龍と女神の祭壇 3
ゼルの前には巨大な祭壇がそびえ立っている。
祭壇の真ん中には球を象ったようなものと、その脇に龍の骸や、その地下都市にいた竜とはまるで別物といえる、体がながひょろい龍が球を囲むようにしてたたずんでおり、その反対側にはその龍と球を包み込むようにして女神が目を閉じている。
手元にある指輪にも、紋様として同じものが掘り込まれている。
煙の様に消えてしまった龍人に取り残されたゼルはじっと手元の指輪を見ていた。
クララが光に呑まれ、龍人も消え去ってそこにいるのはゼル一人だけ。
クララの行方も心配であるから、早い所ここから脱出しよう、と出口を探しながら歩き回る。
ゼルがいる部屋は薄暗くて先が見えないから広大に感じただけで、広さとしては転移前にいた地下墓地のテスの祭壇の部屋とそう変わりないように思えた。
結局見つからなくて祭壇の前に座り込むゼル。
祭壇を背にして途方にくれたゼルは、指輪をいじり始めていた。
「こういう時、この指輪みたいなのが何か鍵になってたりするのが定石だよなぁ」
薄明かりの中で指輪をかざしてみるが、特に何も起きない。
祭壇に向けて指輪を掲げてみても、やはり何も起きない。
「はぁ、だめか……」
ため息をついてゼルは祭壇を見上げた。
強面の龍と美しい女神が遠くをみている。いや、女神は目を閉じているから見つめているとはいえないが。
龍の見ている方向は先ほどゼルとクララがでてきたあの壁だ。
ゼルも龍が見つめる、暗闇の先にある壁をじっと見る。
「そういえばあの辺はちゃんと調べてなかったなぁ……」
何とは無しに指輪を嵌めて、ゼルは立ち上がった。
「行って見るか……」
龍の見つめる暗闇へと、ゼルは歩き出した。
----------------------
闇鬼コミュニティの部屋には、ガニスとモダン、それと闇鬼の者と思われる黒いローブの人物が数名集まっていた。その中に自分を呼びに来たホビニムスの女性もいる。
「ああ、ジオ様。テンテンさんは?」
「今は眠っています」
「そうですか」
ガニスはそこにいた闇鬼の面々に何事かを伝えると、その面々はうなずいて姿を消した。
「テンテンさんの体力が戻るまではここに居ていただいてかまいませんので」
「ありがとうございます」
「先ほどモリーティアさん達にも連絡を送りました。すぐにこちらへ来るそうです。それと」
ガニスがちら、と脇に居たモダンとホビニムスの女性に目配せをする。
「実はつい先ほど、クララが最下層に現れたという報告がありました」
「え――」
「最下層を調査していた者の話によると、突如祭壇が光を放ち、それが終わるといつのまにかクララがそこで横たわっていたそうです」
「なんだそれ……」
それはかつて、ジオがモリーティア邸に現れたときと似たような状況のはずだったのだが、その時の事をよく覚えていないジオは、そこには思い至らない。
「これから迎えにいくところなのですが……」
「行きます。ゼルは一緒ではないんですか?」
「クララだけです。ゼルギウス……さんは未だ行方がわかりません」
「そうですか……」
思わず歯噛みするジオ。クララと一緒にどこかへ転移させられたのだから一緒かと思いきやそうではないらしい。別に別に飛ばされたのか、あるいは飛ばされた先で別れ別れになったのか。
それはわからないけれど、少なくともクララが無事に闇鬼の人間といるらしいから、まずはクララの話を聞くために、ガニス、モダンと共に最下層へと急ぐ。
最下層のテスの祭壇の前で横たわるクララ。
ジオ達が到着すると、祭壇の傍で控えていた闇鬼の人間が一礼して姿を消した。
「クララ?」
ジオの問いかけに返事は無いが、微かな寝息が聞こえる。クララの様子は、服が少し汚れているくらいで外傷も無かった。
そのことに少しほっとするのもつかの間、静かな地鳴りのような音が響いてくる。
地面のそこから、何か重いものが引きずられるような音が何度も連続して響いてきて、残響に残響が重なって少しうるさいくらいだった。
「あれ!?」
流石にその音に目を覚ましたクララが飛び起きて、やかましい音に辺りをキョロキョロと見ている。
「ここどこですか!? ゼル様は……それにこの音は?」
音は段々酷くなっていく。やがて轟音と共に部屋全体が揺れ始めた。
「きゃあ!」
何より、祭壇が激しく揺れ動き始めて、今にも倒れるんじゃないかというくらいに揺れている。
「おお……テスイシュ様が……」
祭壇が揺れ始めるという異常な光景に、ガニスが目を見開く。
祭壇は最初、その直下にいるジオやクララが身の危険を感じるほどに激しく揺れ動いていたが、やがてその揺れは収まる。
そして今度は静かに揺れ始め、祭壇ごとゆっくりと後ろの壁に向かって動き出した。
「何だ? 何がどうなって――」
「テスイシュ様がお怒りなのか……?」
突然の出来事にジオはクララをかばいながら、モダンと共に辺りを警戒する。
一方、ガニスは動いていく祭壇をみながら、神の怒りなのではないかと膝を突いた。
動いた祭壇は丁度裏手にあった、んふっふが潜んでいたと思われる部屋の前で止まる。
祭壇の下からは幅の広いゆるやかな階段が出現していた。
「ここが最下層ではない、とテスイシュ様がおっしゃられているのか……?」
膝を突いたガニスが現れた階段を前に呟く。
――カツ――カツ――
残響もなくなり、静かになったその場所に、足音が響く。それは階段の下から響いてくるようだった。
一体何が出てくるのか――そこにいたジオ達は武器を構え、固唾を呑んで階段を見る。ガニスは、祭壇が動いたことで、これはテスイシュ神の思し召しに違いない、と特に武器を構える様子もなかった。
「あれ?ジオ――とガニスだっけ?」
その階段の暗闇からひょっこりと顔をだしたのは、誰あろうゼルギウスであった。
「上ってこのことか……」
辺りを見回し、ジオの後ろにかばわれているクララを見つけて、ほっと安堵の息を漏らしながらゼルは呟いた。
「ゼル!」
「ゼル様!」
ジオが駆け出すより早く、クララがゼルの元へ駆け寄った。
「よかった、無事だったんですね?」
「それはこっちの台詞だわ、クララ。光に呑まれて消えたときはほんと慌てたし」
クララはゼルの傍で、涙を浮かべてゼルの顔を真摯に見つめていた。
「私は、大丈夫です。気を失ってたみたいなんですが、起きたらジオ様とモダン様がいらしたので」
「そっか、二回目だけど、無事で何よりだ」
「はい!」
涙を指で拭って、クララが笑顔を浮かべた。
ジオやモダンも駆け寄ってゼルの無事を喜ぶ。が――
「何故……」
膝を突いて顔をうつむけたままで、ガニスが呟いた。
「何故インモルトレのお前がそこから出てきた!」
「えっ」
怒りの表情でガニスは立ち上がり、剣を抜いてその切っ先をゼルに向けた。
「何故、テスイシュ様の思し召しで現れたのが、テスイシュ様でもなく、闇鬼でもなく、ジオ様でもなく、何故お前なのだ! ゼルギウス!!」
ガニスは闇鬼をまとめる、言わば長的な存在である。
それは力の強さやテスイシュ関連のスキルへの造詣もさることながら、それほどにテス教の純然たる信者だということだ。言い換えればテス教の狂信者である。闇鬼の面々は少なからずそういう一面を持っている。それゆえに、対をなすインモルトレへの敵対心は強い。
それゆえ、今、テスイシュの導きと思しき出来事に加え、その結果である祭壇の下から、インモルトレの“聖堂”に所属しているゼルが出てきたのが許せなかったのだ。
「お、おちつけ、ガニス!」
「これが落ち着いていられますか! ジオ様! 我々闇鬼は、テスイシュ様と同族のために手を汚す事などいとわずにきたのに、何故! 何故!」
ジオが慌ててゼルとガニスの間に入るが、ガニスはすっかり怒り心頭で何故を連呼している。
ガニスにしてみれば神にささげてきた信仰が足りなかったのか、それとも信仰を裏切られたのか、いずれにせよ理不尽な目の前の光景にただただ怒ることしかできないで居るのだ。
「まてまて、まてって。ここはテス教の祭壇だろう?」
そこへゼルが声をあげる。
「そうだ! お前を血祭りにあげて、テスイシュ様の生贄にしてくれよう!」
相変わらず怒りが収まらずにとんでもないことを口走り始めたガニスに少々ひやりとしたものを感じたゼル。
「おちつけ! ガニス! 下には龍人の祭壇があるだけだ!」
「何を馬鹿な!」
「本当だって!」
ゼルが踵を返して階段へと向かい、指差した。
「言ってみりゃわかる!」
「適当だったらお前の首をテスイシュ様にささげてやる……!」
「なんでもいいからいくぞ!」
ゼルが怒り顔で階段を下りていく。ガニスは剣を向けたままゼルの後に続いた。
「…………」
ジオとモダン、そしてクララはしばらくそんな二人のやり取りを呆気に取られてみていたが、三人で顔を見合わせて、慌ててゼルの後を追いかけるのであった。
----------------------------
ゼルとクララの行方不明、そしてテンテンの重症という報を闇鬼の人間から聞かされたモリーティアとミサはテレポーターへと急いでいた。
テレポーターを起動してテス教本部教会のある都市、グラダンへ向かう。
テレポーターは白い光を発しながら二人の姿を呑み込んでいった。
……そのテレポーターの奥には大聖堂が荘厳なたたずまいをもってそびえている。そこには図書館や、“聖堂”コミュニティや“騎士団”コミュニティの部屋が設けられている。
その大聖堂の入り口には、怪しげな黒いフードの者が常駐している。一見するとテス教の人間のようだが、聖堂や騎士団の人間とにこやかに挨拶を交わしているところをみると、そうではないようだ。
「おや?」
そのフードの人物が言葉をもらす。
「久しぶりだな……ここのところ一人も居なかったのに……」
彼は虚空を見つめて驚いたように呟いていた。
「しかも結構いるぞ……三……六人か」
男が空中へ手を伸ばして見えない何かを引っ張ると、そこに突如男の体が出現した。
まだ気を失っている。
続いて同じように虚空から何かを引っ張り出すこと六回。そこには六人の男達が気を失って倒れていた。
「やれやれ、このままじゃまずいんだっけな」
そこへ丁度良く聖堂の人間が通りかかり、フードの男はその人物に六人の手当てを頼むことにした。
六人は、そのいずれも瀕死の重傷を負っていた。
何故、この六人の男が瀕死であるのかも意に介さずに、聖堂の人間はそのフードの男の頼みを快諾し、人を呼び寄せ、処置室へと六人を連れて行った。
運び込まれた六人の中には、ウォーロックマスターと呼ばれていた男の姿もあった――




