天空都市イスカへ 2
テレポーターからでてきた一団に、一瞬その場はざわめいた。
出て来たのはジオ達の一行であるが、その場の注目を集めたのはその一番後ろで顔を俯けているテンテンだった。
いや、正確に言えば、テンテンを背負った人物に、ではあるが。
「なんか、恥ずかしいんだけど……やっぱおりる」
「だめです」
テレポーターからでてきたのはジオ、モリーティア、ゼル、ミサ、クララの五人とその後ろからテンテンがガニスにおぶられている。
サラはモダンと共に『血の饗宴』で店の弁償という名目のただ働きのために一行とは一度別れた。
で、そのテンテンだが、天空都市イスカの劉崩老師に会いに行くと決めたまではよかったが、まだまともに歩けるほど回復しておらず、ガニスと握手を交わしている最中によろけてしまった。
それからガニスがテンテンをおぶって一度モリーティア邸までいく運びとなったのだ。
「大丈夫だよ、歩けるよー」
「だめです」
意固地に自分で歩こうとするテンテンだったが、ガニスはそれを制して自分の背中に乗れという。
根負けしてガニスの背中におぶさったテンテンだったが、やはり恥ずかしいらしい。
闇鬼からグラダンのテレポーターまでの道中でも闇鬼や街の人々に注目されていたし、今またマハリジでも注目を浴びていた。
「うぅ……」
首に手を回す事をせず、腕を伸ばしてガニスの肩につかまったままで頭をその間に隠すテンテン。その恥ずかしさは、視線を浴びている事よりも、ガニスという男性におぶられているところから来ているようだ。
テンテンは思いのほか初心なのかもしれない、とジオ達はクツクツと笑ってしまった。
それに加えてテンテンとガニスの体格差はまるで父親と娘のようで、それもまた微笑ましいような笑ってしまうような状態だった。
ガニスは長身のエルニムスだが、体格自体はかなりがっしりしていて、それでいて美形の顔をしている。テス教のローブの下には身動きのしやすい皮製の防具を纏っている。闇鬼の性質上、長剣は使わず短剣やそれに属する刃渡りが短めの刀剣を使用している。
そんなガニスと対照的にホビニムスであるテンテンは小柄で、一瞬子供にも見える。それは元々ホビニムス自体がそういう種族であるということと、その中でもテンテンは出来るだけ小さ目に設定してあったから、父娘に見えてしまうのも致し方ない部分もあった。
けれど、闇鬼やグラダン、そしてマハリジの人々やプレイヤー達が注目したのはそんな父娘のような二人の様子ではなく、主にガニスにだった。
――生きた伝説、ガニスがプレイヤーと行動をしている。
それは今までに無い光景であった。
ガニスはNPCの間でも、プレイヤーの間でも有名人である。
NPCの間では闇鬼の首領として。
プレイヤーの間ではテスイシュクエストによるニュービー殺しとして。
そのガニスがジオ達プレイヤーと、それもホビニムスの少女をおぶってテレポーターからでてきたのだから注目も集めるというものだ。
確かに龍の骸調査隊に幾人かのNPCがついていったという過去はあるが、それは商人NPCだったり、特にプレイヤー達の間で取り立たされる事もない無名NPCで、特定の有名NPCがプレイヤー達と共に行動しているのは珍しい光景だった。
ともあれ、モリーティア邸についたジオ達は、全員がそのまま家に入っていった。
「おかえりなさいま……む……」
家の玄関で出迎えたスティーブが挨拶もそこそこにガニスに背負われたテンテンをみて顔を顰めた。
「スティーブ?」
いつもと何か違う様子にモリーティアが訝しげな顔でスティーブを見やる。
「いえ失礼いたしましたおかえりなさいませティア様。……テンテン様は何故……」
随分早口でお出迎えの言葉をまくしたてて、それからジッとガニスを注視するスティーブ。その表情はいたっていつもの冷静なスティーブにしかみえないが、微かに口角がピクピクと動いているのが見て取れる。
「さ、さて、とりあえずテンテン様をベッドへ!」
変な雰囲気を打破すべし、と突如クララが声をあげる。
「そうだな、テンテンさんを運んで、それからイスカ行きについて考えないと……」
クララの声に、ジオもうなずいてテンテンを部屋へと運び込むこととなった。
「それならば私が……」
「いえ、大丈夫ですよ、ここまできたら大して変わりありませんし」
「むむむ……」
「?」
などと、スティーブのガニスに対する独り相撲があったことはさておき、テンテンとミサの相部屋になっている部屋で、イスカ行きの話し合いが始まった。
「そもそも劉崩老師ってどんな人なんです?」
口火を切ったのはミサだった。
天空都市イスカにはプレイヤーの姿は少ない。というのも特定のイベントが行われる他は、宣夜に入ろうと思う人間以外は訪れないからだ。しかもイスカで行われるイベントは極端に少ない。
それ故にゲームを始めて長い人でも特に用事がなければ行くことはなかった。
実際ジオやゼルもテンテンの付き合いで行ったことがあるが、それも数えるほどだ。
ミサにいたってはイスカ自体は行ったことがあるものの龍泉郷には行った事がなかったらしく、劉崩老師については名前しか聞いたことがないとの事だった。
「劉崩老師かぁ……そうだね、陽気な感じだったかな?」
「いえ、とても厳格な人で……」
「実はスケベ」
最後のはゼルである。一瞬時が止まり、ミサとクララは「お前が言うな」とジト目でゼルを見ていた。折角テンテンが首をひねりながら思い出し思い出しして、そこにガニスが情報を加えたというのに、ゼルは茶化すような事をいう。
「いやいやいや、まてまて、だって、あのじーさん……」
「はい、変態は黙っててくださいね」
「ゼルさん、最低ですね」
何かを言いかけるもクララとミサによって封じられてしまうゼルであった。
それはさておき、劉崩老師は元々がちょっと内功が使えるだけの一般人だったゆえか、普段は温厚な正確で、陽気に振舞ってくれるらしい。修行となるとかなり厳しいともガニスは語った。
意外な事に遠く離れたNPC同士でも交流があるらしい。
モリーティアは新しい調べ物を見つけた、と言わんばかりにガニスの知る劉崩老師の話に聞き入っていた。
一方テンテンは自分の覚えているイメージと今ひとつ一致していないらしく首をひねっている。
NPCからの視点とプレイヤーからの視点ではイメージに差がありそうだ、とジオは苦笑いしていた。
「というわけで今回は私は調べ物をします!」
「えと、じゃあ、ボクはモリモリさんの手伝い、かな?」
今回もモリーティアはついてくるかと思いきや、何か調べ物をしたいということでマハリジに残る事になった。護衛兼お手伝いは、もはやミサの仕事になりつつある。うさみみをぴょこりと立てて首をかしげた。
「あ、ミサちゃん。ごめんね、畑見に行く約束してるのに……」
そこでテンテンが思い出したように眉尻を下げてうつむいた。
「いいんですよ! 今は自分の体のことだけ考えてください! 治った暁には毎日でも付き合ってもらいますから!」
けれど、ミサは首を振って微笑む。その微笑に安堵して「ありがとう」とテンテンもまた微笑んだ。
天空都市イスカへはジオ、ゼル、テンテンとガニスが行く事になり、モリーティアとミサがお留守番。
それからこれまでの立て続けの騒ぎですっかり忘れていた報告をすることになる。
ジオはんふっふが元凶だった事、それを打ち倒したが止めは刺さずに放置した事を報告するのだが、そこで皆からは何故の声が上がる。
「一応あの人もプレイヤーなんだから……」
そこにいる面々は、ジオの甘さに思わずため息をついた。結果から見れば確かに皆無事ではあったものの、再び狙ってこないという保証はない。それなのに、プレイヤーだから、という理由で止めを刺さないのは死神とか死の魔剣士を謳う者としてどうか、という話にもなる。
けれど、そこにいる面々はわかっているのだ。ジオには殺せないだろうし、勿論自分が同じ立場でもそうするだろう事。重症を負ったテンテンでさえ、特にジオを責めると言うこともなく「ジオくんっぽいね」で済ましてしまう。
モリーティアとしてはジオが殺人を犯さなくて良かったというばかりだったが、ゼルもミサも少しばかり微妙な気持ちになるのであった。
けれど、テンテンもよしとしているし、結局自分もそうする事はできないだろうと思い至って、思わずため息をついた。
「じゃあ、今度またんふっふが襲ってきた時の対策も考えないとな」
モリーティア達の安全を考慮した時にやはり止めをさすべきだったのではないか、と考え込むジオの肩を叩いてゼルが笑った。
そのやり取りを神妙な面持ちで聞いているのがガニスだ。
(ふむ……)
テンテンを重症に追い込んだオウヤンという毒使い、それにガニスたちNPCにとって同胞であるクララを誘拐したんふっふの仲間は全てガニスを始めとした闇鬼が始末した。んふっふだけはガニスですら危険を覚える相手故に手が出せずにいたのだが、それもジオの活躍により始末する事が叶った。
闇鬼としては至極当たり前の事である。
テスイシュの意思に従い、またテス教及びそれに連なるもの、そして同胞が害された場合は躊躇無く動くのが闇鬼。
今回もただそれだけで動いたのではあるが、今のやり取りを聞いていたガニスは、彼らとの違いを考えていた。見た目は同じようなものだが、根底にある何かが違う。
ガニスたち闇鬼は、それが任務であれば同胞であろうがプレイヤーであろうが狩る。
けれど、少なくともここにいる彼らはそれをしないだろう。事実んふっふを危険な敵だと認識しながらも、その命を奪う事はなかった。
(何故なのか……)
それはガニスにとっては理解しがたいことであった。
んふっふからどう身を守るか、あるいは更にんふっふのような輩が現れた時にどう対処するか、議論を重ねるジオ達を、ガニスはただ黙りこくって見守るだけであった。
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一晩経って、ようやく瀕死バフが消えたんふっふたちをルリ子を始めとする僧侶達が回復して回る。苦痛に歪んでいた顔はやがて安らかな寝顔になっていく。
その中で、んふっふが意識を取り戻し、うっすらと目を開けた。
丁度良く、んふっふを治療していたのはルリ子で、それに気付いたルリ子がすぐさまゴローにコールを入れる。まだ意識がはっきりしないのか、んふっふは目だけをゆっくりと動かしながら辺りを見回していた。
「おお、んふっふ、目が覚めたか!」
他に寝ているものもいるというのに、ゴローが大声を出しながら駆け寄ってきた。そのゴローに思わずルリ子は額に手をあててため息をついた。
「ゴロー……か……俺は……」
「うむ、顔色もよくなった。まずはよかった!」
「…………」
顎に手を当てて、うむうむ、としきりに頷くゴロー。その様子をぼんやりとした意識の中で見ていたんふっふは違和感に気付いた。
「……なんだ……これ……」
「どうした? 何か思い出したのか?」
ゴローがんふっふの顔を覗き込む。その後ろに遅れて到着した榊も、心配そうな面持ちでんふっふを見ていた。
次第にハッキリしていく意識の中で、んふっふは気付く。
「なんだ……なんだこれは!?」
「ど、どうした?」
突然叫びながらおろおろとし始めたんふっふにゴローたちもまた困惑を見せる。
「匂いを感じる……それに手触りも……何が起こった? ゴロー! 何が起こっている!?」
「お、おい、何言ってるんだ、んふっふ……」
「説明しろ、何故俺はここにいる。そして何故匂いや手触りを……!」
んふっふはカッと目を見開いて、ルリ子の隣に居た僧侶からポーションの瓶を奪い取ると一気に飲み干した。
「味がある……まさか、これは……」
「一体どうしたんだ……」
「まって――」
うろたえるゴローとんふっふの間にルリ子が割って入ってきた。
「んふっふ、あなた、龍の骸に行った記憶はある?」
「何故、そんなところへ行く必要があるんだ? 確か俺が最後にログアウトしたのは――」
「もういい、わかった」
「なんだよ?」
ルリ子が眉間を押さえて立ち上がり、踵を返すとんふっふには聞こえないよう、ゴローと榊に囁いた。
「多分、記憶がない――」
私事で申し訳ありませんが、先日“イボ痔”を患いまして、まともにパソコンに向かえない状況が続いております。出来る限り更新していきたいと思いますが、以前より頻度が落ちるかと思います。
読んでいただいている方には申し訳ありません。完走する気は満々ですので、気長にお待ちいただけると幸いです。
少々汚いお話をすみませんでした。それでは、よろしくお願いいたします。
八坂




