな声がすぐ隣のテーブルから聞こえてきた。
この声、自分がエルテッドの死を報告した時に受付にいた男のものじゃ……。
「ミスってなによ。あなた、ミスだらけじゃない」
その横の三十歳ぐらいの女もこの町のギルドで見たことがある。二人とも職員なんだろう。
「依頼票を作る時に、『Bランク』を『Dランク』に書き間違えちゃったんだよ」
「それ、全然違うじゃない」
「そうそう。それでDランク冒険者がモンスター退治に行っちゃって、死んだらしいんだよ。あれはまずいことしたな~。ヘル・グリフォンなんてBランク冒険者数人がかりでやっと倒せるような奴なのにさ。そりゃ、瞬殺されるよな」
おい、ふざけるなよ。
そう言ってやりたかったが、ぐっとこらえた。
ここで食ってかかると、かえって証拠をあとで消されかねない。
せめて、ギルド側のミスを追及するぐらいしないと、エルテッドが浮かばれない。
ここは聞くのだ。耐えるんだ。
「その依頼票、どうしたの?」
「ミスに気付いたから、出すのをとりやめたよ。幸い、相手のモンスターは羽があって飛ぶ奴だ。そのうち違う地域に移るから誰も気にせんだろうさ」
「だから、ちゃんとチェックしとけって言ってるでしょ、依頼内容のミスは冒険者の命にかかわるんだって」
「まあ、以後、気をつける。でも、過ぎちゃったことはしょうがないからな」
自分に降りかかる罪のことも忘れて、この男を斬殺しようかどうか、アルスは本気で迷った。それぐらい、はらわたが煮えくり返っていた。
話はやがて終わったらしい。
アルスは翌朝すぐにその町を旅立った。目的地はその州にある大きめの町だった。そこにあるギルドは地域統括ギルドで、エルテッドを殺すミスをした地元ギルドの上に当たるのだ。
まず、ここに来たのは地元のギルドではいくらでも証拠を隠されると思ったからだ。
当然、アルスはギルド職員のミスを訴え出た。そして、ミスをした職員に対する制裁を求めた。
しかし、一週間後、伝えられた調査結果は「何も問題はなかった」というものだった。
Dランクで出した依頼票などはなかったということを言われた。そんなことはないと言ってもとりあってもらえなかった。ギルド側は調べた結果と言い張るだけなのだ。最初からBランク依頼が出ていただけだと言うのだ。
「じゃあ、なんで俺達はDランクなのにモンスター退治に向かったんですか! おかしいじゃないですか!」
それはBランク依頼をDランク依頼と勘違いして受けて、そのまま職員もスルーしてしまったものと解釈された。かなり強引な説明だが、間違いないのは、ギルドは職員を守り通そうとしているということだった。
顔見知りの冒険者達にも非法を訴えた。彼らは同情してはくれたが、それ以上のアドバイスをアルスにすることはできなかった。
「ギルドっていうのは、そういうところなのさ。所詮、組織ってもんは組織の内部の人間を無理にでも守るんだ」
安酒場で年上の冒険者はそうアルスに言った。その日の酒は年上冒険者がすべておごると言っていた。
「わかった。じゃあ、王国の裁判所にでも訴えます」
アルスは次の手段に出るつもりでいた。
エルテッドのために、まだ自分はやれることがある。
「悪いけど、無駄だからやめとけよ」
「だって、悪いのはギルドなんですよ! 別にエルテッドを返せとは言ってない。でも、せめて謝罪ぐらいしてもらわないと、あいつが浮かばれない……」
「そんなことはみんな知ってるさ。でも、お前はDランクの一冒険者だ。一方でギルドは王国中にある巨大組織だ。王国に税金だって献金だってたんまり払ってる。裁判所がお前の味方をしてくれる可能性はゼロだ」
年上冒険者の言葉は正論だった。
一冒険者ががなりたてたところで何も動かないに決まっている。
「エルテッドを死に追いやった奴を裁くことも俺はできないんですか……」
「だったら、お前が裏で制裁を加えるしかないだろうな。闇討ちにでもしろよ」
その年上冒険者の言葉はあくまでも、そういう無茶なことはできないだろという意味のものだった。
しかし、言ったあとにアルスの反応を見て、ちょっとしまったと思った。
アルスの目がそれを真に受けているように思えたからだ。
「そうか……。合法的な方法が無理なら非合法にやればいいんだ……」
「いやいや、あくまでも、今のは言葉の綾だ……。お前は助かった命で何か立派なことをやればいいんだよ。それこそ、死んだ相棒も願ってることさ」
その場はアルスもそれ以上のことは言わなかった。
「俺だって、担当者をすぐに殺そうとか、そんなことは考えてないですよ。さすがに、もっとこの命をまともに使いたいですし」
でも、その時、アルスの生き方は決まったのだ。
自分はギルドの悪を討つために人生を捧げる。
それこそ、自分の村やエルテッドみたいな被害者や犠牲者を減らす唯一の方法だ。
次回は夜の更新予定です!




