龍と女神の祭壇 2
腕を掴まれた感覚で、クララは目を覚ます。
辺りは真っ暗闇で、何も見えないが、確かに腕を掴まれている感覚がある。
(あれ?確か、庭の掃除をしていて……)
記憶がハッキリしない。
モリーティア邸の庭の掃除を終えて、玄関まで戻ったところまでは覚えているが、そこから記憶の記憶がない。
何故自分がこんな暗闇の中にいるのかも定かではない。
そして今自分の腕を掴んでいるものは一体何者なのか。
白昼堂々、大胆にも玄関の前で誰かが自分を攫ったのだろうか。
あるいは、誰かのいたずらか。
それとも夢でも見ているのだろうか。だとしたらどこからが夢で――
「あ……ライト」
どこかで聞いたような声と共に光が現れ、声の主の姿が浮かび上がる。
「あ……」
「あ――」
腕を掴んでいたのは、誰あろう、自分の産みの親とも言えるゼルギウスだった。
そのゼルの顔と掴まれた腕を交互にみて、キッとゼルの顔を見ると掴まれた腕を振り払おうとしたら、その拳がゼルの顎にクリーンヒットしてしまった。
「あ…すみません! ゼル様? ……ゼル様ですよね!! 何で私の腕を掴んでたんですか!! ここはどこですか!!」
だが、故意ではないにせよ、顎へのアッパーが綺麗に入ってしまったゼルはどこかぼんやりしてクララの声は届いていないようだった。
ゼルの意識が戻るまでの間、ここはどこかと考えるクララ。目の前には意識がぼんやりしているゼル。反対側はすぐ壁で、ゼルによってここへと追い詰められているような形になっていることに気付く。
(ま、まさか、ついに野獣の本能が……!)
そう思うと、さっき自分の腕を掴んだ手は何だかいやらしく動いていたように思える。
(む、娘同然の私に手を出そうっていうの? まさかそこまで変態だとは思いもしなかった!)
そう思い至ったクララは目の前で意識をぼんやりさせているゼルを睨んだ。
だが、ぼんやりと虚空を見ているゼルの顔をみているうちに、クララは思いなおす。
ゼルは確かに変態だ、それは彼の行動を見てきた自分の目に間違いはない。
けれど、こういうことをする人物ではなかった。
スカートの中に顔を突っ込んできたことは許せないが、それ以上の事は一切しなかったし、他の女性――モリーティアやテンテン、そして新しく彼らの仲間に入ったミサにもその実は紳士的だった。
偶然変態行為とも言える場面になることもあるが、そのほとんどが不可抗力だ。
クララは知っている。目の前のゼルという男はいつも皆に気を遣っていて、それが空回りする事もあるけれど、言ってみればジオ達四人、そこにミサやサラも加えた仲間達のバランサー的な役割をしているのだ。
不遇ではあるし、クララ自身、口では変態変態と言っているものの、スティーブが言うように親同然ともいえるこの陽気な青年の事を嫌いではなかった。
やがて意識をはっきりさせたゼルが開口一番わざとではない、という。
何がわざとではないのか、そもそも状況が飲み込めていないクララなのだが、そのゼルのいつもの様子に何だかちょっと安心してしまっていた。
「近寄らないでください!変態!」
だからクララも、ゼルから状況を聞かされても、普段のように振舞う事ができるのだ。
そこには尊敬するサラの「嗜み」を真似ている部分があるのだろうけれど、自分が本当に攫われた事を聞かされても尚、平静を取り繕っていた。
全く記憶にないことだから、その間に何かされていたかもしれない、と、そういう不安がジワジワとクララを支配しようとするが、無言で前を進むゼルの横顔を見ていると何故か安心できてその不安は和らいでいく。
そしてその度についつい真剣なゼルの表情に見入ってしまいそうになって、
「服が汚れてしまいます」
などと思ってもいない事を口走ってしまう。
それから一度ゼルが立ち止まったり、何か聞いてくる事があったが、その度に何故かその真剣なゼルの表情にドキっとしてしまったりして、それをおくびにも出さぬよう、クララはメイドとしての「嗜み」を実行する事で一杯一杯になってしまっていた。
「ま、まぁ、先を急ぐか」
「そうしてください」
再び進み始めたゼルに、思わず小さくため息をつくクララ。
嫌いではないにせよ、好きだとかそういう感情をもったことなどない。きっと今だって、いつもヘタレな兄貴がちょっとかっこよく見えてドキッとしちゃっただけ、みたいな所だろう、とそう思うことにして、クララもまた無言でゼルの後に続いた。
やがて、ゼル達の進む先に小さな光が見えてくる。
「クララ、灯りだ」
「そのようですね」
相変わらず冷静なクララに、ゼルも安堵を覚えた。
ここがどこかはわからないが、この通路の造りから地下墓地のどこか、あるいは地下墓地内に予定されていた未実装マップか何かではないか、とゼルは考える。
それ故に、あの灯りの先がアンデッドの巣窟であるという可能性も捨てきれない。
慎重にゆっくりと進んでいくゼルとクララ。
やがて不意にこの狭い通路が途切れ、大きな空間が現れる。
慎重に外を窺うゼルだったが、アンデッドの気配や足音はない。静か過ぎて耳が痛くなるような間隔さえ覚えた。
一足先に通路からはいでたゼルが、続いて出てきたクララに手を差し出す。
一瞬躊躇したクララだったが、その手を取って通路から出た。
その部屋は地下墓地の最下層であるテスの祭壇の部屋に良く似ていたが、椅子もなく、小部屋もなく、ただいくつもの柱が立ち並んでいた。その柱に据え付けられた松明だけがその部屋をうっすらと照らしている。後ろを振り返れば、一面壁で、ゼル達が出てきた狭い通路以外に通れるような場所はない。
「ここは、なんだ……」
「わかりません……」
薄暗さに少し怯えが出たのか、クララはゼルの背中にぴたりとついて当たりを見回していた。
思わずゼルは苦笑いだ。いつも変態変態と罵るクララが少し怯えて自分を頼りにしてくれていることに嬉しさを覚え、そして同時にクララの事を可愛い奴だと改めて思う。
ゼルにとってもクララは確かに理想のキャラメイクをしたNPCではあったが、その実、妹のように思う部分もあるのだ。
それは、ただのNPCとしてのクララではなく、異変後のクララに対して、ではあるが。
二人は周りを見回しながら柱の先へと進んでいく。
――久しぶりだな
慎重に歩みを進めるゼルの頭の中に突如キンキンと木魂するように謎の声が響いてきた。
「っ! なんだこれ……!」
「ゼル様? どうしたんですか?」
――んん? 何か違うな……千年も経てば様相もかわるというものか?
頭に響く声は厳格な声で、それでも懐かしい友にあったようなそんな声色で話しかけてくる。
突然の出来事に頭を抱えてうずくまるゼル。それを怪訝そうな顔でクララが見ていた。
「だ、だれだ?」
「へっ?」
うずくまったゼルの隣にしゃがんだクララ。
彼女にその声が聞こえている様子はなく、突然うずくまってしまったゼルを心配そうに見つめていた。
――覚えていないのか? まぁ、いい……まずはこちらまで来るが良い
「ぐっ、くそ」
ふらふらと立ち上がったゼルは、そのまま声がする方へと向かう。
――む……欠片が入り込んだ人形か? 今はそいつには用はない
「えっ?」
ゼルの後ろにいたクララをまばゆい光が包み込む。
「な! クララ!」
光に驚いたクララの声を聞いたゼルが振りむいた時には、光に包まれたクララが消えるところだった。
慌てて手を伸ばすが、一瞬遅く、光とともにクララの姿は掻き消えてしまった。
「クララ! クララ!!」
――心配する必要はない
「てめっ、クララに何しやがった!」
叫ぶと同時にゼルは剣を取り出して、駆け出していた。
――上へと送っただけだ。危害を加えるつもりはない
「このっ!!」
流石にその言葉を鵜呑みに出来るほどゼルは馬鹿でもないし、目の前で光に呑まれたクララの姿を見れば冷静でも居られないだろう。
直接頭の中に響く声は、その主がどこにいるかなどわかるはずもないのに、ゼルは確信を持ったかのように部屋の奥へと走っていく。
やがて、巨大な祭壇が姿を現して、その前には一つの人影があった。
「おまえかあああ!!」
跳躍し頭上からその人影目掛けて剣を思い切り振り下ろす。
キィィィン!
金属と金属のぶつかり合うような小気味良い音が響く。それはあたりに反響して、いつまでも止まないのではないかと思わせるほど長く響いていた。
「早合点するな。言ったであろう? 上へと送っただけだ、と」
ゼルの剣を腕に装着していた篭手で受け止めたその人物は、いきなり剣を振るわれたにもかかわらず、落ち着いた声で言う。頭の中に直接響くあの声ではなく、目の前の人物から直に発せられているが、その声は間違いなく頭の中に響いてきた声と同じものだった。
「クララを、どこへ!!」
「落ち着け」
剣ごとゼルを押し返すように腕を振るう。咄嗟にゼルは飛び退いた。
そして振り返ったその人物の姿に、ゼルは一瞬目を奪われてしまった。
「信じろ、私とお前の仲ではないか」
振り返ったそいつは厳かな声でそう言い放つ。足の先から頭のてっぺんまでを緑のうろこで覆われた異形の人物がそこにはいた。
それは、まるで人間ではないような形ではあったが、そのシルエットはまさしく人間であった。
「龍人……?」
自然とその言葉が出てくる。そのゼルの呟きに目の前の人物も大きく頷きを見せた。
「仮初の体だが、まさにそうだ。ああ、そうか。以前はこうではなかったから見分けも付かぬのかな?」
その顔も朽ちた都市で見た龍の様な形をしていて、長い二本の髭や角まである。
「俺はお前の事なんか知らないし、それにクララをどこへやったかを聞いている」
剣の切っ先をその龍人に向けて、ゼルは睨んだ。
「やれやれ、君はそんなにせっかちだったかな? ――ん? いや、別の個体なのか? 正直君たち有象無象は形が似すぎていて見分けがつかぬ。」
ゼルの問いに答える様子も無く、ゆっくりと腕を組んで龍人は首をかしげた。
「クララは――」
「わかったわかった、あの欠片の人形はこの上にいる。大丈夫、無事でいる」
「欠片の人形? 上?」
「そんなことより――」
剣先を向けられていることなど意にも介さず、龍人はゼルの頭からつま先までをゆっくりと観察する。
「なるほど、千年前の個体とは違うようだ……それにしても何故だ?」
何故だ、と聞きたいのはこちらの方だ、とばかりにゼルは龍人を睨んでいる。
先ほどから意味のわからない単語や、千年前に会ったなどと言ったり、ゼルにしてみればまったく意味不明で正体不明な龍人に、気味悪ささえ覚える。
「ああ、そうかそうか。それだ」
一人で勝手に納得して、頻りにうなずく龍人はやがてその長い指を一本立てる。
そうするとゼルのカバンから勝手にあの指輪が飛び出てきて龍人の下へ浮遊していった。
「なるほど、僅かに残った力が影響を及ぼしたのだろう」
「それは……」
「おっと、失礼。これは返そう」
しばらく指輪を眺めていた龍人だったが、再びその指輪を浮遊させてゼルの元に送る。
指輪は、ゼルの目の前でふっと力を失ったように落下し始めた。
「おっとと!」
慌てて向けていた剣を離し、その指輪を掴んだゼル。手元に戻ってきた指輪は、心なしか新しくなっているような気がした。
「それは改良型だ」
「は?」
「以前は無尽蔵になってしまったからある程度リミットを付けさせてもらった」
「何を言っている?」
再び剣先をその龍人に向けるが、すでにそこに龍人の姿はなかった。
「どこだ!?」
「ああ、まもなくここもお披露目となる……そうだ、千年前の答えに私も報いよう。彼と君の努力が報われる事を祈っているよ」
どこからともなく響く声は、やがてその残響を置いて消えていった。




