神功の目覚め 3 ~内力~
そもそも、テンテンにとっては、WWFは新しい世界だった。
自分がかつて思い描いた事を、バーチャル空間とはいえ、実現できた。
猛スピードで走る。
空を飛ぶ。
どんなところでも料理を振舞う。
そして、皆の助けになる。
現実世界において、何一つなしえなかったことが、このWWFでは実現できた。
顔も見た事もないけれど、何故か繋がっている感じを得られて、嬉しかった。楽しかった。
バーチャルだったはずのこの空間が、五感を感じることのできる現実になったときは、怖いと思う反面、ワクワクもできた。
自分がやりたいこと、できること、やってきたこと、それが全て現実になったのだ。
「望みが全て現実になる? ならば今のお前の現実は?」
現実は、ただのお荷物だ。
内力が使えなければ、何一つまともにスキルを使えない自分は、ジオ達どころか、NPCである老師や雪月にまで迷惑をかけた。
「それが、お前の現実か。しかし、それがお前自身なのだろう」
そうかもしれない。現実は、ただ何もせず、思い描く事をWWFという新しいフィールドで実現させただけで、そもそもテンテンというキャラクターは自分であって、自分ではない。
今、ここで、何もできずに、ただ皆が傷つくのを見ているだけの自分こそが本当の自分なのだろう。
「ならば、それもまたお前の望みなのか?」
そうかもしれない。それでも――
それでも、テンテンならば、どうしただろう。
痛い体を引き摺ってでも、榊達に抗っただろうか?
――現実は、老師や雪月に助けられ、逃げることしか出来なかった。
自分自身で、内力復活のために龍の髭を取りにいっただろうか?
――現実は、諦めた。ジオやゼルがとりに行くと行かなければ、諦めていた。
それはテンテンではなく、まさに自身の意志だ。
なら、テンテンならば?
テンテンだったらどうした?
自分が作り上げたこのテンテンという人物なら、どうしたのだろう?
テンテンなら、今、何を望むだろう?
「お前の望みはなんだ?」
望み、それは――
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劉崩老師、虎崩、そして榊の攻防は熾烈を極めていた。
ジオとゼルがようやく龍泉寺にたどり着いたとき、劉崩老師も虎崩も肩で大きく息をしながらも榊に向かっていく。
榊はと言えば、無傷と言ってよい。攻防を続けるうち、まるで無限に湧き出るような力の奔流を感じていた榊は、じわりじわりと劉崩老師と虎崩を追い込んでいっていた。
「どういうわけか、これは! 彼奴の内力は未だ衰えぬ!」
虎崩が悲痛な面持ちで叫ぶ。まるで底が見えない内力に虎崩に焦りの色が浮かんでいた。
一方で莫大な内力で自身の体を変化させ、互角に渡り合っていた劉崩ですら、その内力を酷く消耗し、その体格は徐々に元の小さな体格へと戻り始めていた。これが虎崩の焦りを加速させる。
二人がかりでさえ、最早防戦一方になってきているのに、劉崩が内力を消耗しきってしまったら、一人で目の前の難敵を押さえ込むことなど不可能だとわかっているからだ。
方々から未だ戦いの音が聞こえてくる。
精鋭ぞろいの宣夜でさえ、鬼面の者達相手に苦戦しているようだった。
「どうした? もう終わりなのか?」
榊がニヤリと口角を吊り上げる。
「バカな! これからよ!」
虎崩が槍を向けて、大仰に応えるが、既にその息は荒い。
「ふふ、その意気やよし。面白くなってきた所だ、簡単に死んでくれるな――」
邪悪な笑みを湛え、榊が構えを取ったその時。
「む……」
「なんだ!?」
劉崩と榊が同時に声を発した。
二人は同時に何かに気付いて、榊は辺りを見回して、一方劉崩は深く目を閉じる。
(これは……神功? いや……神功などよりももっと強い何かを感じる)
劉崩は、自分や目の前の榊とは別の強い気配を感じていた。
荒々しく立ち上る、それでいて優しく包み込むような強い気配。神功と呼ばれる、かつて劉崩が手にした膨大な内功とは趣が違っている、しかしその強さは自分の神功をも遥かに越えて、さらに膨れ上がっていく。
「神功……本物の神功の目覚め、とでも言うのか?」
「なにっ」
劉崩の言葉を聞き逃さなかった榊が声を荒げる。
「神功、だと? ならばそれは俺がいただく!」
言うが早いか、榊は気配を感じたほうへ走り出す。
「いかん! 奴をいかせるな! これは恐らく――」
確信を得ていた劉崩が叫ぶと同時に走り出す。一瞬遅れて虎崩も走り出した。
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黒い鱗に覆われたテンテンから内力の炎が噴出している。
その様子に、ガニスと雪月が目を剥いて見入っていた。
「すさまじい……すさまじい気の流れを感じます……」
ピクリとも動かないテンテンから放たれる内力の奔流に、雪月はやがて恍惚の表情を浮かべ始める。
「ああ……テンテン様、やはりあなたが……」
立ち上る内力の炎を見上げ、雪月はまるで崇めるかのように両手を広げた。
「これは……一体?」
そこへジオとゼルがようやく現れる。
「ジオ様、ゼルギウス、テンテンさんに髭を煎じて飲ませたところ、このような事に」
ガニスがテンテンから目を離せずにそう応えた。
「いかにも覚醒って感じだな」
独りごちるゼルもまた、テンテンから目を離せない。
テンテンから立ち上る内力の炎はより一層強く噴きあがり、やがて一瞬龍の形となって霧散した。
四人は龍の咆哮を聞いた気がした――
「それをよこせええぇっ!!」
そこへ金切り声を上げながら、鬼面の男が現れた。
男は、軽功の速度をもって、一直線にテンテンへと蹴りの構えで突っ込んでくる。
「いけない! ダークネス――」
ジオが危険を察知して迎撃体制に入るが、男のスピードに間に合わず、その蹴りをもろに食らうだけになってしまった。
「ジオ!」
「邪魔をするな!!」
すぐさま龍人モードに入ったゼルが、吹き飛ばされたジオに回復をかけると同時に、速度が緩んだ男とテンテンの間に割ってはいる。
「がっ!」
両腕をクロスして男の蹴りを受け止めたゼルだったが、そのあまりの威力に怯んでしまう。
そしてそれを見逃す男ではなかった。
蹴りを受け止められた男は、その場で足を回転させ、怯んだゼルを回し蹴りで横へ吹き飛ばす。
着地して、再び地を蹴り、テンテンへと向かおうとするが、再び邪魔が入った。
男の前で、雪月が大きく息を吸い込み、咆哮の構えを取り、ガニスが男の後ろへ回りこんでその動きを封じようとする。
「邪魔だあああ!!」
しかし、男はすぐさまガニスの足を捉え、目の前の雪月へ向かって投げ飛ばす。
「ガニス様!」
「撃て! 雪月!」
投げられながら、自分もろとも咆哮するようにガニスは言うが、雪月はそれに応えずそのままガニスを受け止める。
「どけええっ!!」
投げた速度と、ほぼ同じ速度で走り出した男は、ガニスを受け止めた雪月もろとも蹴り飛ばした。
二人が壁にたたきつけられ、土煙が上がる。
気付けば、男とテンテンの間に立ちふさがるものはもういなかった。
「これが、これが神功か!!」
鱗に覆われたテンテンから立ち上る内力の炎を見て、男が歓喜の声をあげる。
「これを……これを手に入れれば!!」
歓喜に震えながら、男が一歩踏み出したその時。
ピシ……
テンテンを覆っていた黒い鱗に亀裂が走り――