神功の目覚め 1 ~鬼面の襲撃者~
黒炎赤龍には完全に逃げられる形となってしまった。
宣夜、闇鬼、アサシンメイド達の活躍でダメージが蓄積していたにせよ、更なる力を手に入れたジオとゼルの功労は大きい。
“ダークネスインストール”のジオと“龍人モード”のゼルは、軽功にも似た素早さで龍を翻弄し、同様にまるで内力を宿しているかのように、虎崩やガニスを凌駕する力で黒炎赤龍に重い一撃を加えていく。
そしてついに黒炎赤龍の髭を切り落とす事に成功する。
龍はその痛みにのた打ち回り、やがて洞窟の奥へと逃走していった。入り口を落石で完全に塞ぐ事によって、ジオやゼルの追跡さえ不可能にしたのであった。
「これが……」
龍に逃げられ、ふさがれた洞窟の入り口で立ち尽くすジオとゼルの後ろで、切り落とされた龍の髭をまじまじとみるガニス。
龍の巨体に見合うその巨大な髭はジオによって切られた断面だけでガニスの背丈より高い。無論全長は言うに及ばず。
「これをテンテンさんに……よし」
ガニスは短刀を取り出すと、龍の髭からの採取を始める。
部屋の入り口では負傷者の治療が行われているが、重傷者は少ないようだが、その中でもモモは内傷が深く危険な状態だという。
「テンテンさんほど酷くはないのですが、この場では応急手当しかできません。劉崩老師並みの注力ができれば調息も可能なのですが……」
治療に当たった者の説明を受けながら駆けつけたゼルが、うめくモモを歯がゆい表情で見ていた。
「あっ、髭! 龍の髭なら――」
「いえ、あれは恐らく彼女の内力に対しては強すぎて逆に危険です」
髭を採取しているガニスの方を振り向くも、治療者は難しい顔でゼルの言を遮った。
「とにかく今は一刻も早く劉崩老師の下で診てもらうのが一番です」
内傷に対して、治癒魔法はほぼ無力といっていい。その事をテンテンの件で思い知っていたゼルだから、ただ見守ることしかできないことに顔をしかめるしかなかった。
髭の採取を終え、怪我人の応急処置も終わった所で、撤収作業に入る一同であったが、そこへ飛び込んできたものがいた。
「大変です! 師兄!」
あちらこちらに傷を負ったその人物は、治療に入ろうとするものを押しのけてさえガニスに向かって叫ぶ。
「謎の仮面の一団が『神功をよこせ』、と襲ってまいりました! 劉崩老師以下宣夜が全力で対処に当たっていますが、思わぬ苦戦を強いられています!」
「なんだって? 老師が苦戦?」
その者がもたらした話は、すぐに信じられるような話ではなかった。何より老師をして苦戦を強いられる相手という人物が思い当たらない。
しかし、ガニスはすぐさま考えを改める。
老師が危険ということは、テンテンの身も危ない。
ジオやゼルもまた同じ考えにたどり着いたらしく、二人は顔を見合わせると走り出した。
「傷を負ったものはここで完治させよ、軽症の者だけついてきてくれ!」
ガニスもまた、そこにいた者に指示を飛ばし、二人の後を追って走り出した。
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宣夜にて。
鬼面と対峙する宣夜所属のNPC達。鬼面達が十人足らずなのに対し、宣夜の面々は百人に近い人数を揃えている。
にもかかわらず、宣夜の面々は目の前の数人から立ち上るドス黒いオーラに迂闊に動く事ができないでいた。
(あの一人一人がまさに達人級の内功……まさか本当に……)
中央で対峙するものたちを見比べながら劉崩老師は眉を顰める。
ここにいる宣夜の者達は、確かに研鑽を積んでいる猛者たちだが、一握りといわれる達人の領域に達しているものは少ない。
まして、目の前の鬼面のものの一人一人がテンテンに勝るとも劣らない使い手ばかりだと見抜いた老師にしてみれば、弟子達が百人いても二百人いても果たして止められるかどうか考えあぐねいていた。そして、ここを預かるものとして弟子達に被害をもたらすわけにもいかない。
今いるものでまともに戦えるものは雪月を始めとして鬼面と同じ数ほどしかいない。残りの達人級を虎崩に同行させたのが裏目に出てしまっていた。
(間がよすぎる……)
まるで時間が止まってしまったかのように双方微動だにしない。
「雪月!」
劉崩老師のその檄が開幕の合図だった。
「ああああああああああ!!」
劉崩老師の声と同時に思い切り息を吸い込んだ雪月が雄たけびを上げる。この世のものとも思えない甲高い声は、最初のそれとは比べ物にならないほど空間を揺るがして、同時に声の塊のような見えない塊が鬼面の面々を襲った。
「く……内力を通したシャウトにこのような使い方があるとはな!」
一際ドス黒いオーラを纏った男が、一瞬怯んだように見えて、けれどすぐにニヤリと笑う。
「うおおおおおおおおおっ!!」
低く、轟くような声とともに、男から波紋が広がるように衝撃波が発せられる。
「なっ!?」
その威容に雪月は驚嘆の声をあげていた。
雪月が放つシャウトは獅子の咆哮と呼ばれるもので、直接ダメージの他、対象の行動を阻害するバインドの効果を持っていた。だが、今雄たけびを上げた鬼面のリーダーと目される敵はそのバインドにかからないばかりか、自らの雄たけびをもって鬼面の一団のバインドを解いてしまったのだ。
「行くぞ……!」
その男は腰に下げたとっくりをもつと、その中身を一気に飲み干す。そこから一気に跳躍し、雪月目掛けて急降下してくる。
一直線に降りてくる男、その速さに雪月は反応が遅れもはやその一撃を防げる体勢にはなかった。
「酔拳か!」
そこへ割って入るように躍り出てきたのは劉崩老師であった。
「むっ」
急降下してくる男に向けて掌底を打ち込む。
だが、男は空中で身を翻しその掌底を回避して見せた。そのまま宙返りをして地面に降り立つ。
「ご老体が無理をするものではない」
「やはりその禍々しき功、魔功じゃな」
対峙する男と劉崩老師。その周りでは、すでに鬼面の者と宣夜の面々が戦闘に入っていた。
「雪月!」
老師が叫ぶと共に雪月は建屋に向けて走り出す。そしてその老師の声を皮切りに男が一歩踏み出す。
次の瞬間、男の拳と老師の掌が火花を散らした。
「おぬしはどこでその魔功を手に入れた?」
拳を受けながら老師は男を睨む。
「天より貰い受けた!」
「馬鹿な」
受けた拳を掴み、そのまま捻切るように男の腕をひねる。男はその力に逆らわずその場でくるりと回転し、その勢いを受け流した。
「ハッ!」
今度は男が掛け声と共に掴まれた拳に力をこめた。
「むぅっ」
内力が拳を伝わって老師の中に流れ込んで、そして流れ込んだその力はやがて体内で爆発――
「流石に達人の中の達人……!」
ぼやきながら、老師の力が一瞬緩んだ隙を逃さず男は飛びのいた。
老師に打ち込まれたのは発勁。男のもつ膨大な内力はみるみる老師の腕を侵食し、やがて爆発を起こすはずだった。
しかし、老師はそれを自身の内力で包み込み、吸収してしまう。
こころなしか、小柄であったはずの老師の体が一回り大きくなったように見えた。
「女は逃げたか……いや、まさかあの先に?」
「余所見をしている場合でもなかろうて」
雪月が走り去った建屋に一瞬気を取られた男の目の前に老師の拳が迫っていた。
「くっ」
それでも常人を越える速度でその拳に反応し、弾く。だが一瞬の事とはいえ、老師の一撃で体制を崩された男は、間髪入れず繰り出されてくる老師の攻撃に防戦一方となってしまっていた。
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「テンテン様!」
ジオ達が出発した直後から、安静にと寝室に横たわっていたテンテンを呼ぶ声が響く。それ以前から外の騒がしさに気付いてはいたのだが、経絡に治療針を打たれていたので指一つ動かせないでいた。
目を開くと焦燥に駆られた雪月の顔があった。
「ここから退避します。現在謎の集団の襲撃を受けており、危険です」
状況を説明しながら針を解除していく雪月。
「今の私じゃ足手まといにすらならないもんね。申し訳ないけど老師やみんなの厚意に甘えるよ」
「……誰しもがその時に戦える術を持っているわけではありません。それができれば確かに理想的ですが……休息が必要なときだってあります。テンテン様が今まさにそうなのでは?」
「けど……」
「今、老師や私達"宣夜"が戦っているのは、そういう宿命だからです。けれど、テンテン様の宿命は、今はそのときではない、そういうことにしておきましょう?」
雪月はそうテンテンに微笑んで、最後の針を抜いた。
「どうするんだい?」
四肢が動くことをかみ締めるように確認したテンテンが、傍に畳まれてあった自分の上着を羽織り、雪月に問いかける。
「ガニス様たちと合流しましょう。あちらには宣夜の精鋭もおりますし」
「わかった」
雪月の提案に大きく頷くテンテン。だが、そこへ轟音と共に部屋の壁が破壊され、二つの影が飛び込んでくる。
小柄な影が一つ、テンテンと雪月の前に飛び跳ねるように躍り出て着地し、その後ろから小柄な影の二倍はあろう大きな影が破壊された壁の欠片を押しのけながら現れた。
「ほう……これはこれはテンテンさん」
大きな影はその部屋にいる三つの人間を見回し、最後にホビニムスの少女に目を留めて、低く、唸るような声でその名を呼んだ。
その声に、テンテンはどこかで聞いた声、と記憶を探りながら、同時に傍の雪月と、自分達の前に躍り出てきた小柄な影――劉崩老師の状態を確認して、影を見据える。
既に壁が破壊されたときの砂煙は収まっていて、その影の巨躯と異様な鬼の仮面がはっきりと見えていた。
「……"酔いどれ"?」
「御名答」
男は嬉しそうに口角を吊り上げた。
「知り合いか」
テンテンの前、構えを取ったままの老師はところどころに傷を負ってはいたものの、男から視線を外すことなくテンテンへ問いかけてくる。
「少し、ですかね」
頷きとともにテンテンも構えを取ろうとするが、それを雪月が制した。
「いけません、テンテン様」
「そうじゃ、いかん。ここはワシに任せて――」
老師が一瞬視線を外した、その一瞬でテンテン達の前にいた男――"酔いどれ"榊は間合いを詰めて劉崩老師に襲い掛かっていた。
「ふおっ!」
その一瞬だけ反応が遅れた老師は榊の拳を弾く事ができず、防御以外の選択肢を奪われてしまっていた。そして榊の拳はその防御毎老師を弾き飛ばした。
「な、なんという!」
「これはとても丁度良い。神功と、そしてあなたを手に入れることが出来る」
弾き飛ばされた老師は床板へとめり込むほど強く叩きつけられ言葉にならぬ言葉を吐く。
一方の榊はそんな老師よりもそこにいたテンテンを見据えた。その瞳は酷く濁っているように見える。
「な、なんということだ……内力からの技がすさまじい速度で洗練されていっておる……」
老師が咳き込むと同時に口から血を吐き出して驚嘆の声をあげていた。
「に、逃げろ……雪月、テンテン!」
呆気に取られる雪月とテンテンを一喝し、老師が割れた床板から弾ける様に飛び出す。
「”宣夜”の代表……この程度のものか」
だが、老師の意表をついたはずの突進すら榊は受け流してしまった。
「見える、見えるぞ。伝説の老師……大した事はない!」
濁った瞳で、凶悪な笑みを浮かべる榊。
老師の繰り出す拳、蹴り、その全てが弾かれ、流されてもはや有効な打撃を与える事ができていない。一方で榊は余裕の笑みを浮かべつつも、一切攻撃はせず老師の攻撃をいなすのに専念している。
いつでも倒せる、榊の表情はそう物語っている。
「酔いどれ……キミは」
「テンテン様!」
どうにか加勢できないものかと隙を窺いながらテンテンは構えを取るものの、それだけで内傷がうずき、痛みが走ってふらついてしまい、雪月が慌てて駆け寄って支える。
「テンテン様、今は」
「く……」
目の前では老師が自分達と榊の間で攻撃を繰り出してはいるが、そのどれもが避けられ、いなされてしまっている。それは決して老師の本気などではなく、テンテンと雪月に累が及ばないように時間を稼いでいるように見える。そして榊がその事に気付いている様子はなかった。
けれど、それはテンテンに、自分が枷にしかならぬ現実を見せ付けるようでもあり、痛みと悔しさに顔をゆがめるテンテン。
「行け!」
激しい老師の攻撃を依然いなす榊。その榊が老師に対して抱いた慢心が一瞬だけ隙を見せる。
老師が叫ぶのと雪月がテンテンを抱えて軽功で走り出したのは、ほぼ同時であった――




