地下水路 1
大聖堂にある図書館にはモリーティアが思っているほど多くの蔵書はなかった。
ガニスの言っていたNPC同士の交流に興味を抱いていたモリーティアは、大聖堂の図書館でそれに関する文献を調べていたのだが、特に詳しい記述は出てこずに少しばかり辟易していた。
出てくるのは世界の成り立ちや、各コミュニティの代表たる英雄の英雄譚や、以前にも調べた遺跡の話など、歴史については胸焼けするほどあるのだが、NPC同士の交流について書かれた本はごくわずかであった。それも英雄譚に連なる話ばかりで、現状での劉崩老師とガニスのつながりといった事も書かれてはいない。
丸一日図書館に入り浸ったのに特に収穫もなくて、こんなことならばジオ達に付いていけばよかったと思うモリーティアであった。
そのモリーティアの隣では護衛代わりのミサが椅子に腰掛けてうつらうつらと舟をこぎ始めている。
「ミサちゃん、ミサちゃん」
「ふぁ?」
揺り動かしてみると、半目を開いて寝ぼけた声を上げるミサ。けれど、次の瞬間鼻ちょうちんが割れた音でもしたかのようにぱっちりと目を空けた。
「はっ、ボク寝てました!?」
「うん」
苦笑いするモリーティアに、ミサが面目なさそうに頭を掻く。
「で、ミサちゃんは何を……え? これって……」
「あ、はい、ボクも暇だったので、ジオさんとかゼルさんとかの話に度々出てくる龍人の話を探してみたんですよー」
「これ、地下水路の話だよね?」
「え?」
モリーティアが真剣な面持ちでミサが開いていたページを見ている。
おそらく寝ている間にページがめくられてしまったであろうそこは、龍と女神の紋様が記されたページであった。その記述は、マハリジの地下水路について言及してる。
「ええと、なになに?」
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マハリジの成り立ち 第二章 第三項 水路整備中の事故
元々雨量の少ないものの、港にもなるこの玄関口である街の整備の際、下水道方式が用いられた。
上流の川から水を引き、生活排水を可能な限り浄化して海へと流すための地下水道設備である。
しかし、この地下水路の工事の際に一つの事件が起こる。
トンネルを掘り進む過程で、堅い地盤にあたり、魔法やアイテムを駆使してそれを破壊するものの、その先に広がっていたのは謎の遺跡であった。そして今度はそこから大量の魔物が現れたのだ。
あえなく工事夫は全滅し、“聖堂”や“騎士団”などの制圧部隊が送られてくるまで、そのトンネルは魔物であふれた。その穴から現れた魔物のほかに、その際に死んだ工夫達もまたアンデッドとなって地下水路を徘徊していた。
聖堂と騎士団の活躍により、街への魔物の流入は食い止められ、時の大聖堂の統治者により鎮魂の儀式が執り行われた。
その際に魔物の多くは遺跡へと追いやられ、今は遺跡は封印されている。
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そんな説明文と共に、騎士団が持ち帰った遺跡の出土品の絵がいくつか載っていて、そのうちの一つにあの紋様が描かれていた。
「ふーん、マハリジにもそういうのがあったんだ?」
ミサが読み上げられたそれを聞いて、しかしあまり興味なさ気に呟いた。
「地下水路自体は随分前からあるけど、そんな遺跡があるなんて話はなかったよね?」
「モリモリさん……だめですよ?」
モリーティアがあまりに目を輝かせて言うものだから、ミサはその後に来る言葉を察して、先手で釘をさす。
「まだ何も言ってないんだけど……」
「調べに行きたいって始まるに決まってるじゃないですかー。もしいくとしても、ジオさん達が戻ってからですからね?」
「へーい」
マハリジの地下水路は、一つのダンジョンコンテンツとして存在していたものだったが、初心者の街とも言えるマハリジから直結している割に、その難易度は高い。地下水路に入った所からいきなり中級モンスターが配置されていて、奥に進めば上級モンスターばかりとなり、その最奥には地下水路のボスとして水系モンスターでも最上級のヘルムアリゲーターというモンスターが鎮座している。ヘルムアリゲーターという名前から想像できるような姿ではなく、どちらかというとカブトガニに近い形状をしているが、その大きさは、以前ジオ達が見た骨の竜並みであった。
モリーティアとしてはすぐにでも調査しに行きたいところではあったが、ミサの言うとおり人手も足りないので、今は心に留め置くだけにしておくのだった。
それから結局何の成果も得られぬまま、陽が傾いてきたからと二人は図書室を出る。
図書室を出ると、荘厳な装飾が施された身廊があって、その奥には祭壇がある。そこに見たことのある人影があった。一人は着流しを来たサムライのような人物、その横には銀の鎧に身を包んだ背の高い男と、少し露出の高い魔術師風の服の女がいる。ゴローとルリ子、それにハルおじさんだった。
三人は祭壇の前に居る、豪華すぎず地味すぎない祭司服を纏った、しかし豪華とすらいえるブロンドの髪を持った女性と、ハルおじさんに勝るとも劣らない立派な黄金の鎧を着た男、それに小柄な老人の三人に詰め寄っているようだった。
(なんだろね)
その様子を横目で見ながら、モリーティアはミサと共に大聖堂を後にした。目を細くしたブロンドの女性が三人に詰め寄られながらもその背中を見送ったことに、気付くものはいなかった。
翌日の事、モリーティア邸を訪ねるものがあった。
スティーブが応対に出たのだが、どうもおかしな雰囲気で、それを察したクララがモリーティアとミサの所へとその報告をしに着ていた。
「モリモリさん、ミサさん。まとめられる荷物を持って、できるだけ迅速に私についてきてください」
そこへ飛び込んでくるなり小声でそう告げたのはサラだ。サラは何かに酷く慌てていた様子で、有無を言わさずに二人に準備をさせる。
「クララ、一先ず二人は預かるから、あなたもスティーブと一緒に後でここへ着て」
部屋を出る際、サラは一枚の紙をクララに預ける。
事情が飲み込めないクララをよそに、サラは二人を伴ってひっそりとモリーティア邸を裏口から出て行った。
「ここにいるのはわかっている。いくら同胞といえど、邪魔立てするならばただではおかぬぞ!」
玄関口で騒いでいたのは黄金の鎧を纏った騎士、ジェイドであった。スティーブに詰め寄りがなりたてている。
「ジェイド様、確かにここはモリーティア様の家ではありますが、現在主は不在でございます。申し訳ありませんが日を改めて……」
「くどい」
ジェイドはついに剣を抜き放って、その切っ先をスティーブに向ける。
「ここに罪人の仲間がいる、と言っている。その身柄の確保の命を私は賜っているのだ。私に背くことは、クレア様に背くことだと知れ! それとも、やはり闇鬼と関わりがあると認めるのか?」
「いや、しかし……」
「スティーブ、いくらおまえといえど……」
切っ先を向けたままジェイドはスティーブを睨みつける。
「ジェイド様!」
そこへ別の騎士が飛び込んできて、ジェイドに何か耳打ちをしている。
「チッ、どうやら本当だったらしいな。まぁ、いい。スティーブ、今回は見逃してやる!」
言うだけ言って、ジェイドはモリーティア邸をそそくさと出て行ったしまった。
「一体何がどうなっているのだ……」
乱暴に閉められたドアに、スティーブは思わず呟いて、しかしはっとして急いで二階へと駆け上がる。
「スティーブさん……」
そこにはクララだけが残されていて、とても不安そうな顔で佇んでいた。
「ティア様は?」
「サラ様が裏口から連れ出しました。一体何が起こっているんですか?」
「私にもわからない」
「それと、サラ様がこれを」
「む……」
クララが渡した紙を見て、思わず唸るスティーブ。そこにはただ、二文字が書いてあるだけだったが、それだけでスティーブは事情を察したようだった。
「あの、スティーブさん?」
「クララ、荷物をまとめて私についてきなさい。出来るだけ早くな」
「は、はい!」
険しい顔をしているスティーブに、それ以上問い質すのは憚れて、言われるがままクララは自室へと向かっていった。
「ジオ様……早くお戻りを……!」
一人モリーティアの部屋で、スティーブが祈るように呟いていた。
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