ログアウト2
「ゼル、お前も気付いたのか。」
「ああ、ジオ。これは由々しき問題だぞ。」
「もしやと思って、戻ってみたらやっぱり二人も気付いていたかー」
「そうですよ、私、つまずいただけで死んじゃうんですよ!」
いや、そうじゃない、とジオ、ゼル、テンテンの三人はモリーティアを見る。半目で。
「あ、あれ?」
盛大にツッコミをいれたいところではあったのだが、モリーティアのいうことも尤もで、多分ツッコミを入れただけで瀕死か、下手すると死んでしまうだろうから、その場の誰もが突っ込みたい気持ちをぐっとこらえる。
「何分で1時間だっけ?」
「1分だ。」
疑問符を浮かべているモリーティアを尻目に、ジオの疑問にゼルが答える。
「ってことはだ、もし仮に時間経過が前のまんまだとして、そしてもし仮にアデーレさんが帰ってこれるとして、アデーレさんが戻ってくるのは…」
「およそ6日弱ってとこだねー」
今度はテンテンがジオの言葉を続ける。
ゲームでは現実の世界と時間の進み方が異なる。
一応ゲーム内でも時間の概念があって、暦もあり、それによって決まる事も多い。
そしてゲーム内での1時間は現実での一分、つまり一秒が一分となっている。
それによって、時間が進みゲーム内での暦で3000年を越えると再び2900年に戻り、100年をループすることになっている。その間勿論ユーザーのキャラは年を取らない。
けれど、リアルログインが起こっている今、それがどうなるかも定かではない。
現在、2985年10月5日。
コンソールに表示される時間は一分ごとに時間を刻んでいる。それは現実の1秒とはとても思えなくて、体感する時間はそのままだという事を4人に確信させた。
「とりあえず2時間、待ってみる?」
もしも現実と同じ時の進みであれば、アデーレは2時間後に戻ってくるかもしれない。
そしてもし、時間の流れが現実と異なるのであれば、6日後に戻ってこれるかもしれない。
けれど、それはログインできればの話だ。
現状はわからないことだらけだから、情報は多いほうが良い。
ジオの提案にゼルとテンテンの二人はうなずいた。
「じゃあ、最初の予定通り、2時間後にここで落ち合おう。」
三人はうなずきあって、街の様子を確認するために3手に別れるのであった。
「ちょ…私は!?」
完全にのけ者にされたモリーティアの叫びが辺りに木魂するのであった。
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「ジーオー、ひどくない?ジーオー!」
街の様子を確認に来たジオの後ろをモリーティアがぴたりとついてくる。
「よぉ、モリモリさん。今度いい鉱石が入る予定なんだぜ?」
「あ、モリモリさん、昨日いい織物が入ったんですよー」
「モリモリさーん、また一杯買ってってくださいねー」
不服そうな顔をしながら歩くモリーティアにNPC達が声をかけてくる。
(どういうことだ?)
声をかけられるたびに愛想笑い、いや愛想苦笑いを振りまくモリーティア。
この状況にジオは困惑していた。モリーティア自身が気付いているのか居ないのか、あるいはモリーティアの事だからモリモリさんとNPCにまで呼ばれている事に不服で気付いていないのかもしれない。
NPCが自分たちの名前を呼んでいるという事実に。
それはつまり、現実となったこの世界で、NPC達にもまたユーザーであるジオ達への記憶があるということになる。
それは至極当たり前のように思えるが、ジオにとっては驚くべきことなのだ。
本当に現実化してしまったと改めて実感させる事実だからだ。
しかし、まだ望みはある。アデーレがログアウトできたことによって、いざとなればログアウトができるという希望が持てるからだ。
しかし、その一方でもしアデーレが帰ってこなかった場合、再ログインできない可能性があるばかりか、アデーレが無事にリアルに戻ったという保障すらなくなってしまうのだ。
モリーティアと共に街を歩いていると、ユーザーらしき一団がいて、ジオもモリーティアもそれを遠巻きに見ていたが、その一団の何人かが突如として消えていった。
どうやらログアウトしたらしい。
傍らにいたその一団の人間には止めている者もいるが、やはり残る人間とログアウトする人間に分かれているようだった。
「ね、ジオ、あれって」
「ああ、多分ログアウト派とそうでない派で試しているんだろうなぁ」
モリーティアも同じように一団を見ていたらしい。
二人は一瞥してそこを離れた。
マハリジの街は広い。
中央広場には各都市やダンジョンの近くへと転送するテレポーターが設置されてあり、そこから6つの区画へと延びる道路が整備されてある。
街を上から見下ろせば、中央広場から衛星のように6つの区画が規則正しく並んでいる事が見えるだろう。
北から時計周りに、大聖堂、商店街、東居住区、港、西居住区、職人街となってあり、モリーティア達がいつもたまり場にしているのは職人街のハズレだ。
このうち、ジオ達が向かったのは大聖堂方面だった。
因みにモリーティアは西居住区に自分の家を持っている。
WWFではハウジングシステムがあって、物置にとモリーティアは即決で家を買っていたのだ。
さらにはゲームの中では微動だにしなかったのだが、メイドと執事という設定でNPCをおいてあったりする。もう一つの仕様として、家をフレンドなどに解放する事ができ、共有の物置スペースにする事も可能になっている。また、入室を制限することも可能となっていた。
モリーティアの家の一室には、ジオ、テンテン、ゼル、そしてモリーティアの共有スペースの中でも、この何年間かで溜め込んだレアアイテムが収納してある部屋があるが、それはまた別の話。
一方ゼルは東居住区の方に着ていた。広場からの通路にはNPCの配置もなく、ユーザーらしき人物と出会うこともない、静かな住宅街だった。
そもそも家を買うユーザーは少ない。冒険や探検、ボス狩りなどをメインとしている人のほうが多いことと、家自体が莫大な費用が掛かる上に、維持費もまた掛かってしまうというおまけまでついてくるのだから、ハウジングシステム実装当初は抽選になるほど土地の買い手があったものの、今では其のほとんどが空き家と化していた。
結局遠巻きに家管理用のNPCを見たくらいで、他に出会う人物もなく、これといった異変もなく、東居住区から街の東門へと続く道へとゼルは歩いてきていた。
大きな東門が見えてきたところで、ゼルは二つの人影に気づいた。
一つは子供の様にちいさくて、もう一つはその2倍はある。
どうも小さい方が大きい方に噛み付くように文句をいっているようだった。
なんだか厄介ごとの予感を覚えたゼルはそこから回れ右して立ち去ろうとする。
だが――
「ちょっとまって!そこの君!」
小さい方の影がまだ遠くにいるゼルを指差して叫ぶ。
「うげ、シャウト!?」
シャウト――スキルの一つでそのまま大声をだす修練。敵を怯ませたり、気合を入れて攻撃力をあげるなどのバフやデバフに富んだスキルだ。
小さい影の方がゼルに向かって叫ぶと同時にシャウトを発動したようだった。
そのシャウトは"ハウリング・スクリーム"という技で対象に衝撃波を飛ばして足をすくませる。
もろにくらってしまったゼルは足がすくんでしまい、その場に立ち止まってしまった。
「あ、君もユーザーなんだね?丁度良かった!このおじさんに言ってあげてよー!」
駆け寄ってきたのは本当に小さい、小学生かあるいは中学生でも小さい方になるであろう位の背丈の女の子で、特徴的なのはうさみみをつけていることくらいか。
しゃべりながらもうさみみがぴょこぴょこと動いていた。
「薬の材料取りに行こうとしたら、子供が一人じゃだめだ、ていうんだよ?ボク、子供じゃないし!」
すくんだままの足で振り返ると、うさみみ少女の後ろには鎧を纏ったおっさんがいる。
モンスターの進入や、おたずねものの進入を防ぐために門や要所に設置されていたガーディアンNPCだ。
その実力は非常に高く、特化型の高レベルプレイヤーにも匹敵する強さ。
そのおっさんは困った顔をして、うさみみ少女同様にゼルに助けを求めてきた。
「ゼルさんからも何か言ってくださいませんか?この子グリフォン谷に薬草取りに行くって聞かなくって…」
「子供扱いスンナ!」
ふしゃーと歯を向いておっさんを威嚇するうさみみ少女。
ようやく足のすくみ効果が薄れてきて、ゼルはため息をつきながら立ち上がった。
「わかったわかった。とりあえずガードさん、この子は俺が預かるわ。」
と、ゼルはひょいとうさみみ少女を小脇に抱える。
「すいませんね、お気をつけて!」
おっさんはにっと笑ってサムズアップ。
「ちょ、なにすんの!セクハラよ!ちょっ!?」
うさみみ少女はゼルの小脇に抱えられたまま手足をじたばたとさせる。
「ちょっ、暴れんな。大丈夫お前みたいなちんちくりんに興味はねぇ!俺はグラマラスなナイスバデーが好みなんだ!」
「セークーハーラー!!」
大声でわめき出すうさみみ少女。
「あーもう、『沈黙せよ』乙女。」
「んぐっ…んー!んー!」
ゼルの言葉に突然宙にバッテンマークの絆創膏がでてきてうさみみ少女の口をふさいだ。
そのゼルの手には触媒が光を放った残滓。またシャウトを使われても困るし、それがガードに誤爆でもしたら、その圧倒的な戦闘力はゼルでは相手にならない。
(しっかし、これじゃうさみみ少女誘拐犯だなぁ)
成り行きとはいえ、絵面的に犯罪だなぁ、と思いながらも暴れる少女に一言。
「ガードと事は構えるな。殺されるぞ。」
脅し文句も決まって尚更漂う犯罪臭。その一言にぴたりと動きのとまったうさみみ少女は、目に涙さえ浮かべてしきりにうなずくものだから、その犯罪臭をよりあと押しさせる。
(ジオたちになんていおうか…)
ゼルはうさみみ少女を抱えて溜り場へと戻りながら、ジオたちにどう説明するかを考えるのであった。
テンテンは、港へとやってきていた。
港には料理ギルドの支部がひしめいている。
以前運営が、「青空料理研究会」とかいうイベントを開いたときに一気に各ギルドが料理部門を作りこの港へと支部を出した。
理由は単純明快。参加することによってギルド経験値というものがもらえるからであった。
ギルド経験値、とはギルド成長に必要なポイントで、クエストやギルドメンバーのスキル総合値でもらえたりする。
ギルドが成長すれば、専用のダンジョンにいけたり、城をもったり、家が安くなったり、ギルド専用倉庫なんていうものもあったりして、とても便利になるという代物だ。
「青空料理研究会」は、一週間に一度料理を何点か提出するだけで、その料理に応じて結構高いポイントがもらえるというので、各ギルドはこぞって港へと支部をだす事となったのだ。
その支部の一角に「シェフ・メランコ」というレストランがある。
レストランといっても名前だけで、補充された料理を売るNPCが設置された「シェフ・メランコ」というギルドの支部だ。
ここにはテンテンの料理仲間が数人いたのだが、日に日にその数は減って、今では誰もいなくなってしまい、NPCに販売させる料理を補充するのはいつしかテンテンだけとなってしまった。
「あら、テンテンちゃん様」
「え?」
そんなテンテンに声を掛けるものがいた。
テンテンは辺りを見回したがユーザーらしき人影はないし、シェフ・メランコのNPCくらいしか人影は無い。
(というかちゃん様ってなんだ。)
そこでテンテンは、はっとして振り返ると、そこには笑顔でテンテンの顔を覗き込むようにしているエプロンドレス姿の女性がいた。
「うわっ、なんだ?」
「もう、テンテンちゃん様ったら、そんなに驚かなくてもいいじゃないですかー。あ、今日は料理の補充ですか?」
「えっ?えっ…?」
間違いなく目の前のNPCがしゃべっている。しかも自然な笑顔で。
(どういうことなの…?)
目の前のNPC、名前はなんだったか…とにかく、ウェイトレス姿のNPCが自分の名前を呼んで、しかも親しげに話しかけてくる。もう何年も前から知っている旧友であるかのように。
(思い出した、メロンだ。)
このギルドのオーナーでもあり、テンテンの友人でもあったメランコ。そこから名前を少し変えつつ、さらにはメランコが爆乳好きを豪語していたのでこのNPCもまたエプロンドレスの胸のあたりがまるで其の名のとおりメロンの様に盛り上がっている。
シェフ・メランコの爆乳NPC売り子「メロン」。
それがこの娘の名前だ。
そのメロンが生き生きとした表情で話しかけてくる。自律して話すNPC、というよりは既に一人の人間であるようにすら思える。
其の辺りは予想通りなのだが、何故メロンは自分の名前を知っていて、さらにはこんなにも親しげなのか。
それはわからなかった。
「あ、ああ、メロン。とりあえずチャーハンだけたのむな…」
「かしこまりー……はい、確かに受け取りました!貯蔵袋にいれておきますねー」
テンテンは困惑したままであったが、かばんかチャーハンをだすと、メロンはそれをまた自分のもっている袋へと移動させていた。
「じゃあ、あとはお任せくださいー」
そういって巨大な胸を張るメロン。
「ああ…ところで、なんでちゃん様、なんだ?」
「え、だって、メランコ様がいつもそういってたじゃないですかー」
「あ…なるほど」
メロンが発した言葉でテンテンは合点がいった。
彼女にとっては今もこれまでも現実なのだ。つまりテンテンが昔ここでメランコと話したことや、NPCに冗談めかして話しかけたこと、そういうのが全て記憶として彼女の中に残っている、ということなのだろう。
おそらくはメロンだけに限らず、他のNPCも同じようなことになっているのだろう、とテンテンは推察する。
「よし、もどるか。」
「え、もういっちゃうんですか?テンテンちゃん様!」
「あ、あー…メロンや。ちゃん様はやめてくれないかなー。ちゃんでいいよ、ちゃんで。」
「ええー、ちゃん様ってなんか可愛いじゃないですか。」
「いいから、頼むよー」
「ぶー、わかりました。」
不服そうな顔をしているメロンを尻目にテンテンは溜り場へと戻ることにした。