天空都市イスカへ 1
クララが目を覚ました頃、ゼルは最初の壁を調べていた。
壁を調べても何もないと諦めかけた頃、突如ゼルが嵌めていた龍と女神の指輪が光を放ち、それに呼応するかのように壁が動き出す。
丁度、ゼルが最初に居た、あの狭い隙間を中心に壁がせりあがり、階段が姿を現したのだ。
「まもなくここもお披露目になる――」
龍人の言葉を思い出すゼル。
「こういうこと、なのか?」
徐々に姿を現した階段を眺めながらゼルは呟いた。
ここに仕掛けがあったのは間違いないとして、どういう理屈で、何をしたから動いたのかはゼルにはさっぱりわからなかった。唯一、指輪が何か関係しているのだろう事以外は。
それからゆっくり階段を上っていくと、やがて光が見えて、そこにはジオとクララ、それにモダンと、跪いたガニスがいた。
クララが駆け寄ってきてくれた事はゼルとしては嬉しかったのだが、再会を喜ぶのもつかの間、ガニスが烈火のごとく怒り始めた。
「何故だ!!」
何故、といわれてもゼルにもわからない。
何者かの仕掛けたトラップで転移させられたらそこにいた、としか。
とにもかくにも、龍人の祭壇を見せればガニスも納得するのではないか、とゼルは階段の下を調べるよう促すのだった。
龍人の祭壇は、さっきと何も変わらぬたたずまいでそこにあった。
「でかいな……」
モダンが祭壇を見上げて呟く。
祭壇の前まで来た一行は、皆一様にその巨大な祭壇を見上げていた。
「なるほど……これはテスイシュ様ではなく龍人の仕業、ということか……」
すっかり落ち着きを取り戻したガニスが、改めてゼルに向き直る。
「先ほどは取り乱し、失礼しました」
そして一礼する。先ほどまでの怒りが嘘のように平静を取り戻し、丹念に龍と女神の祭壇を調べていた。といっても、背が届くのが台座までなので、台座に仕掛けがないかを調べているようだったが。
「なるほど……各地にこのような遺跡が出現しているのかもしれませんね」
既にガニスも龍の骸の地下に出現した遺跡について調査をしているのだろう。
初めて見るであろう祭壇に驚きもせず、顎に指をあてて考えるようにして呟いていた。
「あの、一度戻りませんか?」
そこでジオが口を開く。正直ジオにとっての優先事項はゼルとクララの救出と、テンテンの治療であるから、龍と女神の祭壇に多少の興味は惹かれるものの、今はそれを調べている時ではなかった。
「モリモリさん達もこっちにむかっているんでしょう?それに、ゼルもクララも色々あっただろうし……」
「わかりました。ここは闇鬼に調べさせる事にしましょう」
それから闇鬼の詰め所に戻った所で、丁度やってきてモリーティア、ミサ、サラと鉢合わせる。
三人とも悲痛な面持ちをしていたが、それでもゼルとクララの姿を見て、モリーティアもミサの二人に駆け寄った。
「よかった……クララ、無事で」
モリーティアはクララを抱きしめて目に涙を浮かべる。
抱きしめられたクララは少ししどろもどろになって頬を紅潮させていた。ともすれば百合の花でも咲きそうな光景にも見える。
そしてミサはゼルを見上げて、
「クララに変な事してないでしょうね!?」
睨みつけていた。
「ちょ、ミサちゃん……」
「冗談です。無事でよかった……」
睨みつけていた顔を優しく微笑ませてミサは踵を返した。
振り返ったミサの目に涙が浮かんでいたのは誰も知らない。
処置室に通された面々は、眠りながら苦しそうにしているテンテンを前に皆、再び悲痛な面持ちになってしまっていた。
「この毒薬、テンテンさんと戦ったオウヤンという毒薬はチート毒などといっていましたが、そんな毒はこれまで聞いた事がありません」
ガニスが毒薬の瓶を取り出して皆に見せる。
「アイテム詳細も確認できないため、鑑定屋にもみてもらったのですが、だめでした。幸い、毒の症状に合う薬を調合して毒抜きを試みたところ効果があり、今は毒の症状はありません」
ガニスの説明に、皆一瞬ほっとした顔を見せる。
「ですが、毒によって、テンテンさんの内功はズタズタに傷ついてしまったようなのです。内功は経脈の流れから力を生むものなのですが、今はテンテンさんの経脈が引き裂かれたような状況であり、内功が事実上使えないのです。この状態で内功を使おうとすれば、どうなるか……」
ガニスの説明に、息を呑む六人。
「しかし、だ、ガニスさん。内功が傷ついて使えなくなった、なんて話今までに聞いた事が無いぞ?」
モダンが尋ねる。
「それはそうでしょう。私だって初めてみました。そういう話事態は聞いたこともなくはないんですが……」
テンテンの方を見ると、今も苦しそうに小さな胸を上下させて眠っている。
それをみて、一瞬ガニスは歯噛みした。
「それは、どんな話なんだ?」
「天空都市イスカの片隅にある宣夜の拠点、龍泉郷をご存知ありませんか?」
「知ってはいるが……」
「そこに劉崩老師という宣夜の代表がおられます。その方の昔の話ですが、少し内功が使える程度の一般人でしかなかった彼が、ある時大怪我を負い、それを治療した時に全ての経脈が開き、大いなる内功、神功に目覚めた、という話があります。この話、テンテンさんに通ずるものがあるような気がするのです。」
「ほう……」
天空都市イスカ。それは本当に天の上、空にある都市、ということではない。
龍の骸を越えた先に聳え立つ山を越え、山脈を抜けるとそこには突如として都市が現れる。雲すらつかめる高い標高の場所に築かれた都市、という意味で天空都市と名づけられたのだ。
その中でもさらに標高の高いところに位置する龍泉郷。そこでは“宣夜”とよばれる武闘集団が拠点を構えている。龍脈が張り巡らされたその場所で、代表でもある劉崩老師の下、皆修行に励んでいる。
その“宣夜”は徒手空拳を武器とし、気功を使う事に長けた集団だった。
そしてその代表である「劉崩老師」。彼はかつてカンシーンと同等のネームドモンスターを一人で倒したという伝説が残っている。それほど、彼の持つ“神功”は凄いというお話だ。
「どこが通ずるの?」
その話を聞いていたミサが唸りながら首をかしげた。そもそも最初の内功の話から理解していないようだ。
「ミサちゃん、逆なんだよ」
見かねてモリーティアが口を開く。
「逆?」
「そう、劉崩老師は大怪我から復活した時に膨大な内功を手に入れた。逆にテンテンちゃんは膨大な内功をもっていたけど、毒によって閉じられてしまった。っということは、閉じた内功を治す事ができれば、また前のように空も飛べる、ってわけ」
あっているようなあっていないようなモリーティアの説明に、一瞬首をかしげるガニスとジオ達。
「行く」
突如として聞こえた声に皆が振り返ると、寝ていたはずのテンテンが体を起して皆を見つめていた。
「劉崩老師のところに行こう」
「テンテンさん、まだ動けるような状態じゃ……」
今にも飛び起きそうな気配のテンテンをガニスがなだめるように諭す。
けれど、それを振り払うようにテンテンはベッドから跳ねるように飛び起きた。
「ちょ、テンテンさん!」
「ガニスさん、助けてくれてありがとう。きっとあなたがいなければもっと酷い事になってたと思う」
ベッドから飛び起きたテンテンはガニスに近寄ると、強引にその手を取って握る。
「でも、行く。治すアテがあるなら、何にでもすがりたい」
その真剣なテンテンの表情に、ガニスは肩をすくめてため息をついた。
「わかりました」
「うん、本当にありがとうね!」
そういってテンテンは握ったガニスの手をぶんぶんと振り回しながら笑った。
その笑みはいつものテンテンの笑顔。
ジオ達もまた、その笑顔に少しだけ安堵するのであった。
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んふっふが運び込まれたと聞いたゴロー、ルリ子、ハルおじさんと榊が大聖堂に集う。
んふっふを始めとして、彼の仲間と思しき幾人かは瀕死のまま、まだ意識は戻っていない。大聖堂の僧侶達がせわしなく治療に当たっていた。
「一体何が起きたんだ……?」
ゴローが険しい表情で意識を失ったままのんふっふの姿を見据える。
ルリ子もまた治療に参加して回復魔法を唱えて回っていた。
だが、回復するのもつかの間、一瞬で瀕死に戻ってしまう。その状況をみたルリ子が何かに気付いた。
「これ、デスペナのデバフじゃない?」
そのルリ子の言葉にその場は騒然とした。
ゲーム時代、死亡した場合はホームポイントに戻され、デスペナルティを払う事になる。そのデスペナルティはお金か、もしくは一定時間のデバフ。生死の境をさまようのだ、ということでゲーム内時間で半日ほど瀕死のままで居なければならない。
それは思いのほかきついペナルティで、狩中に死亡した場合お金がなければすぐに狩に復帰できないし、それこそ瀕死状態だから、動けるにしても、町中の段差にも気をつけなければならない。ちょっとした段差や落差で再び死んでしまう可能性があるからだ。
大概の場合プレイヤーはそのペナルティをお金で払う。ただし、ここはカードが使えないので現金払い。
手持ちがなければ瀕死バフを甘んじて受けなければいけないのだ。
そして、どうやらんふっふたちはどこかで死に、ホームポイントであるマハリジの大聖堂前へと戻ってきたらしい。お金も持ち合わせが無かったのか今瀕死バフが掛かっている状態のようだった。
「下手に回復させるのはまずいかもしれない」
ルリ子は治療に当たっている者たちに一度それを止めさせて、様子を見る事を進言した。
そうしなければ、回復直後に瀕死になるという地獄を味わう事になる。いくら意識がないとは言え、それは少々酷なことだ。
ルリ子にしてみれば、正体不明のこのんふっふという男に特に何の思い入れもないのだが、ゴローや榊は「ともに前線で戦ったのだ」といって心配する。
男の友情、とでも言うのだろうか。
その辺の事はよくわからないが、少なくとも自分の良く知る人物が心配をしているのだから、と最大限の配慮をするのであった。
「それにしても、今のルリ子さんの話が本当なら、んふっふは死んだ事になるのだが……」
ハルおじさんが苦々しい顔で呟く。
確かに正体不明であり、苦手としていた人物であるが、かつてPvP大会での彼の強さを見た事があったから、そうそう死ぬ様な人物でもないと、その力は高く評価しているハルおじさんであった。
モンスターにせよ、対人にせよ、そう後れを取るはずのない人間が、死んでホームポイントに戻される。
それは同時にそれだけの強大な何かと、このんふっふは刃を交えてきたのだろうか。
しかし、彼を見たのは地下都市からグラダンへ繋がる通路を通ってやってきて、地下墓地へと向かっていくの最後。まさか地下墓地にそんな強敵はいないはずだ、と思い至る。
それならば、何故。そもそも本当に彼らは一度死んだのだろうか。
謎は深まるばかり。
死の真相はんふっふの目が覚めるまで明かされることはないだろう。
ゴローら四人は、彼らの目覚めを待つことにした。




