神功の目覚め~終~
「今の私は、テンテン。だからこそ、テンテンとしての望みがある」
何も無い、虚空。そこに響いてきた声に、毅然としてテンテンは叫ぶ
「それは?」
「うーん、テンテンらしくあること、かな」
一瞬間を置いて、カラカラとした笑い声が響いた。
「随分ふんわりとしているな、だが、そうか」
「そうだよ」
一体誰と話しているのか、テンテンにはなんとなくわかっていた。
テンテンに言い切られてしまった声の主もまた、少し考える風に嘆息して、しばらく沈黙が続く。
「ならば、お前と相見える時を楽しみにしていよう、それまで我が一部預けておくぞ」
「ありがとう、次会うときは絶対に倒してやるから」
テンテンは笑ってそう応えた。
「小娘が! 我を侮ったことを後悔させてやろう!」
光の粒が集まって、龍の顔を象ったかと思うと、笑うように口を開けて、しかしそれは次の瞬間にはテンテンの中へと吸い込まれるようにして消えていった。
待っているぞ――
その言葉を残して。
----------------------------------------------
鬼面の男――榊が一歩踏み出したとき、テンテンを覆っていた黒い鱗に亀裂が走り、間をおかずにバラバラとはがれていく。
刹那、金色に輝く波がテンテンを中心に発せられ、それは波紋の様に広がっていった。
その光は雲を晴らし、龍泉郷から遥か地上、天空都市イスカからでもはっきりと見える輝きだったという。
光の波を至近距離から受けた榊はあまりの風圧に思わずのけぞってしまう。同時に、あちらこちらから呻き声が上がり、龍泉郷の上空を仰げば、鬼面の者達が投げ出されるのを見て取ることができただろう。
不思議なことに、この波は榊達鬼面の者だけに作用し、しかしジオ達や宣夜の者達を暖かく包み込んで回復すらさせた。
光が収まると、そこにいたはずのテンテンの姿はなく、波を耐えた榊が気がついて、思わず辺りを見回す。
「どこみてるのさ!」
その声に、榊が見上げれば、いつの間にか昇った月の光に包まれて、小さなシルエットが屋根の上で佇んでいる。
「テンテン……!」
拳を硬く握り締め、榊が血走った目でその様を睨んだ。
「よくもまあ、私がちょっと寝ている間に好き勝手やってくれたものだよ」
凛とした声が響く。それはテンテンのものに間違いなかった。
「テンテンさん!」
「テンテン様!」
光の波に癒されて、ようやく立ち上がったジオや雪月達、そして追いついてきた劉崩や虎崩までもが、テンテンを見上げていた。
「それが神功か?」
ジオ達を意にも介さず、榊はテンテンを見据えたままで呟く。
「さあね」
「ふっ……ふははははっ! まあいい、貴様ごとその神功とやらをいただく!」
高笑いしながらも、榊のドス黒い気はどんどんと増していく。
その気配に思わずジオ達六人も応戦体制を取る。
「手をださないで。 こんなやつ、私一人で充分だ!」
ニヤリ、テンテンが口角を上げたように見えた。
「ほざくな! 内功だけの女が!」
榊が呻く様に全身に力を込め始める、ドス黒い気がさらに膨れ上がっていった。
「俺の内功は既にお前を超えている! 俺の酔拳にこの内功が加われば、お前など!!」
叫ぶ榊に、一方でテンテンは、腕組みをしたまま動く気配がない。
「どうした! 俺の内功に恐れをなしたか!!」
黒い気を増幅させていく榊は、狂気を孕んだ目でテンテンを見据え、一瞬膝に力を込めたかと思うと跳躍する。
ただの跳躍ではない、見守るジオ達からは、消えたようにすら見えるほどの速度で、榊はテンテンへめがけて突っ込んでいく。
刹那、鈍い音がして、ジオ達の頭上から何かが落ちてきたかと思うと、派手な音を立てて地面に転がった。
「ぐ……ぐおぉぉっ!!」
土煙が上がる中から雄叫びのような声があがる。地面に転がったのは榊であった。
一瞬の出来事に、ジオ達は呆気にとられてみている。
「いくよっ!」
「ぬぅっ!」
掛け声と共に、テンテンは屋根から飛び降りて、塀の上を軽功のすさまじいスピードで走った。かと思うと、高く跳躍し、榊めがけて急降下蹴りを放つ。
察知した榊は飛びのいてそれを避けるも、テンテンはそこから爆発するように飛び出すと。まだ空中にいる榊に追いつき、その勢いからの蹴りが榊の鳩尾をえぐった。
「ぐはっ!!」
うめき声を上げながら、その勢いのまま壁に激突する寸前に榊はその壁を蹴って反転、壁から反発するように跳躍してテンテン目掛けて再び蹴りを放つ。
察知したテンテンは後ろに飛びのくが、
「遅い! くらえぇっ!!」
テンテンの飛びのく速度よりも速く、榊はテンテンに迫る。それは先ほどのテンテンと榊を逆転したようだった。
「誰が遅いって!?」
しかしテンテンが榊の蹴りを食らうことはない。
そのつま先がテンテンに達しようとした瞬間、腕で榊の踵を押し上げ、瞬間丸見えになった背中へ、
「ナッコォ!!」
膨大な内力が通されたテンテンの拳が榊の背中へ鈍い音を立ててめり込んだ。
カウンターをもろにくらった榊は、声にならない声を上げながら、ナックルチャージの勢いもそのままに地面を何かに引き摺られるかのように転がっていく。
テンテンが飛びのいたのは、榊の蹴りを回避するためではなく、ナックルチャージに内力を通す時間を作るためだった。といっても、それは一瞬ではあるが。
神功、テンテンの今の内功が果たしてそれなのかはテンテン自身にもわからないが、少なくとも目覚めたとき、毒による経絡の損傷は全て消えており、以前よりもさらに膨大な内力を感じていた。
黒炎赤龍の髭によってそれが得られたとすれば、それは龍気とでも呼ぶと良いだろうか。
だとすれば、さしずめ、龍気ナックルチャージとでもいうべきか。
あまりのダメージに地に突っ伏したままの榊を見ながら、テンテンはそんな事を考えていた。
「ぐ……がはっ!」
そこで、ようやく立ち上がった榊は、殺意の篭った目でテンテンを睨む。
「コロス……コロスコロス!!」
ギリギリと歯軋りをして、血がにじむほど握り締めた拳にさらに力を込めた榊から、より一層強く、黒い気が放出され始める。
「コロス!!」
榊が雄叫びを上げると共に、黒い気が爆発するように広がり、それは衝撃波を持ってテンテン達に襲い掛かった。
ジオ達がその風圧にたじろぐ中、テンテンだけは平然として、榊を見据えている。黒い衝撃の中で、エンテンが、キラキラと光る白い靄の様なものを纏っているように見えた。
「ぐぅ……殺してやる……!!」
黒い気を爆発、放出している榊は、その瞳までもが黒く濁っているかのようだった。
「わかってないなあ、”酔いどれ”」
そんな榊の様子に、まったく驚く様子もなく、テンテンは再び腕組みして榊に語りかける。
「内力は爆発させるより、纏ったほうが効率いいでしょ」
その言葉は榊に届いてはいないのだろう、テンテンの言葉に呼応するかのように、黒い気の噴出はより一層激しくなっていく。
「があぁぁぁぁっ!!」
雄叫びと共に、榊が再びテンテンに襲い掛かった。
飛び出したと同時に、黒い気を纏ったナックルチャージを繰り出すが、テンテンは拳を紙一重でかわし、その腕を掴むと榊の足を払う。が、察知した榊は腕をつかまれたままテンテンごと跳躍、足払いを回避すると同時にその腹目掛けてつま先で蹴り上げた。しかしそのつま先は再び掴まれて、今度はテンテンが両手をクロスさせると、榊の天地はひっくり返った。
なす術もなく、頭から落ちる榊だったが、すんでのところでテンテンの手を引き剥がし、きりもみすると両足で着地する。
この攻防ですら一瞬で、ジオ達の目ですら、ようやく追える程度だった。
「がっ!?」
次の瞬間には、テンテンの拳が榊の頬を捉える。その威力に思わず呻く榊だったが、その一発からは最早一方的だった。
頬を殴られた榊が向き直るやいなや、反対側に拳がめり込む。さらに拳を振りぬいた勢いのまま、体をひねりながらの空中踵回し蹴りが榊の側頭部を強打した。榊の体制が崩れると同時に着地したテンテンは次に榊の顎目掛けてアッパーを振りぬく。意志に反して天を仰いだ榊の目に飛び込んできたのは、小さな足、その踵。だが、その小さな足は規格外の威力で榊の顔面に振り下ろされた。
ジオ達には最早、ほぼ捉えることが出来ないでいた。テンテンと榊が一瞬動いたかと思うと、パァン! と小気味よい音がそこに鳴り響いて、榊が仰向けに倒れている。
既に黒い気の放出はなく、榊の意識は途切れていた。




