2 闇に生きる男
悪を斬ります。
「い、いったい、何者です……!?」
「本名ならとうの昔に捨てた。通称ならギルド・クラッシャーということになるな」
トリアネーラはいよいよ寒気がした。
ギルド・クラッシャー、聞いたことがある。
なんでも、ギルド内で悪事を働く人間を見つけて、制裁を加える男だということだが……。
いや、自分が何をしてきたか外に広がっているとは考えづらい。これは何かの間違いだ。
「そのギルド・クラッシャーさんが何のご用ですかね?」
「お前はギルドの依頼を不当に安い値段に変えて、弱者の冒険者を食い物にしている――その罪状に間違いはないか?」
おかしい。なんでそれがばれている?
まさか、愚鈍そうに見えた職員の中に密告者がいたのか?
あるいは職員が変装しているのか? 全身鎧で、鉄仮面までつけているから何者かさっぱりわからない。
しかし、そんなことをこの鎧の男に尋ねれば藪蛇だ。
ここは誤魔化しておくしかない。
「そうですね。たしかにこの町の依頼票はほかの町と比べても安いです。ですから、値段だけを見ればおかしいと思われるかもしれません。ですが、それはこの町にあまり上等ではない冒険者が多いからなんですよ。私の責任ではないんです」
ウソいつわりにはトリアネーラは自信があった。
「つまらない依頼の取り合いをやっているので、こちらもあまり出す必要のない、モンスター退治の依頼を出さざるをえません。本来は放置してもいいようなモンスターを退治するなんていう依頼ですと、報酬もしれたものになる、そういうことです」
「ならば、どうしてお前が自分のふところに着服する余剰分が生まれるのだ?」
何もかもばれている。
トリアネーラもさすがに焦った。
もし、このことをギルド内部に告発されたら、自分の身は危うくなる。細かく調べられればクロであることはわかってしまうのだ。ギルド内の資料は操作できても、冒険者に聞き込みをすれば、答えは出るだろう。
しかし、これですぐにパニックになったりはしない。
ギルド・クラッシャーを名のる男は鎧に身を包んではいるが、一見、武器を持っていないように見える。
そして、今は夜。人通りもなく、見ている者もいない。
この男を殺せば自分を告発する者もいなくなる!
トリアネーラはそうっとナイフを抜き、すぐに体の後ろに隠した。
他人を殺すことで悪事の露見を防げるなら、平気でそういうことをする。トリアネーラはそういう男だった。
トリアネーラも多少のナイフの心得はあった。実のところ、過去に一度、ばれそうになった時に同僚の女をナイフで恫喝したことがある。女はふるえながら何も言わないと約束した。トリアネーラは手切れ金として三十万ゴールドほど出してやった。
ただし、今度は本当に刺さないといけないが。
ギルド・クラッシャーは仮面をしているが、首元はずいぶんと空いている。あそこにナイフを刺しこめば殺害は可能だ。
「ああ、どうやらひどい誤解を受けているようです。どうか、こちらの話を最後までお聞きください。そうしていただければ、きっと真実をご理解いただけるかと」
おもむろにトリアネーラはギルド・クラッシャーに近づく。
この闇だ。こちらがナイフを出していることなど気付くまい。
「これは口外できないことですので、どうかお耳を貸していただけませんか」
ギルド・クラッシャーも話を聞くつもりになったのか、少しかがんだ。
よし、思うつぼだ。
そして、トリアネーラはナイフに力をこめて、振り下ろす!
「さあ、死ねえ!」
だが、そのナイフは簡単に振り払われ、地面に転がった。
黒づくめの男の手が動いている。手で払いのけられたらしい。
「今の行動でお前が悪であることがはっきりとした」
ギルド・クラッシャーと名乗った男はたんたんと言った。
「鉄仮面をしている割には、首元がずいぶんと空いていただろう。俺を殺そうとする人間なら、ここを狙いたくなるはずだ」
「ち、違うんです! 今のも何かの間違いで……」
これまでさんざん人を騙してきたトリアネーラもこれには弁解の言葉が上手く出てこない。あまりにも露骨な行為だったからだ。
やむなく、トリアネーラはきびすを返す。
とにかく、この場を離れるのだ。別に相手はギルドの関係者でも何でもない。あいつの言葉が信用されない可能性もある。まずはこの場を離れるのが最善の――
何か違和感のようなものをトリアネーラは感じた。
それが何かわからぬままに体が地面に倒れた。
「あれ……血がやけに出てい……」
すでに彼の体は斜めに切り裂かれていた。
間違いなく、致命傷の一撃だった。あまりにもきれいな太刀筋なので、痛みもろくに感じていなかった。
だが、黒づくめの男は剣を持ってないように見えたが……。
しかし、そんなことはもうどうでもいい。事実として、トリアネーラは切られていたのだ。そして、このまま死ぬのだ。
そんなおぼろげになる視界の中にまた黒づくめの男が入る。こちらまでまわりこんできたのか。
「剣がなくとも敵を切り裂く力を俺は手にしている。まともな冒険者はもちろん持ってない技だが、あいにく俺はとっくにまともな冒険者であることなどやめてしまった。きっと、友人を殺されたその日からな」
そういえばギルド・クラッシャーは闇の刺客だという噂もあったはずだった。
「トリアネーラ、お前が私腹を肥やすことぐらいはどうでもいい。俺もその程度で腹を立てたりはしない」
ギルド・クラッシャーの顔はわからないが、おそらく無表情だろうなとトリアネーラは感じた。
もっとも、高笑いをされたところで、もはやトリアネーラもなんとも思わなかっただろう。自分が死ぬとわかった時点で怒りとか憎しみといった感情を抱く余裕もなくなっていたのだ。
「しかし、お前が値段を操作したせいで、路頭に迷った人間が何人もいる。その中には、高利貸しに金を借りた挙句、返せなくなって、モンスター討伐に出て死んだ者もいる。その時点でお前のやったことは殺人とほとんど変わりがない」
最後に黒づくめの彼はこう言った。
「だから、俺が罪を贖わせた」
その時にはトリアネーラは息絶えていた。
「遅くとも明日には誰かが気づくだろう。きっと、手厚く葬ってもらえるさ。俺の家族達とは違ってな」
ギルド・クラッシャーは再び闇の中へと入って、消えていった。
●
金に困っていた冒険者が、後日またギルドに来た。
そして、依頼票を見て、すぐに目を大きく見開いた。
モンスター討伐の依頼の報酬額が倍近くになっているのだ。
「こ、これはどういうことなんだ……? この国でものすごくインフレでも進んだのか? その波がやっと田舎町にまで来たっていうのか……?」
当然、わけがわからず、受付をしていた若い女の職員に尋ねた。長らく一万ゴールドを超える求人を受けることなどなかった気がした。それが一万五千ゴールド近いものになっている。
「実はですね……」
ギルドとしては恥ずかしいことだからなのか、わずかに職員は顔を伏せた。
「先日、このギルドの職員が何者かに殺されたのですが、そのあとに引き継ぎのためにその職員の机を確認したところ、自分の裁量で依頼額を大幅に減額して差額分を着服していることが明らかになったのです……」
「つまり、これまで俺達は安すぎる値段で働いてたってことか?」
「そういうことになりますね。あの、過去のお仕事履歴から、未払いになっているとわかる分に関しては支払わせていただきますので、お名前を教えていただけませんか……?」
その冒険者が減額されていた依頼数は百件ほどにものぼった。かなりのまとまった額の金を受け取ると、冒険者は一度家に帰ることにした。これだけの金を持って、モンスターのところに行くわけにもいかない。単純にかさばって邪魔だ。
思わぬ臨時収入に妻も喜ぶことだろう。
しかし、よくわからないことがある。
トリアネーラを殺したのはいったい誰なのだろうか。
自分みたいにあの男を恨んだ奴なのだろうか。
「まあ、天罰が下ったってことなのかもな」
個人の恨みではなく、天の怒り、そう冒険者は解釈することにしたのだった。
もしかすると、その発想は真相に案外と近いのかもしれない。少なくとも、トリアネーラを殺したことでギルド・クラッシャーには一銭の利益も出ないはずだから。
次回はギルド・クラッシャーの幼年時代です。夜11時頃に更新できればと思います。




