神功と魔功 3
勝どきの声を上げる面々に、ジオは一人、考え込んでしまっていた。
かつて自分が言った言葉、スキルは「才能」、技は「型」、魔法は「方程式」。
では、彼らが使う内力とは、内功とは何か?
魔力や体力とも違う、それとはまた別の何か。テンテンが軽功を利用してレッドワイバーンを撃破したように、そして彼女は常に技に内力を通しているとも語っていた。何より、経絡がふさがって、使えなくなってしまったテンテンの内功。それは内功というものがシステムの範疇を飛び出していることをさしていた。
ジオが編み出した技の多くはシステムの範疇を飛び出しているからなんとなくわかるのだ。
そして、そこには同じ過程と同じ結果が存在するのかもしれない、“スキルに囚われない”何かがそこにはある、とそんな風にジオは考え始めていた。
そこに突如、耳を劈くような長い雄たけびが響いて、その空間をビリビリと揺らす。
「っ!」
思わず耳を塞ぐジオとゼル。それは雪月が放ったあの声にも似ていたが、それとは段違いに空気を震わせて、鼓膜が破れそうなほどの痛みを覚えさせる。
咆哮が終わると、景色に溶け込んでいたはずのアサシンメイド達の姿が現れ始めた。
「な、隠形が!」
モダンがそれを見て叫ぶ。意図せずして隠形が解けてしまったアサシンメイド達は困惑したように辺りを見回す。
「どうやら、問答無用でバフを剥がす咆哮のようですな。テスイシュ・ブレスにも似ていますが、距離と効果が段違いだ」
淡々と説明するガニスだったが、その額には僅かに汗が浮かんでいるのが見て取れた。
「蛇を殺されてよほどお怒りらしい」
その汗が、ガニスの顔を伝って落ちる。
表情自体はそう変わらなく見えるのだが、浮かんだその汗に珍しくガニスの緊張が見えた。ガニスだけでなく、ジオもゼルも、そして他の面々もまた、空間を揺らした龍と思しきものの咆哮に一気に緊張感を高めていた。
「いったでしょう? この蛇など、お話にならない、と」
「ああ……」
皆、咆哮が飛んできた先、広場の先の通路を固唾を呑んで見つめている。
もちろん、龍が向こうから出向いてくるわけではないのだが、すでに向こうにはこちらの存在を察知し、待ち構えていることだろう。
「……予定通り、我ら宣夜が先鋒を務めさせてもらう」
ごくりとつばを飲み込み、緊張した面持ちで虎崩がジオに告げる。
「おそらく、奴は通路までは出張ってこないでしょう。そこまで広くはありませんから。けれど広場に出た瞬間、奴の炎で丸焦げにされる可能性があります。いえ、間違いなく入り口めがけて炎を吐いてくるでしょう。それゆえに、ここでは軽功が使えることが大事なのです」
ガニスの呟きに虎崩がうなずきで答える。
「開幕の一撃、って奴か。それを防げないとお話にならない、と……」
「そうです、けれど軽功の速度であれば炎を吐かれる前に中へと侵入できる。そうすれば入り口への攻撃は回避することができ、後続も侵入できる、という寸法です」
「なるほどな」
ジオもゼルもそこで初めて内功を使えなければ足手まといだという劉崩老師の言葉をかみ締めることになった。さっき倒した蛇もまた、内功を使う敵であり、その動く速度は常軌を逸していた。けれど、先行した虎崩達の活躍である程度まで鈍らせることができていたからこそ、ガニスの口上を皮切りに一気に仕留めることができたといえよう。
けれど今度の相手は万全の状態で待ち構えている。その口に炎を宿して。
「参ります」
虎崩が呟きと共に走り出す。続いて宣夜の面々がその後を追って走り出した。
「続け!」
続いてガニスが闇鬼を率いてその後を追う。ガニスやモモ、ディルは内功をもっているらしく、軽功を用いて宣夜の後離れずについていく。内功を持たぬものたちもまた人間離れした速度でその後を追った。
「我々も遅れずにいくぞ!」
モダンが叫んで一度は隠形の技を咆哮で剥がされたアサシンメイド達も再びその姿を消して、音も無く続いた。
「さて、ジオくん。俺らも行こうか。何ができるかはわからんけど」
これまでとは完全に毛色の違う戦いであろうことに、考え込んでいるジオの肩をぽんと叩いてゼルが笑う。
「そうだな、やれることはあるはずだ。」
そんなゼルにジオもうなずいて、二人は走り出すのであった。
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龍泉郷の宣夜本拠地は、いつもであればその門戸は広く開け放たれている。
それを体現するかのように、入り口の門は常に開かれていた。
そのはずだったのだが、今その門は堅く閉じられていて、何者をも拒む威容を見せている。夜であろうが昼であろうが開いていた門が、である。
人の何倍の背があり、その広さは人が十人ならんでも余裕があるほどの巨大な門。もしこれを打ち破ろうものならば、大変な労力を伴うだろう。
その門の前に十数人の人間が立っている。それだけなら入門希望者とも思えるのだが、異様なのはその全員が全員、鬼の面を被っていることであった。
「たのもーう!」
一際大きな体の、その鬼面衆の中心に居た人物が門を見上げて声を張り上げた。
それに応える声は無く、そのリーダーらしき男の声がそこに響くだけ。
「劉崩老師に用があってきた!」
返答も無いまま、それでも気にせずに男は声を張り上げ続ける。
「神功を渡してもらいたい!!」
けれど返答はなく、宣夜はひっそりとして不気味なほど静まり返っていた。返答のない事に一寸仮面の下の眉を一寸顰めて、男は門をにらみつけた。
「ならば力ずくで押し通る!!」
声を張り上げていた男が目配せをすると、周囲に居た者達が一気に門に殺到し力ずくでもって門を押し始めるが、それでもなお宣夜からの返答もなく、しかし門はびくともしない。
「内功を通せ! 破壊せよ!」
男の指示の下、門を押していた者たちが一歩下がると目に見えるほどのオーラを纏った拳を振り上げて門にたたきつけた。
しかし、それでもなお門は傷一つ付かない。
「チッ」
男が舌打ちをして、また隣に控えていた者に目配せをすると、今度はそいつと他数名の者がすさまじい速度で壁を垂直に走り始めた。軽功をもってすれば造作も無いことではある。
しかし、壁を登り始めた者たちは突如として電撃のようなショックを受け、壁から引き剥がされていく。
「もういい!」
その光景に眉間のしわを一層深くさせた男が門の前に立つと、どす黒いオーラを纏った拳を門にたたきつけた。
刹那、門扉が弾かれたように粉々に吹き飛び、すぐさまその門を通って十数人の鬼面が宣夜へと侵入していく。
「ここをどこだと心得る!!」
が、門をくぐった所で空間を揺るがすような女の声がビリビリと響いて、鬼面の者たちはその動きを止めた。
「劉崩老師のおわす宣夜の本拠と知っての狼藉か!!」
続いて声が響き、今度はその声は衝撃波となって門をくぐった者達に襲い掛かった。
「内力を通したシャウトか」
数人の鬼面がその声に吹き飛ばされる中、それをものともせずに、リーダーらしき男は闊歩して敷居を踏みつけ、悠然と門をくぐってくる。
「なるほど、な。流石に内功の本場。強そうなNPCをそろえている」
シャウトをものともせずに門をくぐった男は、自分らの目の前に並び立つ数十人の人影を見据えていた。その中央には一際小柄な、剣を杖代わりにする老人と、その傍らでは妖艶な女性が腕組みをした仁王立ちで鬼面の者達を睨み見ていた。
「あなたが劉崩老師か!」
目の前に並ぶ数十人の宣夜、それに対峙するのは鬼面の者十数人。
リーダーらしき男もまた、腕組み仁王立ちをして、中央の老人を睨みつけている。
「いかにも。随分騒々しい来訪だの。ワシに何のようか?」
「神功を渡していただきたい! さすれば危害は加えない!」
「ほう、ほう、面白い事を言う。おぬしは神功がどんなものか知っているのか?」
顎に手をあてて、片目で声を張り上げる男をじっと見る老師。
「知らん! が、膨大な内功を得られると聞いてきた!」
「ほっ…当たらずといえど遠からず。それにしてもおぬしのその内力は……」
「さぁ、渡せ!」
「せっかちだの」
片方の眉をわざとらしく上げて劉崩老師は高らかに笑った。
「力ずくでもいただくぞ!」
「できるものならやってみるがいい!!」
男の言葉に、今度は老師の傍らに居た女性が、また空間を揺らす声で答えた。
「ふ……ふふ……この膨大な内力がわからないと見える……俺の酔拳にこの内力が備われば、誰であろうと敵ではない! 神功の内力を手に入れれば、何もかもが俺のものだ!」
男が構えると、鬼面の者もまた構えを見せ、皆一様にドス黒いオーラをその身から発し始める。
「まさか、な……」
その黒いオーラに劉崩老師は眉をひそめて中央の一際黒いオーラを放っている男を見た。
「覚悟はいいな!? もはや神功は力ずくでいただく!」
男のとどろくような声と共に、鬼面の者達は一斉に襲い掛かった――