ログアウト1
アデーレが耳や尻尾をひょこひょことさせながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにやってきた。
「何か、ちょっと違和感を感じるんですよー」
「あ、うん、今その話をしててね。」
「あ、そうだったんですかー。」
ひょこひょことネコミミを動かすアデーレ。
そこにいるアデーレ以外の4人はそのネコミミに注目していた。
(動いてるよな。ジオ)
(うん、動いてるな。)
(まって、たしかそういうアバターあったけど…)
(え、でもテンテンちゃん、あれどう考えても自分の意志で動かせてるようにみえるんだけど。)
アデーレのネコミミをちらちら見ながら4人はひそひそと話す。
「動いてる、って何がですか?」
「えっ」
ひそひそ話が聞こえてしまったのだろうか?
怪訝そうな顔でアデーレが言う。
聞こえてしまったのなら、とモリーティアが一歩前に出た。
「ねぇ、アデーレさん、その…それ、耳とか尻尾って装飾品扱いだったよね?」
「え?」
モリーティアの問いかけにクエスチョンマークを出すように首をかしげるアデーレ。
その時もネコミミはぴこぴこと動いている。
自分よりも長い事やっているはずのモリーティアからの質問にアデーレは首をかしげるばかりだ。
それもそのはず、ネコミミや尻尾が所謂"課金アイテム"であることは周知の事実のはずだからだ。
「どういうことですにゃん?」
「ええと、それ外せるかどうかをちょっと聞きたいですにゃん。」
ついモリーティアもにゃんとかつけてしまって、一瞬間を置いて顔を赤くしていた。
「ええと…あれ?外せない…」
「なんとなく予想してたけど…あれ、じゃあ。」
「多分そう、ウィッグ外せない。」
ウィッグとは気軽に髪型を変える為に用意されていたアバターアイテムなのだが、そのウィッグもネコミミや尻尾といった装飾品もアバターと同化してしまっているようだった。
「えええ、髪型変えようと思ってたのに…」
「しょうがないじゃん。」
モリーティアがだばだばと涙をこぼしていた。
「それは、さておき、アデーレさん、他に気付いた事あります?」
相変わらずネコミミをぴこぴことさせているアデーレに向き直るジオ。
「うーん、人の声が聞こえる?」
「えっと、それは俺たちも聞こえてますけど。」
「いや、そうじゃにゃくて…あ、あれあすこの人、今「あいつら髪の話してないか?」っていってますよ!」
アデーレが指差したのははるか遠くにいるスキンヘッドの耳長族のNPCだった。
「へ?」
4人がそのアデーレの指差した先をみて、顔を見合わせる。
「聞こえた?」
「いや。」
お互いに確認しあって、訝しげな顔をする。
「ほんとに?」
「ほんとですよ?あ、その隣の人は晩御飯のことで悩んでるみたいです。」
「これは…」
四人は同じ答えにたどり着く。
猫の耳が機能している。
「みなさんは聞こえないんですか?私にははっきりと…」
「うん、わかった。ちょっとまってね。」
「はぁ…」
あーだこーだと会議を開き始めた4人に、一人だけ外されて手持ち無沙汰になってしまったアデーレ。けれど、その会議の内容はすべてその耳に入ってきている。
「ちょっと状況を整理しよう。」
「いいだろう。」
ゼルがうなずく。
まずは、五感があること。感触やダメージまでも再現されている事。
死亡時にはどうなるかわからないが、ダメージポイントに応じた痛みもあるので、死ぬようなダメージを負えば精神的にもまともではいられないだろうと推察できる事。
触媒や一部のアイテムなどの仕様が違っている事。
カバンのなかで自動的に消費されていたようなものがカバンから出さなくては使えなくなってしまっていたり、そうすると回復薬や食べ物なども、使う、ではなく食べる・飲むといった事をしなければ効果が現れないだろうと予測できる。
そして今回新たにアバターが本物として機能しているらしいことがわかった。
四人は特別そういったアバターアイテムを装備していなかったから、アデーレが来るまで知ることは出来なかったのだ。
しかしそうなると、今までまったく意味のないアイテムだったものが思わぬ効力を発する可能性もある、ということになる。
今わかる事といえばそれくらいだ。
それをかいつまんでアデーレに説明する。
「じゃあ、味とかもわかるんですねー?食べたいものあったんですよー」
説明が終わった後のアデーレの一言である。
ニコニコと笑いながら早速街の広場へと駆けていったかと思うと、いくつもの料理を買って戻ってきた。
「げふー、おなかいっぱいですー」
それをあっという間に平らげると、おなかをぽむぽむと叩きながら満足げな表情をうかべていた。
その一部始終を4人はあっけにとられたまま見ているのであった。
「あ、そうだ、私これから用事があったんでした。2時間ほどしたらもどりますねー!」
話を聞いていたのか聞いていなかったのか、どこまでもマイペースなアデーレはそのままログアウトを実行する。
4人の目の前で、アデーレの姿は露の様に消えていってしまった。
「あれ…大丈夫なのかな?」
アデーレの姿が完全に消えて、我に返ったジオがつぶやく。
「2時間か…待っててみようか?」
同じく我に返ったゼルもそういって振り向いた。
3人はゼルの言葉にうなずいて、2時間ほど自由行動ということになった。
この間に少しでも情報が集まれば、と街の中を手分けして探索する事になったのだ。
「じゃあ、2時間後に」
手上げて方々へ散開する4人が、ある事に気がついて戻ってくるのは、それからすぐの事だった。