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1 悪徳ギルド職員

今回と次回で時系列的に現在のギルド・クラッシャーが出てきます。そのあと、ギルド・クラッシャーの生い立ちを書く予定です。

「なあ、いくらなんでもこの大サソリの討伐依頼、安すぎやしねえか?」


 ギルドの受付で青い顔をしているのはいかにも冒険者といった身なりの男だ。剣士の装備にマントを羽織っている。


 だが、体はどこか貧相で、ほおも少しこけていた。

 冒険者はいつ死ぬともわからない身分だから稼いだ金は豪快に使う人種だが、この男の場合、そもそもろくに金も稼げていないようである。


「こんなんじゃ、ちっともお金がたまんねえよ……。もっと報酬金額を上げてくれよ……」


「冒険者さん、よくよく考えてみてください。世の中には、需要と供給のバランスっていうのがあるんですよ」


 その冒険者に対して、表面上はにこやかに応対するのは40歳ほどの受付の男だ。


 名前をトリアネーラという。

 冒険者と比べると、なかなか血色のいい肌をしていたし、恰幅もよかった。


「この町は規模の割に冒険者の方がたくさんいるんです。となると、安くても仕事をしたいという方もどうしたって多くなるわけです。とくに、大サソリ退治なんてやれる人が多い仕事はどんどん安くなっていくんですよ。つまり、これは経済法則の結果なんです。あなたをことさら意地悪しているわけじゃないんですよ」


「それはそうかもしれねえ……。だけど、だけど!」


 唾を飛ばして冒険者はしゃべる。


「八千ゴールドっていうのは安すぎる! 回復薬だってこっちで出してこの額じゃ、干上がっちまうよ! 俺には妻も子もいるんだ! 食っていけねえ!」


 この世界でのお金の単位、ゴールドはだいたい日本円と同じぐらいだ。八千ゴールドは八千円程度である。

 ただ、回復薬は高く、千ゴールドや二千ゴールド、飛んでいくことも多い。


 それにモンスター退治の依頼に毎日ありつけるわけでもない。先に誰かにとられることだってあるし、モンスターの数が減れば依頼もなくなってしまう。

 なので、半人前の冒険者は経済的に困窮している例が少なくなかった。


「そうですか。おつらいようですねえ。奥さんやお子さんに働いてもらえばいいのではないですか?」


 なおも受付のトリアネーラは笑みだけは絶やさずにいる。


「働けって言われても、妻は二人目の子がおなかにいて身重だし、子供も四歳だし……」


 遠くの村では子供を間引いているケースもあるという。冒険者の男はそんなことはしたくなかったが、とても次の子を育てるお金が捻出できる算段はできていなかった。


「そこまではこちらでは面倒を見られませんよ。とにかく、今の冒険者の相場はこんなものだということです」


「で、でも……」


「でももへったくれもありません!」


 いきなり、トリアネーラが大きな声を出した。


「それだけ冒険者がつらいならほかの仕事をすればいいんです! そもそも、冒険者なんて腕っ節がよければ誰だってはじめられる職業です。若い頃遊んでいた人間がそのままやりだすケースだって多い。足に大ケガでもすれば、廃業です。不安定なのは当たり前です。それをあなたは選んでるんだから、仕方ないんです!」


 冒険者は反論する元気もなくなったのか、肩を落としてとぼとぼと背を向けて帰っていこうとする。


「ああ、お待ちください、お待ちください」


 そんな冒険者にトリアネーラは受付から飛び出して肩を叩いた。


「な、何なんだ? あんたに抗議したって無駄なことはわかったよ」


「今日、明日が困るほどにお金がないんですかい?」


「そうさな、子供に買ってやる服の金もないんだよ……。小さな子供はすぐに成長するからな……」


 そこでトリアネーラは声を小さく押し殺した。


「だったら、この町のはずれに、一度に十万ゴールドまでお金を貸してくれる店がありますよ。そこで借りればいいです。ギルドに登録されてる冒険者なら誰でも貸してくれるはずです」


「け、けど……それって高利なんじゃねえのか……?」


「その分、またモンスターを討伐して稼げばいいんですよ」


「そ、そうかな?」


「服も買ってやれない亭主と思われるよりはいいんじゃないですかね?」


 冒険者の男は力なくうなずいて、ギルドの建物を出ていった。


「いいことをすると気持ちいいですねえ」


 トリアネーラはまた笑みを浮かべて言った。



 ――その日の夜。

 もう、ギルドの仕事も終わったような時間。


 そのギルドの中でトリアネーラは近くの主要都市のギルドから送られてきた依頼内容を確認していた。


 町のギルド単位で依頼を出すこともあるが、多くは近くにある大きなギルドが周辺地域の依頼を管理している。小さな町にまでギルドの内部に詳しい職員を置く余裕がそんなにないためだ。


 この町もトリアネーラより詳しい職員はいない。ほかの者は事務の補助がやっとという立場だった。


 置かれている依頼票には――


<森の大サソリ討伐報酬金額 一万五千ゴールド>


 と書いてあった。

 冒険者が受け取った八千ゴールドと比べると大幅に高い数字だ。


「この一件で七千ゴールドも稼げるんだから、楽なもんですねえ」


 にやにやと気味の悪い笑い方をするトリアネーラ。


「この小さな町に冒険者が飽和しているというのは事実。だから、ちょっとばかし安い値段をふっかけても飛びついてくるとは思っていましたが、まさか本当にこうも上手くいくとは」


 そう、彼は本来の依頼価格を不当に下げていたのだ。


 そして、上のギルドには正規の額で依頼を出したと報告する。すると、差額分を着服でいるというわけだ。


 もちろん、ギルド本部から監査でも来たらばれるかもしれないが、このギルドには自分ほど熟達している人間はいない。だから、誤魔化すことぐらいはいくらでもできる。


 そもそも、上のギルドから来る元の依頼を確認しているのもトリアネーラだけなので、ほかの者はまったく気付いてない。


「この調子ならまだまだ稼げますねえ。貯めて、貯めて、少し早く引退してもいいかもしれませんねえ」


 これこそ、一番効率よくお金を稼ぐ方法だ。


 冒険者みたいに命懸けで金を稼ぐなんて本当にバカなことだと彼は信じている。


 自分はギルドにいるだけでいくらでもお金が降ってくる。三下の冒険者達は依頼を安くしたところで、しょうがないから、結局仕事を受ける。


「そういえば、あの冒険者は友達の金貸しのところに金を借りに言ったんですかねえ」


 金貸しともトリアネーラはつるんでいる。

 生活苦の冒険者に金貸しを紹介して、そこでまた金を巻き上げるのだ。

 金貸しは冒険者くずれの男がやっていて、かつてBランク冒険者まで達したなかなかの実力者だ。


 ちなみに冒険者のランクはS、A、B、C、D、Eの六段階で、どうしようもなくて、くすぶっているような連中はだいたいがD止まりだった。元Bランクの男が脅せば刃向かうこともできない。


「どうせ、そのうち金のために無理して高レベルモンスターに挑んで死ぬんでしょうけど、世の中は弱肉強食、弱い者は淘汰される運命ですから、しょうがないですね。それまでにできるだけ生かさず殺さず巻き上げてやりますよ」


 他人事のようにトリアネーラは笑った。


「どうせ、冒険者なんてネズミみたいにいくらでも湧いてくるんですから、弱いのが消えても問題ないんですよ。冒険者の数の調整もギルドの仕事です」


 さて、依頼の改竄のほうはできた。明日にはまた本来の報酬額より大幅に低い依頼票が出る。


 どうせ、ここのギルドを使うのは地元密着のしょぼい冒険者だから、よそのギルドとの比較だってできやしないだろう。まともな冒険者なら、弱小モンスター退治だなんてしょぼい依頼などどうせ見もしないから、やっぱり気付かない。


 こうして、「残業」を終えたトリアネーラはギルドを出ると、ゆっくりと夜道を家に向かって歩き出した。


 ギルドは町のはずれにあるので、しばらくは薄暗い道を歩く。


 繁華街に入ったら酒場で一杯やるかとトリアネーラは思った。冒険者達が飲むものよりはるかにいい酒をトリアネーラは飲むのが常だった。


 だが、そんな暗闇の奥に誰か立っている者がいる。


 見たところ、黒の鎧に全身を包んだ冒険者のようだ。黒い鎧だから、余計に闇に溶けこむのだろう。


「お前、ギルド職員のトリアネーラで間違いないか?」


 その鎧の男が尋ねた。


 びくりとトリアネーラはした。


「い、いったい、何者です……!?」

次回は21時過ぎあたりを予定しています。

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