天空都市イスカ ~内功の傷 1 ~
――2985年10月18日
日の出と共にミサはベッドから起き出して、まだ眠っているモリーティアを横目に着替えながら、部屋を出る。
本来であればテンテンと同室だったのだが、んふっふの脅威があったから、モリーティアと同じ部屋に寝泊りをしていた。その上、今はテンテンが安静にしてなければいけないということで、そのままモリーティアの部屋にとどまる事になる。
ミサの一日は、既に起きているクララとスティーブに朝の挨拶をして簡単な朝食を出してもらう所から始まる。
一階のリビングでバケットとスープを食べて、それから庭で草木の手入れを始める。
「あれ?」
いつもならこの時間は庭には誰も居ないはずなのに、今日に限ってはジオとガニスがそこにいた。
「あ、おはよう、ミサちゃん」
「おはようございます」
庭に顔を出したミサに気づいた二人が同じように手を振った。
「おはようございます。ジオさん、ガニスさん。今日は早いんですね?」
「うん、今日の予定の確認ついでにちょっと相手してもらってたんだ」
「相手?」
一体何の相手をしているというのか。
二人を見ると、鎧ではなくローブ姿のジオと、テスのローブを着たガニスが並ぶと、少しばかり異様であるとミサは思う。相手、というより何かテス教的な儀式でもしていた、と言われた方がしっくりくるであろう。ミサは思わず二人を凝視してしまっていた。
ジオはテンテンの部屋の前で番をしていたガニスを誘い、庭で魔法の練習相手になってもらっていた。
スキルレベルをあげるためには、ただ鍛錬をすれば良い、のではあるが、例えば初級モンスター相手に上級魔法を何回撃ってもスキルレベルはあがらない。「小さな虫を火炎放射器で燃やしても、その威力を知ることはできない」、と例えたのはスキルレベルを説明するチュートリアルNPCだった。
この世界に火炎放射器が存在するかは疑わしいが、とにかく、スキルを効率よく鍛錬するには、現在のスキルレベルと、それにあった敵や技を選択していかなければならない。
かつて、チュートリアルNPCが「己を知り、スキルを知れば、百戦すれば多分上がる」という言葉でチュートリアルをしめくくっていたが、適当そうにみえて意外と深い言葉である、とジオは思い、すぐさまやっぱり適当だろうと思い直した。
ともあれ、ガニスは闇鬼を束ねる首領であり、そのステータスは高い。各コミュニティを仕切るNPCと戦闘するというのは滅多にないことなのだが、その実要所を守るガードよりもステータスが高く設定されていて、カンシーン等のネームドボスにも匹敵する力を持っている。かつてガニスやクレアなどと戦闘するイベントが開かれた際は、彼らはその猛威を振るっていた。
それを相手どってスキルの鍛錬を行えば上がりも早いだろう、と考えての事だった。
今ジオが鍛錬していたのは“強化魔法”である。
現在ジオが上げられるスキルの中で最もレベルの低いスキルであったが、ジオはその強化魔法の中に組み合わせを思いついた技があって、それを試そうとしているのだ。
「それにしても、ジオ様はまだスキルレベルに余裕があったのですね」
誘いを受けた時のガニスの言葉だったが、どうやらスキル合計上限値がなくなっている事には気付かれていないらしい。ジオは苦笑いしながら誤魔化したが、ガニスは特に疑う様子もなくジオの練習に付き合ってくれたのだった。
ジオが強化魔法をガニスに掛け、同時に強化魔法スキルのレベルが少しずつあがる。一時間ばかり繰り返すだけで予想していたよりも大きく強化魔法のレベルがあがった。
「ふむ、持続時間もあがっております。かなりレベルが上がったのでは?」
「ガニスさんのおかげですよ」
正直ジオもここまでレベルが上がるとは思っていなかった。元々二十前後しかなかったスキルレベルはこの一時間で五十を越えている。通常強化魔法のような補助系スキルは自分や他人に掛け続けてもこのレベル帯の場合、一時間で二十上がるかどうか、であるから今回のジオの成長率が驚嘆すべきだということがわかる。
それは同時に、現在でもガニスの個体能力が高い事を示していた。
スキルレベルは、高難度であればあるほど上がりやすい。もともと能力が高いガニスだからこその、このパフォーマンスであった。
そうして、手持ちの触媒もなくなって練習を終えたところへ、丁度ミサがやってきたのだった。
「ミサちゃんは、これから庭の手入れ?」
「そーなんですよ、もう日課になっちゃって」
えへへ、と少年のような無邪気な笑顔をするミサを見て、本当に好きなんだな、と思うジオ。
「スティーブさんとクララさんが朝食準備してましたよ」
「わかった、ありがとうー」
「じゃ、ボクは早速取り掛かりますのでー」
うさみみをぴょこんと立てて満面の笑顔でミサは庭木の手入れに取り掛かっていった。
「じゃあ、ガニスさん、朝食をいただいて向かいましょう、イスカへ」
「了解した」
それから、再びテンテンをガニスがおぶり、モリーティア達に見送られながらジオ達はモリーティア邸を後にした。
広場で再びNPCやプレイヤーの注目を浴びながら、顔を真っ赤にしたテンテンとガニスの間で、「降りる」「だめです」のやり取りがあったりもしつつ、四人はテレポーターからイスカへと向かった。
天空都市イスカ。
テレポーターから最初に出てきたのはジオだったが、出るなり耳鳴りがジオを襲った。標高の高さからくる空気の薄さが原因だろうか、耳に何かが詰まったような感覚がなかなか抜けなくてジオは苦笑いしてしまった。その後に続いて出てきたガニスは平気なようだったが、テンテンは思わず耳を押さえてしまい、ガニスの背から落ちそうになっていた。
その後から出てくるはずのゼルが出てこない。間違えて別の都市にでもいってしまったのだろうか?とジオもガニスとテンテンもじっとテレポーターを見る。
間もなくテレポーターがひかり、そこからゼルがでてきた。
出てくるなり自分の方をじっとみている三人に首をかしげ、何かあったのかと聞くが、逆にジオに何があったのかを聞かれてしまう。
「え?普通にガニスさんとテンテンちゃんの後、すぐにテレポーターに乗ったんだけど?」
「本当ですか?」
険しい顔をさせて、ガニスが睨むようにして言う。
「ちょ、ガニスさん、何で俺がそんなことで嘘つかなきゃいけないんだ?」
「それは……ゼルギウス…様が幼女を狙う変態だと聞き及びまして、幼女の尻でもおっかけていたのかと」
「ミサちゃんだな……」
ガニスにそんな事を吹き込む人物がすぐに思い当たったゼルは渋い顔をする。
「それは誤解だっつー、ミサちゃんは――」
「存じております」
「ちょ」
思わず肩透かしを食らったゼルに、ガニスの後ろでテンテンもクスクスと笑っていて、その肩の震えがガニスに伝わって、思わずガニスも笑ってしまっていた。
「もう、簡便しろよな……」
「申し訳ありません、けれど、本当にどうしたのです?」
笑いをこらえながら、けれどガニスもまたテレポートアウトが遅くなった理由を聞きたいようだった。
「いや、どうもこうも、ほんとに何のことだか……」
「ま、いいじゃないですか。テレポート事故とかでなくて良かった」
ジオも笑いをこらえながらそう声をかける。
「ジオ、おまえなぁ……」
「俺はてっきり、別の街に言ったかと思ったよ」
「何か良くわからんけど、そういう事にでもしておいてくれや……」
ため息をつくゼルに、ジオもその肩をぽんと叩く。けれど、ジオも少しばかり気になっていた。ゲームの時は稀にあったテレポート時のラグタイム。今回のはそれに良く似ていた。同時に入ったはずなのに、回線やスペックの影響で順番が前後したり、中々来なかったり。それは果たして今の状況において起こり得るのか?と。
そんな心配をよそに、テンテンを背負ったガニスがイスカの中心部へ向かって歩き始めていて、ゼルもその後に続いていた。
天空都市イスカは、マハリジやグラダンとまた一風変わっていて、テレポーターは街の中心部には無く、片隅にある少し小高い場所の遺跡のような場所に設置されていた。
マハリジが中世ヨーロッパ風の街並み、グラダンがカタコンベの上に出来た例えの難しい異様な雰囲気の街だったのに対して、そこから見えるイスカは東洋風の街並みになっている。木造の壁に瓦葺の屋根と、少し懐かしさを覚える建築様式の家々が、碁盤の目の様に整然と並んでいた。
その一番奥に一際大きい屋敷のようなものが見える。
それはイスカの統治者が住まうとされている屋敷であった。
マハリジやグラダンは明確な為政者というものはおらず、マハリジであるならば大聖堂の“聖堂”及び“騎士団”代表のクレアが、グラダンであるならばテス教“闇鬼”代表のガニスがそういう役割をこなしている。
ところがイスカには明確に統治者というものがいて、龍泉郷“宣夜”代表の劉崩老師とは別であった。とはいえ、代々その統治者は内力の大小に関わらず成人するまでは宣夜で修行する事になっているから、統治者は劉崩老師に頭が上がらないのである。事実上劉崩老師が統治者のようなものではあるが、劉崩老師は統治に口を出すことはないという。
「え、それなのにこんなに出歩いて大丈夫なんですか?」
ガニスの説明によれば、ガニス自身もまたグラダンの治世をしているはずなのだが、当の本人は昨日からジオ達に同行するためにグラダンを離れている。
「問題ありません。代表といっても実務は承認の判子をおすとかそういうのばっかりですから。実際の所は闇鬼や商店街の皆で回していますよ」
ガニスはそう言って笑う。
「あまり長いこと開けるのも問題ですが、ここでジオ様に恩を売っておくのも仕事の一つですよ」
「はっきりいうなー、それじゃ私はジオくんに恩を売るための出汁にされてたのかー」
「おや、これは失言でした」
ガニスのすぐ後ろではわざとらしく口を尖らせたテンテンが、抗議する、とばかりに掴んだガニスの肩をぐりぐりと揉む。
それを意にも介さずガニスは笑っていた。
イスカの街に入ると、NPCやプレイヤーの姿もちらほら見えるが、基本的にひっそりとしていて、マハリジやグラダンで浴びたようなガニスとテンテンへの好奇の視線はあまり無かった。
むしろ、警戒するような目線が多く向けられている。
「おかしいですね。ここはここでいつもなら結構にぎわっているはずなのですが」
真正面の統治者の屋敷まで一直線に続く大通りにでた四人。そのがらんとした雰囲気にガニスが訝しげな顔をしていた。
統治者の屋敷までの通りには大小さまざまな店が並んでいて、ガニスの話によれば、いつもはここは大勢の人でにぎわっているという。イスカの様子についてはジオもゼルもあまり詳しくは無いから、ガニスが訝しがっているのに相槌を打つしかない。
遠い記憶をたどれば、確かにもう少しNPCの数も多かったような気はするものの、おぼろげで不確かだった。
「とりあえず龍泉郷へ向かおうか?」
ガニスの背中で龍泉郷のある方角を指差すテンテンに、ジオもゼルも、もちろんガニスもうなずく。
街の様子が少し気になりながらも、四人は龍泉郷へ向けて歩き出した。
そろそろジオとゼルのターン(予定)




